第三節
五日目に、歩けるようになった。
集会所の端から端まで、支えなしで往復できた。八往復して、そこでやめた。やめたのはジャスミンさんに止められたからで、自分で止めたのではない。
六日目の朝、当番の人が来たとき、私は座って待っていた。
「ミオリさん、おはようございます」
「おはようございます。あの」
「はい」
「今日は、自分で食べられます」
「そうですか」
その人は、椀を渡してくれた。
持てた。震えなかった。
食べているあいだ、その人は横に座っていた。私が食べ終わるまで、待っていた。
「あの」
「はい」
「食べられるので、もう」
「はい?」
「当番、もう大丈夫です」
その人は、少し困った顔をした。
「それは、ジャスミンさんに言ってください」
「あ」
「私が決めることじゃないので」
その通りだった。
私は、頷いた。
昼に、外へ出た。
久しぶりだった。五日ぶりだった。
日が明るかった。目が慣れるのに、少しかかった。
広場では、子どもが十人ほど遊んでいた。
私を見て、二人が走ってきた。テオと、五つの子だった。
「ミオリ」
「なおった?」
「まだです。でも、歩けます」
「あるけるなら、なおった」
「そうかな」
「そうだよ」
言い切られた。
私は、井戸の縁に座った。
座って、しばらく子どもを見ていた。
見ていて、気づいたことがあった。
四か所の目印が、まだある。
石が五つずつ、四か所に置かれていた。誰も片付けていない。片付けていないだけではなく、位置が直されていた。私が置いたときより、きれいに並んでいる。
子どもが、その石の近くで遊んでいた。
五人以上にならないように、自然に分かれている。
誰かが教えたのだと思う。
私は、それを見ていた。
見ていて、それから、立ち上がった。
立ち上がって、桶のところへ行った。
水を汲もうとした。
釣瓶に手をかけたところで、後ろから声がした。
「何してんの」
ジャスミンさんだった。
「あの、水を」
「置きな」
「汲めます」
「汲めるでしょうね」
その人は、そう言った。
「でも、置きな」
私は、手を離した。
「あんた、まだ当番だよ」
「あの、食べられるようになったので」
「食べられるのと、働けるのは違うよ」
「歩けます」
「八往復で腕が上がらなくなった人が、何言ってるの」
言われて、私は口を閉じた。
閉じて、少し考えて、それから言った。
「あの、何かしたいです」
「知ってる」
「何もしてないと」
そこで、言葉が止まった。
何もしていないと、どうなるのか。
自分でも分からなかった。
ジャスミンさんは、待った。
待って、続きが出てこないのを見て、それから、桶を持ち上げた。
「三日、待ちな」
「三日」
「三日経って、腕が上がるようになったら、働いていい。──それまでは、座ってな」
その人は、そう言って、行ってしまった。
私は、井戸の縁に戻った。
戻って、座った。
座って、子どもを見ていた。
見ているだけの一日が、長かった。
その夜、集会所で横になった。
子どもが戻ってきていた。私が歩けるようになったので、また一緒に寝ることになった。
十四人。数えた。
寝かせるのに、拍を使った。歌は使わなかった。使えば一節は出る。出るけれど、途中で切れる。切れると子どもが不安になるので、やめた。
全員寝てから、私は起きた。
起きて、外へ出た。
夜だった。
月が出ていた。壁の上に、見張りが二人立っている。松明が三本。それ以外は暗い。
私は、広場へ歩いた。
歩いて、四か所の石を見た。
位置は合っている。合っているけれど、一か所だけ、石が四つしかなかった。
昼に、子どもがそのあたりで走っていた。蹴ったのだと思う。
私は、しゃがんで、探した。
暗いので、手で探した。石畳の隙間と、井戸の下と、石段の陰。
三か所目で、見つかった。
拾って、戻した。五つになった。
戻してから、他の三か所も確かめた。全部、五つあった。
確かめ終わって、私は立ち上がった。
立ち上がってから、自分が何をしているのか分からなくなった。
石は、明日確かめればよかった。
明日で足りることを、私は夜にやっていた。
「ミオリ」
声がした。
振り返ったら、ミアが立っていた。
集会所の扉のところ。裸足だった。
「ミア」
「なにしてるの」
「石を、直してました」
「よる」
「はい」
その子は、こっちへ歩いてきた。
歩いてきて、私の横に立った。
石を見た。五つある。
「あさでいいよ」
言われた。
「はい」
「なんでよるにやるの」
私は、答えようとした。
答えようとして、口が止まった。
止まったまま、しばらく何も出てこなかった。
朝でいい。朝でいいのは、分かっている。分かっていて、やった。
なぜかと聞かれると、出てこない。
働いていないと落ち着かない、というのは、たぶん近い。近いけれど、正確ではない気がした。
石を直しているあいだ、私は落ち着いていた。
それだけは、はっきりしていた。
「ミア」
「なに」
「分からないです」
その子は、私を見た。
見て、それから、石を一つ持ち上げた。
「これ、わたしがならべたの」
「え」
「ジャスミンが、ならべなさいって。ミオリがつくったやつだから、って」
私は、その子を見た。
「あの、直してくれたんですか」
「なおしてない。ならべただけ」
その子は、そう言った。
言って、石を戻した。戻す位置が、正確だった。
「まいにち、やってる」
「毎日」
「うん。ミオリ、ねてたから」
私は、そこで動けなくなった。
この五日、私は何もしていなかった。
何もしていないあいだ、この子が並べていた。
「ミア」
「なに」
「ありがとうございます」
「いいよ」
その子は、あっさり言った。
「わたしも、ねてるとき、やってもらったから」
「え」
「ちいさいとき」
その子は、そう言った。
「おぼえてないけど、そうでしょ」
私は、返事ができなかった。
できないまま、その子の顔を見ていた。
八つの子が、当たり前のことを言っていた。
「ミオリ」
「はい」
「ねよう」
「はい」
手を引かれた。
引かれて、集会所へ戻った。




