アッシュの気遣い
モトロ。
二人で遊ぶカードゲームで、簡単に説明すると多くポイントを獲得した方が勝者となる対戦ゲーム。
まず、1~10のカードが1枚ずつ入ったセットを3つ作る。
プレイヤーは1セットを手札として持ち、残った1セットはシャッフルして中央に置く。
中央の一番上を1枚めくり、そこに書かれた数字がポイントになる。
プレイヤーは手札から1枚選んでテーブルに出し、大きい数字を出した方がポイントを獲得できる。
これを10回繰り返して、ポイントが多かった方が勝者になる。
プレイヤーが出したカードが同じ数字だった場合、その時のポイントを繰り越すのか破棄するのかはプレイヤー同士の取り決め次第。
「同じポイントだった場合、繰り越しの方が燃えるんだけど、今回は遊びだから破棄しようか」
アッシュはポイントのセットをシャッフルすると、中央に置いて一番上をめくった。
最初は3ポイント。
トランプでもできるルールだったので、おそらく日本にも存在していただろう。
ただ残念なことに、私は今回が初めてになる。
私はケーキを食べながら考える。
ルールはシンプル。
3ポイントに「3」を出して取ればトントン、「4」以上で取れば損、「2」以下で取れば得。
これが基本的な考え方だろう。
私は「3」を伏せてテーブルの上に置く。
「おっ、セツナちゃんは決断が早いね」
アッシュはそう言いながら、手札を眺めて考え込む。
このゲームに慣れているのであれば、おそらくあれは考えているフリ。
初めて遊ぶ相手の最初の一枚なんてわかるはずがない。
だから私は様子見で「3」を選んだ。
「俺はこれにしようかな」
アッシュもカードを伏せる。
「じゃあいくよ、せーの」
同時に伏せてあったカードをめくる。
私が「3」で、アッシュが「4」。
今回は私の負けで、3ポイントはアッシュが獲得する。
「やったね、セツナちゃんは慎重なタイプだと思ったんだよ」
アッシュは指をパチンと鳴らし、3ポイントを手前に持ってくるとお酒を飲んだ。
アッシュの方がゲームに慣れているのだから当然の結果と思えるが、ちょっとだけイラッとする。
小さいポイントとはいえ、たった1つ違いで負けたのは悔しい。
私は気持ちを切り替える為にジュースを飲む。おいしい。
次に出てきたのは、なんと最大値の10ポイント。
「もう出てくるの?これは迷うなー…」
アッシュは顎に手を当てて、あからさまな考えてますポーズを取る。
首を傾げると小さくぴょんぴょん揺れる前髪が触覚のようでかわいい。
じゃなくて、私も何を出すか考えなければ。
えーと、10ポイントなら「10」を出すのが妥当だろう。取れれば高得点だし、同点でも痛み分けで済む。しかし、アッシュがそれを読んで絶対に勝てない「1」を出してきたら、ポイントで差をつけられても後半不利になりそうだ。
ルールがシンプルな故に、運要素が少ない完全な心理戦になっている。
い、意外に奥が深いな…。
「悩んでいるね。真剣にやってくれているみたいでなによりだよ」
初心者を見守るように、アッシュはやさしく言った。
10ポイントに「1」を出す戦法は誰でも思い付く。
だからその裏の「2」、さらにその裏の「3」、「4」…と思考がどうどう巡りになる。
あーん、ダメだわからなくなってくる。ここも様子見の「10」でいいや。
私がようやくカードを出すと、アッシュも少し考えてカードを出す。
「せーの」
めくられたカードはどちらも「10」。同点だったので10ポイントは破棄された。
「同点かー、まぁよくあるんだけどね」
私は同点で済んだことにホッとする。
これならまだ勝負は五分五分。
そして、私は続く勝負で「6」を取得て優位に立つ。
しかしそれも束の間、「8」をアッシュに取得されて逆転。しかもまた1つ違いで負けた。
ぐぬぬ、まだ負けたわけではないが状況は不利な気がする。
経験者だから初心者が考えそうな事は検討がついているのだろう。
私が勝つにはその読みを覆さなければならない。
ではどうするか?
