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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第4章「持っていくもの」

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第五節

 次の日から、私は喋らなかった。

 言われた通りにした。喋るな、と言われたので、喋らない。


 朝、集会所を出て、広場へ行った。ジャスミンさんが井戸のところにいた。私は、その横に立った。

 立って、桶を指した。

 その人は、こちらを見た。


「汲むの」


 頷いた。


「汲んで」


 汲んだ。三つ。

 運ぶ先は、示された。二軒の家と、壁の修理をしている場所だった。


 運んだ。往復で四回かかった。


 午後は、洗濯物を運んだ。夕方は、薪を割っている人のところで、割ったやつを積んだ。

 全部、言われたことだけをやった。


 二日目も、同じだった。


 三日目の朝、ジャスミンさんが言った。


「ミオリ」


 私は、頷いた。


「あんた、何も言わないね」


 頷いた。


「喋るなって言ったからかい」


 頷いた。

 その人は、少し変な顔をした。


「あれ、そういう意味じゃないんだけど」


 私は、口を開けた。

 開けて、閉じた。


「喉が悪いなら喋るなって言ったの。──黙ってろって意味じゃない」


 私は、腰の袋から紙を出した。

 書いた。


 すみません。かんちがいしてました。

 渡した。

 その人は、紙を見た。見て、それから、返してきた。


「読めるよ」


「あ」


「私は読める。全部じゃないけど、これくらいは」


 その人は、そう言った。


「うちの父が、字を書く人だった。それで、少し」


 私は、その紙を持ったまま、頷いた。


「ミオリ」


「はい」


 声が出た。掠れていた。


「三日、見てたけど」


「はい」


「あんた、よく働くね」


 私は、返事をしなかった。


「言われたことしかやらない。それは、こっちが楽だよ」


 その人は、そう言った。


「勝手に何かやる人のほうが、よっぽど困る」


「あの」


「なに」


「見てても、いいですか」


 私は、聞いた。


「見る?」


「はい。あの、子どもを」


 その人は、しばらく黙った。


「家を回るのかい」


「一緒に、行かせてもらえたら」


「──ついてくるだけだよ」


「はい」


「手は出すな」


「はい」


 その日の午後、ついていった。


 家を回るのは、ジャスミンさんの仕事らしかった。二日に一度、全部の家を見て歩く。何かあれば、そこで対処する。


 十一軒あった。


 一軒目。三つの子が二人。見ているのは、九つの女の子だった。二人が床で何かをしている。九つの子は、竈のところで火を見ていた。


 ジャスミンさんが、火を覗いた。何か言った。九つの子が頷いた。


 それで終わりだった。


 二軒目。赤ん坊が一人。抱いているのは、七つの男の子だった。

 抱き方が危なかった。首が支えられていない。生後半年くらいに見える子で、まだ首が完全ではない。


 私は、手を出しかけた。

 出しかけて、止めた。


 ジャスミンさんが、その子のところへ行った。行って、腕の位置を直した。何も言わずに直して、それから、その子の頭を一度叩いた。軽く叩いた。


 その子は、笑った。


 三軒目。四軒目。


 同じことが続いた。


 五軒目で、私は数えはじめた。

 癖だった。止められなかったので、そのまま数えた。


 十一軒で、子どもが三十九人いた。


 四十一人と聞いていた。二人足りない。


 私は、紙を出して書いた。

 三十九人でした。


 ジャスミンさんに渡した。


 その人は、それを見た。

 見て、しばらく黙った。


「ああ」


 それだけ言った。


「二人は」


「死んだ子だよ」


 私は、紙を持ったまま、動けなくなった。


「数、直してないんだ。城に出した紙は、一度目の前のやつだから」


 その人は、そう言った。


「四十一人ってのは、前の数」


 私は、頷いた。

 頷いて、それから、書き直した。


 すみません。


「謝ることじゃないよ」


 その人は、そう言った。

 言って、歩き出した。


 六軒目の家で、その子に会った。

 八つくらいの女の子だった。赤ん坊を背負っている。背負い紐が、肩に食い込んでいた。


「ミア」


 ジャスミンさんが呼んだ。


 その子が振り返った。

 顔が小さい。目が大きく見えるのは、痩せているからだと思った。


「そいつ、寝た?」


「ねた」


「じゃあ下ろしな。ずっと背負ってると、あんたの背中が曲がる」


「おろすと、おきる」


「起きたら、また背負えばいい」


 その子は、首を振った。


「おきると、なくから」


 ジャスミンさんが、少し黙った。


「泣いてもいいんだよ」


「だめ」


 その子は、そう言った。


「なくと、きこえるから」


 私は、そこで息が止まった。

 泣くと、聞こえる。


 音で寄ってくる。去年、エルナさんに言われた。金属はやめとけ、と。

 この子は、それを知っている。


 八つの子が、赤ん坊を泣かせないために、ずっと背負っている。


 私は、口を開けた。

 開けて、何も言えなかった。

 言えないまま、その子を見ていた。


 家を回り終えて、広場に戻った。

 日が傾いていた。ジャスミンさんが井戸の縁に座って、水を飲んだ。


 私は、その横に立っていた。


「ミオリ」


「はい」


「あんた、何ができるの」


 三日前と同じことを聞かれた。

 私は、少し考えた。


 考えて、答えた。


「四つ、あります」


「うん」


「数えられます。三十九人でも数えられます。それと、名前を覚えられます。三日あれば」


「はい」


「あと、応急手当ができます」


「三つだね」


 その人が言った。


「四つ目は」


 私は、そこで止まった。


「四つ目は、預かることです」


「うん」


「でも、ここでは使えないです」


 私は、そう言った。


「集めないので」


 その人は、私を見た。

 見て、それから、頷いた。


「分かってるじゃない」


「はい」


「じゃあ、三つだね」


「はい」


 私は、そこで一度、息を吸った。


 吸って、それから、言った。


「あの」


「なに」


「三つとも、一人ではできません」


 言った。

 言ってから、自分の声を聞いた。掠れていた。掠れていても、言い切れた。


「数えるのは、家を回らないとできないです。回るには、場所を知ってる人が要ります」


「うん」


「名前も、教えてもらわないと覚えられないです」


「うん」


「手当は、呼んでもらわないと行けないです」


 私は、その人を見た。


「だから、手伝ってもらえませんか」


 言い終わって、下を向きそうになった。

 下を向かなかった。


 ジャスミンさんは、しばらく私を見ていた。

 見て、それから、水を飲んだ。飲んで、椀を置いた。


「あんた、最初からそう言えばよかったんだよ」


 その日の夜、隊が戻ってきた。

 偵察に出ていた六人だった。壁の外を、北へ半日行ったらしい。


 団長さんが、集会所でアリオスさんと話しているのが聞こえた。

 私は、荷を片付けながら、それを聞いていた。


「──痕跡は」


「三箇所です」


「数は」


「少なくとも二十」


 アリオスさんの椀が、机に当たる音がした。


「二十」


「それと、団長」


 偵察に出た人が、言った。


「古いのが混じっています」


「古い」


「半月以上前のものが。──あの群れ、一度こっちへ来て、戻って、また来ています」

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