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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第一章 乱世が色褪せる前に
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操者の陰謀~憎めないヤツ~

■■■■


 姜維が蜀へ降ったのはもう随分と昔の事だ。諸葛亮の策に陥れられ、指揮官には城へ入れて貰えず降るしか選択肢がなかった。でなければ殺されていたのだから。だがそんな記憶も十年以上も昔。今は立派な蜀将だ。

 そんな姜維は現在、元姫と共に魏へ向かっていた。成都を出て漢中へ入る。先日騒ぎがあった漢中だが今は落ち着いているようだ。姜維は夏侯覇の元へ向かえば、彼は拱手し頭を下げる。彼は街の様子を見ていたそうだ。

「どうだ、漢中は」

「そうだな。やっぱり呉と魏が少しずつ攻めてきてる。なので守りを固めるために、楊儀殿とあと趙雲殿、費禕殿にも来て貰う事になりました」

 道中そのような話は聞いていたがやっぱりかと姜維は言葉を漏らす。引退した趙雲と費禕まで引っ張り出されるという事は、諸葛亮が頼んだのだろう。

「で、法正殿からの伝言で、俺も姜維殿の護衛につくようにって言われたんで、俺も一緒に魏へ……行く」

 その事に関しては問題ないし、武勇に優れた夏侯覇がいれば核との戦闘で役立つからいいのだが、彼の顔は曇っており晴れなかった。それは姜維も同じである。元魏将である姜維と夏侯覇が魏へ向かう事は、命を縮める事も意味する。魏を裏切り、敵国へ寝返った二人だ。曹家に連なる一族である夏侯覇と、天水の四姓であった姜維。気持ちが晴れないのは仕方がない事である。

「夏侯覇殿、大丈夫よ」

 そう口を出したのは元姫である。彼女は姜維の傍で佇みながら桃色の唇を小さく開く。

「そう焦らなくても、誰もあなた達に手を出したりしないわ」

「それは元姫殿が司馬昭の妻だからでしょ。俺や姜将軍は魏を裏切って蜀に居るんで。ていうか、アンタが何で蜀に居るのか俺わからないんだけど」

 元上司の妻と一緒とか一番やりにくいっしょ。夏侯覇は頭を手で軽く掻いた。まるで面倒な事になりそうだと言うように。此処で仲間割れしては困る。そう思った姜維は元姫が蜀へやって来たいきさつを説明した。もちろん核の事は隠してだが。

「なるほど。探し物があって蜀へ来て、姜維殿はそれを手伝ってると」

 夏侯覇は腕を組みながら言葉を音に乗せ、元姫は彼の言葉に頷いた。

「ま、何でもいいけど。俺は俺の仕事をやるだけだ。……アンタはまだ何か隠しているそうだしな。姜維殿もそうだけれど」

 まあ、無闇に聞いたりはしねえよ。誰にでも隠しておきたい事もあるだろうし、女から無理矢理聞いたりするのは武人としてどうかと思うし、と言い切ってから夏侯覇は瞳の奥に怜悧な色を見せた。

「ただ、蜀の障害になるなら俺はアンタを殺すし、魏と戦もする。いいな」

「――ええ、肝に命じておくわ」

 夏侯覇は司馬昭の元部下だ。それは姜維もそうだが。彼は司馬家と近い場所にいた。魏でもそれなりの地位だった。しかし、それを裏切り、蜀へやって来た。代償にしたものは重く、失ったものも少なくはない。また姜維も、同じである。

 だが未練はない。蜀を守るためならばこの命すら塵の一つと化す。

 夏侯覇の準備が出来るまで姜維と元姫は外で待つ事になり、彼は一旦城内へと戻っていく。そんな彼を見ながら元姫が口を開いた。

「夏侯覇殿は……私が嫌いなのね」

 元姫は特に表情を変えずただ口に出した。言い方からして特に何とも思っていないのだろう。澄ました顔は何の色も映し出されていない。「何故そう思う」と問えば小さな微笑みが返ってくる。