「………」
「…以外だなー」
「えっ?」
「セツナちゃんってゲームにこんな夢中になってくれるんだ。っていうか、初勝負でこんなに本気になってくる人初めてかも」
アッシュが茶化すように言ってきたので、いつの間にかムキになっている自分が恥ずかしくなってきたが、アッシュの顔が少しうれしそうだった事に気づく。
アッシュが初心者相手に楽しめているならいいや。と思えたら少し冷静になれた。
手にカードを持ち、足を組んで少し姿勢を崩して椅子に座っているアッシュ。
お酒を飲んでいるが、同年代の彼氏がいたらこんな感じなのかな?なんて考えてしまい顔が熱くなる。
薄暗いいい感じの雰囲気に私は少し酔ってしまったようだ。
気を取り直すために、塩気があるクラッカーに手を伸ばす。
その時私はあることに気が付いた。
長考して私がカードを出していないならまだしも、アッシュまで出していないのは少し変ではないか?
これまでの勝負を思い出してみると、アッシュは全部後出しだった。
…あやしい。ひょっとしてイカサマしている?
いやいや、私が焦らないよう配慮しているだけじゃい?
なんならアッシュが先に出すようにすれば疑惑は晴れる。
しかし、それだと要らぬ疑いをかけたみたいで、間違いだった場合気まずい。
ただクノイチの勘が何かあると告げている。
私は物は試しに目に氣を集中して、アッシュの目をのぞき込む。
そしてカードを選ぶフリをしながら指でカードをなぞっていく。
すると、自分の手札を眺めていると思っていたアッシュの目が、私の指についてくる。
これはイカサマ濃厚か?
こんなことして勝って、かっこつけられるとでも思ったの?
私はアッシュに一瞬失望しかけたが、真剣な私に向けられたあのうれしそうな顔を思い出す。
もしかして、私が楽しめるように勝負を演出しているだけ?
…うん、なんかそんな気がしてきた。
なによりイケメンナイツにそんな姑息な奴はいないよね。
アッシュのおもてなし精神に思わず笑ってしまうと、アッシュは不思議そうにしつつも笑い返してきた。
でもねアッシュ。
クノイチを手玉にとろうなんて、いい度胸じゃん♪
ここは素直にゲームを楽しんで終わった方が女の子としてポイントが高いのだろう。
でもこのゲームが好きだという気持ちが、あのうれしそうな顔から伝わってきてしまった以上、私は手を抜くことなんてできなかった。
「アッシュ」
「ん?」
「勝負はこれからだよ」
私はそう言って一枚出す。
「おっ、なんか気合入っているね」
アッシュもカードを出し、せーのでめくる。
今度は私が1つ上で勝つ。
その結果に、アッシュは笑顔を保ちつつも驚いていた。
なぜなら、私が出したと思っていた数字より2つ大きいのだから。
ズルはしていないよ。二枚重ねて出して、ひっくり返す時に裏面を見せていた方をこっそり回収しただけだもん。
アッシュと目が合う。
私はもうわかっているよ。と笑顔だけで伝えた。
「…ぷっ、あはははははははは」
するとアッシュは吹き出して、のけ反りながら大笑いした。
「ロックさんが言っていた通り、只者じゃないねセツナちゃんは」
思っていたリアクションと違い、私はぽかんとしてしまう。
「いやーまさか、細工に気が付いた上でそれ利用してきて、しかも俺の意図まで見抜いてくるとは完敗だよ。なんだよそれ?聖なる巫女ってギャンブルとかも強いの?」
そこまで言われてようやく私は笑われていることに気が付き、恥ずかしくなってくる。
俯いてしまった私にアッシュは一言謝ると、空になっていたグラスにジュースを注いでくれた。
「いやー、楽しかったよ。セツナちゃんの所に来て正解だった」
ひとしきり笑ってアッシュはいつも通りのニコニコ顔に戻る。
「もう!いったい何しに来たの?」
恥ずかしさが怒りに変わってきた私は、ジュースを飲み干して抗議する。
「ごめんてば。本当に仲良くなりにきただけだよ。
たださ、ロックさんがあまりにも面白そうに話すからなんか試してみたくなっちゃって」
いったいロック様は私をなんだと思っているのだろうか?
悪くはなさそうだが、ちょっと聞きづらい。
「…でもそのおかげでさ」
アッシュが私をじっと見つめる。
きらきらした瞳が私をしっかり捕まえていて、私もその瞳から目が離させなくなる。
「セツナちゃんがもっとかわいく見えてきた」
ニコッと笑う顔からは本気なのか冗談なのかわからない。
でも、しっかり私の胸をキュンとさせていた。




