第五節
夜が明けた。
窓の隙間が、灰色になった。それから、白くなった。
外の音が止んでから、だいぶ経っていた。それでも誰も動かなかった。動いていいと言われるまで、動かない決まりだった。
扉が叩かれた。三回。それから、二回。
合図らしかった。扉を押さえていた人が、閂を外した。
団長さんが入ってきた。
顔に何かがついていた。乾いている。拭いていない。
「終わった」
その人が言った。
部屋の中で、誰かが息を吐いた。一人ではなかった。
「壁は」
アリオスさんが聞いた。
「東が一箇所。修理した場所ではない。──別のところだ」
「では」
「明日、見る。今日は、人を数える」
その人は、そう言って、部屋の中を見渡した。
見渡して、床の上の人を見た。
私が押さえていた人だった。まだ息をしている。布は替えた。三回替えた。
「生きているのか」
「はい」
隊の人が答えた。
「危ないところでした。──止まりました」
「そうか」
団長さんは、それだけ言った。
言って、私のほうを見た。
見て、それから、何も言わずに外へ出ていった。
人を数えるのに、半日かかった。
村の大人が二十七人。そのうち、二人が戻らなかった。
一人は壁の上にいた人で、もう一人は東で戦っていた人だった。
私は、その二人の名前を知らなかった。
知らないまま、数だけを覚えた。
隊は、十九人が十九人だった。
怪我をした人が六人いた。そのうち二人は歩けない。それでも、全員いた。
子どもは、三十九人だった。
私は、三回数えた。三回とも三十九だった。
三か所を回って、名前を呼んで、返事を聞いた。返事をしない子が二人いたけれど、寝ているだけだった。起こさなかった。
全員いた。
それが分かったとき、私は井戸の縁に座った。
座って、しばらく動けなかった。
昼過ぎに、ジャスミンさんが来た。
背中の布を替えたらしい。動きが少し硬かった。
「ミオリ」
「はい」
「歌ってみな」
「え」
「歌えるか、確かめたほうがいいだろ」
言われて、私は少し迷った。
迷ってから、頷いた。
井戸の縁に座ったまま、息を吸った。
吸って、出した。
つみきさん、おやすみ。
通った。
くるまさん、おやすみ。
通った。
二節目までいった。三節目に入って、二音目で切れた。
切れて、息だけになった。
「そこまでかい」
「はい」
「昨日と同じだね」
「はい」
私は、もう一度吸った。
吸って、最初から歌った。一節、二節。三節目で切れた。
同じ場所だった。
何度やっても、そこで切れる。
「一番までも、行かないのか」
「行かないです」
私は、そう答えた。
「三番あるので。一番の途中までです」
「そうかい」
その人は、井戸の縁に座った。座り方が慎重だった。背中が痛むのだと思う。
「でも、出るようになったんだろ」
「はい」
「しばらくぶりだって言ってたね」
「はい」
「じゃあ、いいじゃない」
あっさり言われた。
私は、返事をしなかった。
返事ができなかった。
嬉しいのかどうか、自分でも分からなかった。
出た。それは分かる。出たけれど、一節と少しだ。去年は三番まで通した。通して、隊の名前を全部呼んだ。
今は、呼べない。
「ミオリ」
「はい」
「顔が、嬉しくない」
「あ」
「なんで」
聞かれて、私は少し考えた。
考えて、正直に言った。
「前と、同じじゃないので」
「そうだろうね」
その人は、頷いた。
「戻らないかもしれないよ」
あっさり言われた。
言われて、私は顔を上げた。
「うちの父、片手が動かなくなってさ」
その人は、井戸のほうを見ていた。
「木を切るのが仕事だった。動かなくなって、切れなくなった。──五年、待ってた。戻らなかった」
「はい」
「それで、字を書きはじめたんだ。片手で書けるから」
その人は、そう言った。
「私が読めるのは、それでだよ」
私は、その話を聞いていた。
「戻ることを、待つのはいいよ。待ってていい。──でも、待ってるあいだ、何もしないのは違う」
「はい」
「あんた、昨日、拍を作っただろ」
「はい」
「あれ、歌じゃないよね」
「歌じゃないです」
「でも、効いた」
その人は、こちらを見た。
「あれは、あんたが歌えないから出てきたやつだろ」
私は、そこで止まった。
止まって、少し考えた。
その通りだった。歌えていたら、私は歌っていた。歌っていたら、拍を思いつかなかった。
あの拍は、歌えないから出てきた。
「ジャスミンさん」
「なに」
「あの、昨日のあれ、名前がないです」
「名前?」
「はい。歌には名前があります。子守唄とか、数え歌とか。──あれは、何ですか」
その人は、少し考えた。
考えて、それから、言った。
「叩くやつ」
「叩くやつ」
「そう。叩くやつ」
私は、笑ってしまった。
笑ったら、喉が引っかかった。引っかかって、咳が出た。
「無理すんな」
「はい」
その日の夕方、水を汲みに行った。
井戸のところで、隊の人と一緒になった。昨日、扉を押さえていた人だった。
その人は、私を見た。
見て、それから、私の後ろのほうを見た。
目の位置が、少し高かった。私の顔ではなく、頭のあたりを見ていた。
「あの」
「ん」
「何か、ついてますか」
その人は、少し止まった。
止まって、それから、首を振った。
「いや」
「そうですか」
「なんでもない」
その人は、桶を持って行ってしまった。
私は、自分の頭に手をやった。
髪は束ねてある。白い布も巻いてある。ほどけてはいない。
手では、何も分からなかった。
夜、集会所で横になった。
子どもが半分、まだ起きていた。昨日のことがあったので、寝つきが悪い。
私は、歌おうとして、やめた。
やめて、代わりに、膝を叩いた。
とん、とん。
隣で、ミアが同じことをはじめた。その隣の子も。
部屋が、また拍で埋まった。
歌ではない音で、子どもが眠った。
全員が眠るまで、たぶん、二十も数えなかった。
最後まで起きていたのは、ミアだった。
その子は、叩くのをやめなかった。やめないまま、少しずつ遅くなって、それから止まった。
止まって、寝た。
私は、暗い天井を見ていた。
喉が、少し痛かった。
痛いのに、悪い感じではなかった。使ったあとの痛さだった。久しぶりだった。
手を当てた。
当てたところが、少し温かかった。