「わかるわよ、見ていたら。原因は多分、あなただと思うわ。……魏から来た、元上司の妻が今の上司の、しかも護衛という立場で傍に居るのは気に入らないのよ。あなただって、ぽっと出の人間が、月英殿の護衛に抜擢されたら――」

「その人間を陥れるか殺す」

「それ、零か百しかないじゃないの」

 当たり前だ。月英に近付く人間は男でも女でも排除する。ただし、味方ならまた別だし、それが古参や元々蜀の将兵、蜀の人間なら許す。だがぽっと出の人間は許さない。

「そういえば、司馬家に追われていたと始め言っていたな」

「ええ。……ああ、詳しく話していなかったわね。司馬家に追われている理由は、私が曹家に核の力の事がバレたからというところまでは話したかしら」

 話されたような話されていないような。あまり記憶にない。興味のない事は覚えない性格であり、元姫の事情など最初どうでも良かったため覚えようとしなかったのだ。そもそも、彼女が初めは気に入らなかったという理由もある。

「……覚えていないようだから一から説明するわ。私は自分のために核を解放したのは覚えているわね?」

 それは覚えている。姜維は無言で頷いた。元姫が核を解放する原因となったのは彼女の我が儘だ。神の使いである神器たる元姫は、王元姫としてこの世に立つも人とは違う自分に飽き飽きしていた。彼女は人間を渇望し、そして核を少しずつ手放した。その結果、世界を混沌に陥れてしまった。それを防ぐために、核を回収しようとしている――。

「私が人じゃない事は夫と義兄・子元義兄様、義父の仲達様、義母の春華様はご存じなの。私が子上を婿として迎えたのは十五辺りの頃からだから、自然とね」

 暮らす中でそういった秘密は隠せなくなる。神器と言えど元姫は神ではない。出来る事は多岐に渡るが、何でも出来る訳じゃない。彼女が出来る事は限られており、また万能ではない。彼女は些細な事をお手伝いする程度の力しか持たないのだ。

「しばらく司馬家の力を借りて隠して貰っていたのだけれど、武皇帝――曹操様にバレてしまったのよ。まだ乱世の頃だったから、私の力を使って蜀や呉を滅ぼそうとしていたのよ」

「協力はしなかったのだな」

「ええ、協力すれば私は大量殺戮に手を貸す事になる。それだけはしたくなかったから」

 人間同士が争うのはとても無意味な事よ。私はこの美しい中華の国を後世の、未来の漢民族に見せたいのよと元姫は淡々と語った。

「曹操様から隠し通す事は不可能。そして仲達様にも命令が下ったのだけれど、私を逃がしてくれたわ。逃げ続ける事数年、私は天水の地であなたと出会った」

 元々核を一緒に探してくれる人を探していた訳じゃなかったの。あなたを嵌めるつもりもなかった。でも姜維殿、あなたを見て私はあなたを止めなければと思った。元姫は目を伏せ、そう語る。姜維には些か理解出来ない言葉だった。

「どういう事だ」

「忠告するわ、姜維殿。これは王元姫としてではなく、神器として。――あなたは平和をぶち壊す存在になる。劉禅様が、劉備様が平和を望もうと、あなたは平和を壊すわ」

 意味がわからない。だが元姫の真剣な表情は、嘘とは思えなかった。彼女は姜維を平和を壊す悪腫だと思っている。それが確かに感じられた。

「私は、そんなつもりは……」

「ええ、だから姜維殿、今から仲間を増やしておくべきよ。信頼出来る友は一人か二人くらい見つけておいた方がいいわ。もちろん私が言った事が起こるとは限らないけれど、その可能性があるという話だけは覚えていて」

「どうして、そう思う」

「――長年の経験かしら」

 どういう事だと再び問おうとしたが夏侯覇の姿が見えたため口を閉ざした。嫌な予感しかしないのは事実。かといってこの予感を拭い去れる力がないのもまた事実。姜維は告げられた言葉を胸の奥へ押し込め、元姫と夏侯覇を伴い魏へ向かった。



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