第一節
発つ日の朝、それが見つかった。
壁の外だった。
最後の見回りに出た隊が、戻ってこなかった。正確には、戻るのが遅れた。半刻の予定が、二刻になった。
戻ってきて、団長さんに何か言った。団長さんが、アリオスさんを呼んだ。
それから、出発が延びた。
私は、集会所の前で荷を持ったまま立っていた。立っていると、エルナさんに似た歩き方の人が来た。隊の人だった。名前は、ヨルクという。
「ナナセ殿」
「はい」
「団長が、来いと」
「私がですか」
「そうです」
「あの、何か」
「見れば分かると思います」
その人は、そう言った。
言い方が、少し変だった。困っているのではない。説明する言葉を持っていない、という言い方だった。
門を出た。
壁の外へ出るのは、初めてだった。去年も今年も、私は門の内側にいた。
外は、思っていたより普通だった。
草があって、土があって、その向こうに林がある。城の周りと、そんなに変わらない。
北へ歩いた。半刻ほど。
途中で、地面が少し下っていた。窪地だった。水が溜まった跡があって、今は乾いている。
その窪地の底に、人が集まっていた。
六人。団長さんと、隊が四人。それから、アリオスさんがいた。
近づいて、私は足を止めた。
地面が、掘られていた。
深さは、私の膝くらい。広さは、荷車一台ぶんくらい。
掘ったのではない、とすぐに分かった。掘った跡ではなかった。土の表面が、割れていた。内側から押し上げられて、割れたように見えた。
その割れ目の底に、何かがあった。
「ナナセ殿」
団長さんが言った。
「これを見てくれ」
私は、窪地の底へ降りた。
降りて、しゃがんで、見た。
石だった。
最初は、そう思った。灰色で、表面がざらざらしている。
でも、石ではなかった。
形が、規則的すぎた。
六角形をしていた。厚みのある、平たい六角形。大きさは、私の手のひらを広げたくらい。それが、いくつも並んでいる。
並んでいるというより、繋がっていた。
蜂の巣に似ていた。
ただし、蜂の巣より厚い。厚くて、色が灰色で、触ると冷たそうに見えた。
「触ったか」
「触っていません」
隊の人が答えた。
「触るな、と言われましたので」
「よし」
団長さんは、そう言って、私を見た。
「ナナセ殿。これが何か、分かるか」
「分からないです」
私は、即答した。
「見たことないです」
「そうか」
「あの、団長さんは」
「見たことがない」
その人は、そう言った。
「二十年、外に出ている。──これは初めてだ」
私は、アリオスさんを見た。
その人は、窪地の縁に立っていた。降りてこなかった。
「アリオス殿は」
「わしも、知りません」
その人は言った。
「この村は四十年になります。四十年、ここに畑を作ろうとして、水が溜まるのでやめた。──何度も掘りました」
「掘ったときは」
「土だけでした」
私は、その六角形を見た。
数えた。
十四。見えている範囲で、十四個ある。土の中に、まだ続いているようにも見えた。
「あの」
「なんだ」
「これ、どのくらい前からありますか」
「分からん」
「土が、割れてます」
私は、そう言った。
「押し上げられた感じに見えます」
「私もそう見た」
団長さんが言った。
「下から、何かが押している。──あるいは、育っている」
育っている、という言葉を、私は少し考えた。
その言葉を選んだのは、たぶん、他に言い方がなかったからだと思う。
「痕跡は」
団長さんが、隊の人に聞いた。
「この周りに、十以上あります」
「新しいのか」
「新旧、混じっています。──ここへ来て、しばらくいて、それから離れた形です」
「集まっているのか」
「そう見えます」
私は、その話を聞いていた。
聞きながら、六角形を見ていた。
見ていて、一つ、気づいたことがあった。
真ん中の一つだけ、色が違う。
他は灰色で、その一つだけ、少し白い。白いというより、青みがある。
その一つの周りだけ、土が湿っていた。
朝の露かもしれない。他のところは乾いているのに、そこだけ湿っている。
「あの」
「なんだ」
「真ん中の、これ」
私は、指した。
団長さんが屈んだ。屈んで、見た。
「──色が違うな」
「湿ってます」
「そうだな」
その人は、そう言って、立ち上がった。
「触るな。誰も触るな」
「はい」
「木で囲え。印をつけろ。──場所を、正確に記録する」
隊が動きはじめた。
私は、そこに残っていた。
残って、その六角形を見ていた。
見ていて、変な感じがした。
怖いのとは違う。気持ち悪いのとも違う。
なんだろう、と思った。
思って、自分の喉に手をやった。
熱くない。
熱くないのに、何かがあった。あるような気がした。
「ナナセ殿」
団長さんの声だった。
「はい」
「戻るぞ」
「あの」
「なんだ」
「もう少し、見てもいいですか」
その人は、少し黙った。
「理由は」
私は、考えた。
考えて、正直に言った。
「分からないです。でも、何かある気がします」
「気がする、か」
「はい」
その人は、隊のほうを見た。
見て、それから、言った。
「四半刻だ。二人残す」
その人は、そう言って、窪地を上がっていった。
上がる途中で、一度、こちらを見た。
見て、何も言わずに行った。




