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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第6章「借り」

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第二節

 次の日も、起きられなかった。


 腕は、少し動くようになった。膝は駄目だった。座ることはできる。立てない。


 朝、来たのはサラさんではなかった。

 別の人だった。もっと若い。二十歳くらいに見える。


「ミオリさん」


「あ、はい」


「今日は私です」


「今日は」


「当番なので」


 私は、口を開けた。


「あの、当番」


「はい。あなたの」


 その人は、そう言った。

 言って、椀を置いた。椀の横に、水の入った器も置いた。


「ジャスミンさんが、組みました。朝と、昼と、夕方。三人ずつ」


「三人」


「一日に三人です。明日も、別の人が来ます」


 私は、その言葉を受け取った。

 受け取って、少し考えて、それから聞いた。


「あの、それって」


「はい」


「子どもの当番と、同じ形ですか」


 その人は、少し驚いた顔をした。


「同じですけど」


「はい」


「同じじゃ、駄目でしたか」


「いえ」


 私は、そう答えた。

 答えてから、下を向いた。


 同じだった。


 三十九人の子どもと、同じ形で、私は預かられていた。


 その日、三人来た。

 朝の人が、食事を食べさせた。


 昼の人は、体を拭いた。布を絞って、手と、顔と、首のあたり。背中まで拭こうとしたので、それは自分でやると言った。言ったけれど、腕が上がらなかった。


 拭かれた。


 夕方の人は、髪を解いた。

 解いて、梳いて、また結んだ。


「痛くない?」


「大丈夫です」


「絡んでるね。何日洗ってない」


「……しばらく、洗ってないです」


「洗うかい」


「あの、いいです」


「いいって、どっち」


「洗わないほうで」


 その人は、頷いた。

 頷いて、それから、髪を結び直した。


 結び方が、去年のイルゼさんに似ていた。手つきが速い。子どもの髪を毎日やっている人の速さだった。


 結んでから、その人は白い布を巻き直した。

 巻いて、それから、手を止めた。


「あの」


 私は、聞いた。


「なんでもないよ」


 三人目だった。

 夜、集会所は静かだった。


 子どもは別の家に移していた。私が動けないので、ここでは見られない。


 一人だった。


 一人になると、聞こえるものが増えた。外で人が歩く音。犬。それから、遠くで木を打つ音。壁を直すのを、夜もやっているらしい。


 私は、天井を見ていた。

 梁は七本ある。昨日数えた。


 数えても、何も変わらなかった。


 三日目、ジャスミンさんが来た。

 夕方だった。当番の人が帰ったあとで、入ってきた。


「どう」


「膝が、まだです」


「立ってみな」


 立とうとした。

 膝に手をついて、体重をかけて、そこまではできた。そこから先が上がらない。


 途中で、腕が震えた。


 ジャスミンさんが、手を出した。

 私は、その手を見た。


 見て、掴まなかった。


「掴みな」


「あの」


「掴まないと立てないだろ」


「立てます」


「立てないよ」


 あっさり言われた。


「三日見てるんだから、分かるよ」


 私は、手を見ていた。

 節の太い手だった。土がついている。指の腹が硬い。


 掴めば、立てる。

 掴んだら、立てたことにならない気がした。


「ミオリ」


「はい」


「あんた、今、変なこと考えてるだろ」


 私は、顔を上げた。


「掴んで立ったら、自分で立ったことにならないとか」


 当たっていた。

 当たっていたので、返事ができなかった。


「あのね」


 その人は、手を下ろさなかった。


「こっちは、あんたに立ってほしいの」


「はい」


「自分で立ったかどうかは、どうでもいいの」


 言われて、私は口を閉じた。


「早く立ってくれたほうが、こっちが楽なんだよ。三人ずつ出してるんだから」


「あ」


「分かる?」


 分かった。

 分かって、それから、少し違うものが分かった。


 私は、この人たちの手を借りている。借りていることを、重いと思っていた。重いと思っていたのは、私だけだった。


 この人たちは、当番として来ている。


 当番は、回ってくるから、やる。


 マレンさんが言っていた。ハンナさんも言っていた。


 私は、手を出した。


 掴んだ。


 引かれた。


 立てた。


 立ってから、膝が笑った。すぐに座り込みそうになって、そこも支えられた。


「ほら、立った」


「はい」


「一人で立ったかい」


「立ってないです」


「そうだね」


 その人は、そう言った。


「でも、立ってるだろ」


 私は、立っていた。

 支えられて、立っていた。


 その夜、少しだけ歩いた。


 集会所の中を、端から端まで。三往復で、腕が上がらなくなった。

 ジャスミンさんが、横についていた。


「明日、もう少し歩きな」


「はい」


「焦らなくていいよ」


「はい」


 私は、床に座った。


 座って、息をしていた。

 息をしながら、聞いた。


「ジャスミンさん」


「なに」


「あの、当番、三人ずつって」


「うん」


「多くないですか」


 その人は、少し黙った。


「多いよ」


 あっさり言われた。


「この村、大人が二十五人しかいない。二人死んだから」


「はい」


「そこから三人抜くんだから、多い」


 私は、下を向いた。


「でも、抜いてる」


 その人は、そう言った。


「なんでか分かる?」


「……分からないです」


「あんたが、三十九人ぶん働いたからだよ」


 私は、顔を上げた。


「三日で、全部の家を回って、名前を覚えて、四か所決めて、布を配った。その上で、六人の血を止めた」


「あの」


「それ、村の大人が何人ぶんか、計算したことある?」


 私は、答えられなかった。

 計算していなかった。


「こっちは計算したよ」


 その人は、そう言った。


「だから三人出してる。──それでも足りないけど」


 私は、そこで動けなくなった。

 動けないまま、下を向いた。

 下を向いて、しばらくしてから、言った。


「ありがとうございます」


 小さい声だった。

 それでも、言えた。


「よし」


 ジャスミンさんが言った。


「やっと言ったね」

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