少年の意思
「楓、いつまでそうしているつもりなの」
頭の上の方から少年の声がした。上と言っても今は横になっている状態だから立っていれば後ろになるのかもしれない。
「君はこのままで良いの ?」
声は先ほどより大きく聴こえた。どうやら少しずつ近付いてきているようだ。やがて声は耳元で聴こえる。
「あぁ、もう君は楓じゃないのかもしれないね」
「いや、楓は俺だ」
そこでやっと俺は喋った。
「傷はまだ痛む ?」
「ここは現実じゃないんでしょ。おかげでほとんど痛くないよ」
「そっか」
少年は素っ気ない返事をした。すると、俺を固定していた数々の氷が粉々になって砕けた。そのおかげか俺は地面に叩きつけられる。
顔を上げた俺が見たのは10歳前後幼い子供だった。
「何をしたの ?」
すると少年はふっと笑った。
「これは僕の能力だよ。僕が操れなくてどうするの ?」
「どういうこと ?」
「そのままの意味だよ。僕は君達の能力の元、いわば能力が具現化したのが僕なのさ」
今度はにっこりとした笑顔で俺を見た。
「アナザーとはよく喋っていたよ。彼はずっと1人だったからね。それで僕という存在が生まれたのかもしれない」
そう言って少年はあぐらを組んで座った。少年は俺にも座るように手招きをした。つられて俺も座る。
「どうして君よりもアナザーの方が能力が上手く使いこなせるか、知ってる ?」
「能力の元である君と深く関わったからじゃないの ?」
「まあ、そのおかげもあるかもしれないね。正しい正解は彼は能力の真名を知ってる。君が知らない僕の本当の名前を」
そう言って少年は手のひらにアスタリスク型の氷を造り出した。
「能力には真名がある能力とない能力がある。それでも、真名がある能力を使ってる人間のほとんどはその名前を知らない。君もそのうちの1人だよ」
「俺の能力は凍氷世界じゃないの ?」
「それは君たち人間が思い込みで勝手につけた渾名みたいなもんさ。僕の名前を勝手に変えるのはやめてほしいね」
少年は遊んでいた氷を握り潰した。
「今対峙している彼女は真名を知っていた。真名を知っているか知っていないかで、能力の本質は大きく変わるもんだ」
「真名を知っているアナザーは彼女に勝てるのか ?」
少年は氷を造っては壊しを繰り返していた。まるでどこか苛立ちを感じているかのように。
「確かにアナザーは真名を知っている。でも勝てないよ、彼は君から生まれた残骸みたいなものだろ ?それは君自身がよく知っているはずだ」
少年の言葉に俺は何も言葉が出なかった。
「本当なら表に出ることなど有り得なかった。それが表に出たのは真名を知ったから。しかし、本来の能力の持ち主は君だ。残骸が真名を知ったところでオリジナルには敵わない」
少年は黙ることなく喋り続ける。
「アナザーが君より能力を使えるのは真名を知っているだけで、君が真名を知ればアナザーなんてただの役立たずさ。それでも僕が彼に真名を教えたのは……」
それまで煩かった少年は急に静かになり下を向いた。
「彼に少しでも外の世界を観て欲しかったから……なんて言えないよね。そんなことを言ってしまったら矛盾してしまう。でも、彼だけに真名を教えれば君は彼を外に引っ張り出してくれるでしょ ?案の定君は彼を外に出してくれるようになった。僕はもうそれだけで十分さ」
顔を上げた少年の目には微かに涙が溜まっていた。
「それで、俺にはその真名を教えてくれるの ?それとも……」
「教えるよ。このままじゃ、君の身体ごと彼が死んじゃうかもしれないしね」
少年は涙を拭って何事も無かったかのような顔になった。
「だけど、1つだけ約束してほしい。君が真名を知り彼を必要と無くなったとしても、たまには彼に会いに来てほしい。それが真名を教える僕からの条件だ」
「わかった、そのぐらいなら全然大丈夫だよ」
少年は微かに微笑んだ。その顔は安心しているようだったが、どこか悲しそうな顔をしていた。
「そうだね、僕の本当の名前は……」
少年から本当の名前を聞いている間、何か暖かいものに包まれている感覚に陥った。意識が落ちていく中、少年の後ろに立つもう1人の影が俺の様子を見ていた。
楓から身体を奪ったアナザーは少女に完全に押されていた。
「貴方、本当に桐原楓なの ?もっと強いと思っていたのだけど」
アナザーは上がっていた息を整えた。
「最初の一撃は確かに見えなかったけれど、それ以降はどうってことないわ」
「弱くて悪かったな。僕は楓ほど強くなくてね。それは彼から聞いていたからある程度は覚悟していたけれど」
アナザーにはもう自分1人で立っている力は残っていなかった。剣を支えにして立っているのがやっとだった。
『アナザー、もういいよ。交代だ』
そんなアナザーに語りかけるように楓の声がした。
「遅すぎだろ、ったくいつまで待たせるんだか」
アナザーは支えにしていた剣を手に持ちその場に座る。少女は何をしているのかすぐには理解出来なかった。
「貴方、この期に及んで自殺願望でも湧いたの ?」
アナザーは、にたっと笑って少女を見た。
「殺せるもんなら殺してみな」
アナザーの挑発に少女は躊躇なく斬りかかる。しかし、突如楓の身体から放たれた莫大なエネルギーが少女を吹き飛ばした。少女は飛ばされた自身の身体を回転を巧く利用し、やがて両足と左手で起点を作り体勢を立て直した。
「全く、もう少し遅かったら斬られていたっていうのに」
舞い上がった砂埃の中から元に戻った楓が姿を現した。
「特に身体に変わった様子は無いけど」
楓は少女とは違う方に向かって軽く剣を振る。途端に50メートル先まで氷の塊が壁を造るように出現した。
「さっきから何なの ?遊んでいるつもりなら今すぐその頭を……」
「いや、そんなつもりは無いよ。ただ、試合前のウォーミングアップみたいなもの ?まぁ、いいや。さぁ、続きをしようか」
楓は剣を強く握りしめ右足を前にした半身の体勢で片手で剣を構えた。




