第四節
ロヴィエは、六日目の昼過ぎに見えた。
平らな土地の先に、灰色の線があった。近づくと、それが壁だと分かった。
低い。
城の壁の四分の一もない。私の背の二倍くらい。木を組んで、土で固めてある。途中の村のと同じ造りだった。
その壁が、一箇所、崩れていた。
崩れた場所に、木が積んである。新しい木だった。直している途中らしい。直している途中で、直し終わっていない。
門は開いていた。
人が出てきた。十人ほど。先頭に、白髪の男の人がいた。背が低くて、腰が曲がっている。
「アッシュフォード団長」
「アリオス殿か」
「よく来てくださった」
その人は、頭を下げた。深く下げた。
「十二日前に出したものが、届いたのですな」
「届いた。遅くなった」
「いや、早い」
アリオスさんは、そう言った。
「早いですとも。九日はかかると思っておりました」
言い方が、明るかった。
明るいのに、その人の目は隊の後ろのほうを数えていた。
十九人。数えているのが分かった。
村に入って、私が最初に見たのは、家の数だった。
四十軒ほどある。そのうち、五軒が屋根まで残っていなかった。柱だけが立っている家が三つ。あとの二つは、何もなかった。
人が住んでいる形跡は、なかった。
通りを歩いた。
人が出てきて、こちらを見る。数えた。二十人ほど。
子どもが、いない。
「どこにいるんですか」
私は、聞いた。
声が出た。掠れていた。五日目に掠れて、六日目も掠れたままだった。ただ、短い言葉なら出る。
隣を歩いていた隊の人が、こちらを見た。
「何が」
「子どもです」
「ああ」
その人は、通りの先を見た。
「集めてないんだろ」
「集めない」
「辺境はな。一箇所にまとめると、来たときに全部やられる」
私は、そこで足が止まった。
止まって、それから、また歩いた。
広場らしい場所に着いた。
井戸があった。石段があった。城下の広場と同じ形をしている。同じ形なのに、子どもがいない。
大人が三人いた。そのうちの一人が、こちらを見て立ち上がった。
女の人だった。
私と同じくらいか、少し上に見えた。栗色の髪を、後ろで一つに編んでいる。編み込んだ三つ編みで、途中から端まで、きっちり編まれていた。ほどけそうな場所がなかった。
目が緑だった。色が濃い。
袖をまくっていて、腕に土がついていた。
「城の人」
その人が言った。
「団長が話してるとこ。あんたたちは、こっち」
案内された。
広場の横の、大きい建物だった。集会所のようなものらしい。中に荷を置いて、水をもらった。
置いてから、私は外へ出た。
出て、その人のところへ行った。
「あの」
「なに」
「すみません、私、声が出なくて」
「出てるじゃない」
「あの、掠れてて」
「聞こえるよ」
その人は、そう言った。
言いながら、井戸から水を汲んでいた。桶が三つ並んでいる。
「あの、聞いてもいいですか」
「なに」
「子どもは、どこにいますか」
その人の手が、止まった。
止まって、こちらを見た。
「なんで聞くの」
順番だ、と思った。
いきなり手を出さない。聞く。そこから始める。
「私、子どもを見る仕事をしてました」
「へえ」
「城で、それから、城下の預かり場で」
「うん」
「ここでも、何かできるかと思って」
私は、そう言った。
言ってから、その人の顔を見た。
変わらなかった。
「名前は」
「七瀬澪里です。あの、ミオリで」
「ジャスミン」
その人は、それだけ言った。
それから、桶を持ち上げた。
「ミオリ。子どもは、家にいる」
「家」
「家にいる。全部の家にばらばらに。──三軒か四軒に、一人か二人ずつ」
「あの、見てる大人は」
「いない」
あっさり言われた。
「上の子が下を見てる。八つとか、九つの子が」
私は、その言葉を聞いた。
ハンナさんが言った通りだった。
「あの」
「なに」
「集めないんですか」
その人が、桶を置いた。
置いて、こちらを向いた。
「集めたよ。前は」
「前は」
「三十日前まで、広場に集めてた。城下と同じ。当番も組んでた」
「じゃあ、なんで」
「ここが、やられたから」
その人は、広場の一角を指した。
石段の端のほう。石が黒くなっている。焼けたのではない。もっと別の、染み込んだような黒さだった。
私は、そこを見た。
「一度目のとき。昼だった。ここに二十人いた」
その人は、そう言った。
「死んだのは六人。四人が子どもだよ」
私は、返事ができなかった。
「だから、ばらした。一箇所にいたら、また同じになる」
その人は、桶を持ち上げた。
「分かった?」
「……はい」
「じゃあ、いいね」
その人は、歩き出した。
歩き出して、三歩で止まった。
止まって、振り返った。
「あんた、さっき何か言いかけたね」
「え」
「ここでも何かできるかと思って、って。──何ができるの」
私は、口を開けた。
開けて、答えた。四つあると言おうとした。数えられる。名前を覚えられる。預かれる。応急手当ができる。
「あの、子どもを、まとめて見られます」
言った。
言ってから、しまったと思った。
その人の顔が、変わった。
「まとめて」
「あ、いえ」
「まとめて見るって、集めるってことだろ」
「あの、そうじゃなくて」
「そうだろ」
その人は、桶を地面に置いた。
置き方が、少し強かった。水が跳ねた。
「あんた、今の話、聞いてた?」
「聞きました」
「聞いて、それか」
「あの」
「四人死んでるんだよ」
その人は、そう言った。
大きい声ではなかった。大きくないのに、広場に響いた。
「ここに集めて、四人死んだの。だから、ばらした。ばらしたら、上の子が下を見ることになった。八つの子が、赤ん坊を抱いてる」
「はい」
「私も、それが駄目なのは分かってる」
その人は、続けた。
「分かってて、そうしてる。──それを、あんたが来て、まとめて見られますって」
私は、下を向いた。
「あんたのやり方は、ここでは使えない」
言われた。
「城下のやり方だろ、それ。ここは城下じゃない」
私は、頷いた。
頷くしかできなかった。
「返事は」
「……はい」
「聞こえない」
「はい」
声が、掠れた。掠れて、途中で切れた。
その人は、それを聞いた。
聞いて、少しだけ顔を変えた。変えてから、桶を持ち上げた。
「喉、悪いんだろ」
「はい」
「じゃあ、喋るな」
その人は、そう言って、行ってしまった。
私は、広場に立っていた。
石段の端の、黒い染みのところを見ていた。




