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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第5章「声」

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第二節

 集会所には、子どもが十四人入った。


 四か所に分けるはずだった。


 分けられなかった。日が落ちるまでに、使える家が三軒しか空かなかった。四軒目に決めていた家は、屋根が落ちたままだった。一度目のときに壊れて、まだ直っていない。


 五人までにするはずだった。それも無理だった。三軒に三十九人なら、どこも十人を超える。


 私の考えた数は、紙の上だけの数だった。


 大人が九人と、隊が六人。全部で二十九人。


 私は、いちばん奥の壁際にいた。子どもを、壁に沿って座らせた。並べたのではない。壁に背中をつけさせただけだ。背中に何かがあると、子どもは少し落ち着く。


 松明は消した。灯りは、床に置いた小さい皿の火が一つだけ。


 暗い。


 白い布が、腕のところだけ浮いて見えた。十四本。数えられた。

 ミアは、私の隣にいた。

 背負っていた赤ん坊を、今は膝に乗せている。寝ていた。


「ミア」


 私は、小さい声で呼んだ。

 その子が、こっちを見た。


「なに」


「その子、名前は」


「リュド」


「リュドくん」


「うん」


 私は、書いた。暗いので、大きく書いた。

 リュド。ねている。

 その子は、紙を覗き込んだ。


「なにそれ」


「あの、数えるやつです」


「かぞえる」


「はい。誰が寝てて、誰が起きてるか」


 私は、紙を見せた。

 名前が十四人ぶん並んでいる。そのうち五人の横に、印がついている。寝ている子だった。

 ミアは、それを見た。見て、それから、指を出した。


「これ、なに」


 指したのは、紙の隅だった。

 砂時計の絵があった。前に描いたやつが、隅に残っていた。


 私は、口を開けた。

 開けて、閉じた。


「あの」


「うん」


「時間を測るやつです」


「じかん」


「はい。えっと、砂が落ちて、それで」


 私は、そこで止まった。

 止まってから、言葉が出ないことに気づいた。


 この子は、砂時計を見たことがない。

 説明しようとして、私は何を使えばいいのか分からなかった。

 半刻、と言っても通じない。数えるあいだ、と言おうとして、では何を数えるのかが分からない。


「ミオリ」


「はい」


「わかんない」


「はい」


 私は、頷いた。

 頷いて、それから、紙をめくった。

 裏に、別の絵があった。丸が十個並んでいる。


「これなら、分かりますか」


 その子は、それを見た。


「まる」


「はい。一から十まで」


「じゅう」


「十数えるあいだ、何もしないっていう絵です」


 ミアは、指を出した。

 十まで数えた。二回、間違えずに数えた。


「これなら、わかる」


「はい」


「さっきのは」


「……すみません」


 私は、そう言った。

 言ってから、砂時計の絵を、少し折って隠した。


 夜が更けた。

 子どもが半分眠った。眠らない子は、壁に背中をつけたまま、目を開けている。


 ミアは眠らなかった。膝のリュドを、時々揺すっていた。


 外は、静かだった。


 静かなのが、いちばん怖かった。


 団長さんは、外にいる。壁の上だと聞いた。集会所には隊が六人。扉のところに二人、窓に二人、あとの二人は奥に座っている。


 誰も喋らない。

 私は、自分の指を見ていた。


 三十九人。名前は覚えた。この部屋に十四人。隣の家に十三人。もう一軒に十二人。


 合わせて三十九。

 合っている。合っているのに、何度も数えた。


 数えるのをやめられなかった。

 二度、鐘のような音がした。

 鐘ではない。壁の上で、金属を叩いたのだと思う。二回。


 部屋の中の空気が、変わった。


 扉のところの二人が動いた。窓の二人が、外を見た。


 誰かが、息を止めた。

 それから、音が来た。


 遠い。壁の向こうだった。高くて、途中で割れる音。去年、草の中で聞いたのと同じだった。


 一つではなかった。


 子どもが、動いた。

 眠っていた子が起きた。起きて、隣の子にくっついた。くっつかれた子が、こっちを見た。


 私は、手を上げた。

 上げて、下ろす動作をした。座って、という意味だった。


 伝わった。全員、座ったままだった。

 音が、近くなった。


 壁のところで、人の声がした。何か叫んでいる。言葉は聞き取れない。それから、金属の音。


 膝の上で、リュドが動いた。

 ミアが、その子を揺すった。揺すって、それでも動いた。


 顔が、歪んだ。

 泣く前の顔だった。


 私は、それを見た。

 ミアが、手で口を塞ごうとした。


 赤ん坊の口を、手のひらで。

 私は、その手を掴んだ。

 掴んで、離させた。強く掴みすぎた。ミアが私を見た。目が大きかった。


「だめ」


 私は、小さい声で言った。


「息が、止まります」


「でも」


「だめです」


 私は、そう言って、自分の腕を出した。

 ミアは、迷った。迷って、それから、リュドを渡した。


 受け取った。


 重い。半年くらいの子は、もう重い。

 私は、その子を胸のほうへ寄せた。頭を自分の鎖骨のあたりに置いて、片手で背中を支えた。


 支えて、揺らした。


 とん、とん。


 心臓より少しゆっくり。

 泣き声が、出かけた。

 出かけて、少し引っ込んだ。それから、また出かけた。


 外で、大きい音がした。

 木が割れる音だった。


 リュドが、泣いた。


 声が出た。小さい声だったけれど、この部屋では大きかった。

 誰かが、こっちを見た。隊の人だった。何も言わなかった。言わなかったけれど、顔が動いた。


 私は、息を吸った。

 吸って、口を開けた。


 歌おうとした。


 出なかった。

 息だけが出た。喉の奥が、乾いた紙みたいになっていた。


 もう一度吸った。


 つみきさん、と思った。思ったのに、音にならなかった。


 リュドが、また泣いた。今度はもっと大きかった。

 私は、その子を抱いたまま、口を開けていた。


 開けたまま、何も出せなかった。

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