所長の意図
開かれたドアの先には厳つい男が座っていた。天風は鼻歌を歌いながら運転席に座った。
「無事来てくれるように説得したんだな」
「えぇ、さすがに今回は貴方が出るような仕事ではありませんから」
「そうか」
男は安心したのか居眠りを始めた。
「その人のことはあまり気にしなくて良いですよ。恐らく会うことの方が少ない人ですから」
「後どのくらいで着きますか ?」
「だいたい30分弱くらいですかね。お休みになりたいのであれば着きましたら起こしますのでごゆっくりと」
天風はそう言ったが楓はあまり眠くなかった。ただひたすら車窓から見える景色を眺めていた。
「着きましたよ」
天風の言葉で楓に意識が戻った。
「もしかして寝てましたか ?」
「えぇ、ほんの少しだけでしたが」
隣にはもうさっきの男は居なかった。
「桐原様、どうぞ」
天風はすでにドアを開けて待っていた。車を降りた楓の前には想像していたものとは違う景色が広がっていた。
まるで何処かの金持ちが建てそうな豪邸が建っていた。後ろには手前に大きな噴水、その奥には通ってきたであろう門がありとても研究所に見えなかった。
「あの、研究所じゃないんですか ?」
「私は一言も研究所に行くなんて言ってませんよ ?」
天風は子供がするような笑顔でそう言ってみせた。
「天風さん !お帰りなさいませ」
家のドアを開けて飛び出してきたのはメイドの格好をした銀髪の女性だった。
「やぁ、メイド長。所長は何処だい」
「所長なら広間にいらっしゃるかと」
「ありがとう、ではこちらに」
天風に連れられ楓は豪邸の中に足を踏み入れた。
玄関から少し歩くとすぐに目的の部屋に着いた。天風が三度ノックして戸を開けた。
「桐原様もどうぞ」
案内されて楓も中に入る。すると奥には白衣を羽織った女の人が座っていた。
「待っていたよ、桐原楓君」
にっこりとした笑顔を見せ、すぐにその笑顔は消えた。
「遅い」
その一言で広間は真夜中のように静まりかえった。
その場の空気をもろともせずに二人のメイドがスイーツを運んできた。その後ろにはメイド長もいた。
「お嬢様、追加のスイーツをお持ちしました」
すると再び消えた笑顔が戻ってきた。それどころか、最初の笑顔よりもずっと良い笑顔をしているかもしれない。
二人のメイドが女の人の前にスイーツを置く。
「夕食前ですので軽めのスイーツにしておきました」
皿の上にはガトーショコラとチーズケーキというなんとも普通のスイーツだったが。
「ありがとう !やっぱサリアはさすがね」
「勿体無きお言葉ありがとうございます」
サリアと呼ばれたメイド長は綺麗かつ深い礼をした。頭を上げたサリアは楓に体を向けた。
「桐原様の分もご用意させていただきました。どうぞお座り下さい」
白衣の女の人向き合う形で楓は席に着いた。目の前には同じスイーツが置かれた。
「後ほど紅茶をお持ち致します」
そう言い残してメイド二人とサリアは出ていった。
いつの間にか食べ終えていた女の人は満足げな表情で楓を見ていた。
「所長、そろそろ」
いい加減痺れを切らしたのか天風が本題に入るように促した。
「そうだね。私は世界異能研究所日本支部所長の皇 柊那。まぁ、日本支部と言っても今やこの世界に国という概念はもう無くなってしまったけどね。それで今日は君と話がしたくて呼ばせてもらった」
「どうして俺のことを」
すると、天風が持っていた資料を皇に渡した。
「君は変化についてどう思っている ?」
「限られた人が持つ特殊能力みたいなものですかね」
「まぁ半分は正解かな」
皇は立って近くにあったリモコンのスイッチを押すと天井からスクリーンとプロジェクターが出てきた。
「残り半分の答えはその限られた人の中でもごく稀に普通のよりも強力な力を持った変化者が生まれることだよ」
「どういうことですか ?」
「君は今朝のニュースを見たかな ?」
「あの一人でS級異生物を二体倒したっていう」
「そう、その彼も今さっき言った類いに入るんだよ。でも彼の場合は少し特殊でね。数日前までは普通の変化者だったのが急に覚醒したんだよ。まるで、ドーピングでもしたかのように」
皇はいつの間にか運ばれていた紅茶に口をつけた。
「じゃあ、研究所側は何らかの意図した人物がいると考えているんですか ?」
「うちとしてはそう考えている。少し話が逸れたね。それでその強力な変化者にはあだ名みたいなものがつけられるんだよ、二つ名かな。今のところ彼だと《覚醒者》、おそらく確定するまでに時間がかかると思うよ」
「そうなんですか」
「他にも彼のような事例が出てきたら取り消されるだろうし。そうなると、本格的に調査が始まると思うよ。」
「他にはどんな人がいるんですか ?」
「数は少ないけど、そうだね。代表的なのを言えば、世界ランキング一位のアルレリア・ヴァンバルリエ。二つ名は、《帝王》。シンプルかつ一言で最強を表した二つ名だね。まあ、彼らと違ってもう少し長い名前の人もいるんだけど」
横を見ると、天風が退屈そうにあくびをしていた。
「それでその話と俺に何の関係があるんですか ?」
「君にはここまでの未来が視えていたのかな ?」
楓は皇から出た言葉に少し驚いた。
「なんてね。人に未来が視える訳がないよね。私はね、ただ君と話がしたかっただけなんだ。時間を取らせてすまなかった。サリア、彼の荷物を車まで運んであげて」
「畏まりました」
サリアは言われた通り楓の鞄を持ち外に停めてある車に向かう。
「楓君、君は先に車に行っててくれないか ?私はメアリー少し天風と話があるんだ」
「えぇ、わかりました」
二人を広間に残して楓も車に向かった。
楓とサリアが出ていき広間に皇と天風だけになった時、部屋の雰囲気は先程までのものとは遠く異なるものだった。
「天風、どうだった ?」
皇はカップに残っていた紅茶を飲み干し自ら新しい紅茶を入れ直す。
「最初は一つだけでしたが、一瞬だけ二つになりました。ですが、それも微かに感じた程度なので全体像までは」
「まぁそれだけでも十分だよ」
「どうしましょう、危険ならプロに殺らせますか ?」
「何を言っているんだ。彼は向こう側には行かないだろ。それにもうそろそろ向こうも接触してくると思うよ。ところで彼の能力ってなんだったの?」
「彼の変化は氷を自由自在に操る、至ってシンプルな能力ですがその効果や範囲が他の物とは比べ物にならないです」
「さすがは天風。じゃあそろそろ楓君を送ってあげて」
「承知致しました」
そう言って天風も車へと向かった。
「さぁ、どうする」
広間には不敵な笑みをした皇だけが残った。




