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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第5章「声」

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第三節

 泣き声が、続いた。


 リュドだけではなくなった。奥のほうで、三つの子が泣きはじめた。つられた。子どもは、つられる。


 四人になった。


 扉のところの人が、振り返った。


「──黙らせろ」


 小さい声だった。小さいのに、部屋の全員に届いた。

 誰も動かなかった。


 黙らせる方法を、誰も持っていなかった。


 ジャスミンさんが、こちらへ来た。

 膝で歩いてきた。立たなかった。窓の高さより下を通って、私の横まで来た。


「ミオリ」


「はい」


「歌えないんだろ」


「はい」


「じゃあ、どうする」


 聞かれた。

 どうしよう、ではなかった。どうする、と聞かれた。


 私は、リュドを抱いたまま、考えた。

 考えている時間はなかった。外で、また木の音がした。今度はさっきより近い。


 私は、自分の手を見た。


 背中を叩いていた手だった。とん、とん。心臓より少しゆっくり。

 歌は、出ない。


 でも、これはできる。


「ジャスミンさん」


「なに」


「手を、貸してください」


 言った。

 言ってから、自分の声を聞いた。掠れていた。掠れていて、それでも通った。


「なにすんの」


「音を、出します」


「駄目だよ。音は」


「泣き声じゃない音です」


 私は、そう言った。


「泣き声は、高いです。高いと、目立ちます。──低い音で、上から覆います」


 その人が、こちらを見た。

 暗くて、顔はよく見えなかった。


「覆う」


「はい。泣き声が消えるわけじゃないです。でも、混ざります」


「それ、効くのかい」


「分からないです」


 私は、正直に言った。


「でも、子どもは落ち着きます。それは、分かります」


 ジャスミンさんは、少し黙った。

 黙って、それから、自分の膝を叩いた。


 とん。


 一つ。


 私は、頷いた。頷いて、同じ速さで叩いた。


 とん、とん。


 その人が、合わせた。


 二人になった。


 隣に座っていた大人が、こちらを見た。見て、しばらくして、自分の膝を叩きはじめた。


 三人。


 四人目は、九つの子だった。私が名前を覚えた子だ。テオという名前だった。


 五人。六人。


 壁際の子どもが、順番に叩きはじめた。誰も教えていない。見て、真似した。

 部屋が、音で埋まった。


 低い音だった。膝と、床と、手のひら。全部違う音なのに、拍だけが揃っている。


 リュドが、動いた。

 泣き声が、少し途切れた。


 途切れて、それから、また出た。出たけれど、さっきより小さかった。


 私は、揺らし続けた。


 拍に合わせて。とん、とん。

 奥の三人も、少しずつ静かになった。


 完全には止まらない。しゃくり上げが残っている。残っているけれど、その音は、部屋の拍に混ざった。


 混ざると、輪郭がなくなる。

 外の音が、変わった。


 人の声が増えた。それから、走る音。誰かが叫んだ。今度は言葉が聞き取れた。


「──東!」


 扉のところの二人が動いた。

 一人が外へ出た。もう一人が扉を押さえた。


 押さえた瞬間に、扉が鳴った。


 内側へ、大きくたわんだ。


 押さえていた人が、後ろへ滑った。もう一人が駆け寄って、二人で押さえた。

 木が、割れる音がした。

 扉の上のほう。板が一枚、内側へ折れた。


 欠けた木が、飛んだ。


 私は、動けなかった。


 リュドを抱いていた。抱いていたので、手が塞がっていた。塞がっていて、頭を下げるのが遅れた。

 覆われた。


 ジャスミンさんだった。

 私とリュドの上に、体ごと被さってきた。速かった。考えて動いた速さではなかった。


 背中に、何かが当たる音がした。

 鈍い音だった。


「ジャスミンさん」


「──静かに」


 その人は、そう言った。

 言って、動かなかった。動かずに、私の頭を押さえていた。


 扉のほうで、金属の音がした。何度か続いて、それから、止まった。

 外で、声がした。


「片づいた!」


「扉、押さえろ!」


「大丈夫か」


 声が、続いていた。

 ジャスミンさんが、体を起こした。

 起こして、私を見た。


「怪我は」


「ないです」


「その子は」


「大丈夫です」


 私は、リュドを見た。

 泣いていた。泣いているけれど、息はしていた。それが分かったので、私は少し息を吐いた。


「ジャスミンさん」


「なに」


「背中」


 その人は、自分の肩のあたりに手をやった。

 やって、指を見た。

 暗くて、色は分からなかった。分からなかったけれど、その人は少し顔をしかめた。


「切れてるね」


「見せてください」


「あとで」


「今です」


 私は、そう言った。

 言ってから、自分の言い方に驚いた。

 ジャスミンさんも、少し驚いた顔をした。


「……あんた、そういう言い方もするんだ」


「すみません」


「いや。いいよ」


 その人は、背中をこちらへ向けた。

 私は、リュドをミアに渡した。渡して、両手を空けた。

 空けてから、暗いことに気づいた。


「あの、灯りを」


 誰かが、皿の火を持ってきてくれた。近づけてくれた。


 見えた。


 肩甲骨の少し上。布が裂けて、その下が切れている。長さは指二本ぶんくらい。深くはない。血は出ているけれど、勢いがない。


 私は、荷のところへ行って、布を取ってきた。

 押さえた。


「痛いですか」


「痛いよ」


「すみません」


「押さえな。──ちゃんとやって」


 私は、押さえた。

 押さえながら、その人の背中を見ていた。


 この人は、私の上に被さった。

 考えて動いたのではない。速さがそうだった。体が先に動いていた。


 私は、その速さを知っている。

 去年、ティアが詰まったとき、私も同じ動き方をした。


 押さえながら、私は口を開けた。

 開けて、何か言おうとした。


 何を言えばいいのか、分からなかった。

 ありがとうございます、では、たぶん足りない。足りないのに、他の言葉を持っていなかった。


 結局、言えなかった。


 言えないまま、布を押さえていた。

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