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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第4章「持っていくもの」

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第二節

 出発の朝、ティアは門まで来た。


 イルゼさんに連れられて、中庭の端に立っていた。門のところまでは来なかった。決まりだと言われたらしい。


 私は、そこまで歩いていった。

 膝をついて、目の高さを合わせた。


「ティア様」


「みおり」


「行ってきます」


 その子は、頷いた。

 頷いて、それから、手に持っていたものを差し出した。

 白い布だった。私が四十一本切ったやつの一本。


「まいて」


「あ」


「みおりのぶん」


 私は、それを受け取った。

 受け取って、自分の腕に巻こうとした。巻こうとして、その子に止められた。


「ちがう。ここ」


 示されたのは、髪だった。


「かみ」


「髪ですか」


「うん。うでは、あかいのまくでしょ」


 その通りだった。私の腕には赤い布が巻いてある。

 私は、束ねた髪の根元に、白い布を巻いた。結び目が上手くできなくて、二回やり直した。


「できた?」


「できました」


「よるも、みえる」


「はい」


 その子は、それで満足したらしかった。

 満足して、それから、一歩下がった。

 下がってから、言った。


「いってらっしゃい」


 イルゼさんの言い方だった。去年と同じだった。


 行軍は、静かだった。

 十九人。私は後ろから三番目を歩いた。前が二人、後ろが二人。決められた位置だった。


 誰も喋らなかった。


 これは私のためではない。外を歩くときは元からそうだと、去年知った。喋ると音が出る。音が出ると寄ってくる。


 だから、私が喋らないことは、目立たなかった。

 水は、六回飲んだ。

 いつ飲むかを決めていた。朝の出発前、二刻ごとに三回、昼、夕方、寝る前。指を折って数えた。


 三日目に、前の人に気づかれた。


「あんた、よく飲むな」


 言われて、私は頷いた。

 頷いただけで、返事をしなかった。

 その人は、少し変な顔をした。変な顔をして、それから、自分の水筒を振った。


「俺のも飲むか」


 私は、首を振った。

 振ってから、少し困った。


 こういうとき、ありがとうございます、と言えないのがつらかった。

 私は、腰の袋から紙を出した。

 小さく切ってある。書くものも一緒に持っていた。


 書いた。

 ありがとうございます。だいじょうぶです。


 渡したら、その人は紙を見た。

 見て、しばらく持って、それから、返してきた。


「読めん」


 私は、口を開けた。

 開けて、閉じた。

 四人に一人。ユーリ様が言った数字を、私は覚えていた。覚えていたのに、忘れていた。

 私は、紙を裏返した。

 絵を描いた。水筒の絵と、それを断る手の絵。それから、頭を下げている人の絵。


 渡した。

 その人は、それを見た。


 見て、笑った。


「ああ、そういうことか」


 その人は、そう言って、紙を返した。


「あんた、絵は上手いな」


 私は、頷いた。

 頷きながら、少し嬉しかった。


 夜は、野営だった。


 火を焚く。見張りが二人ずつ、交代で立つ。私は交代に入らない。入れてくれと言えなかったし、言っても断られたと思う。


 布を顎から頭に巻いて、横になった。

 シリルさんの描いた絵の通りにやったら、隣の人に笑われた。


「何それ」


 私は、紙を出して見せた。

 その人は絵を見て、また笑った。


「これ、誰が描いたの」


 私は、書いた。塔の人です。


「塔?」


 その人は、絵をもう一度見た。


「塔の人、絵が下手だな」


 私は、頷いた。

 頷きながら、笑ってしまった。声を出さないように、口を押さえた。


 四日目の朝、掠れなかった。

 朝いちばんに、口の中で確かめた。声を少しだけ出して、いつも通りに出るかどうか。


 出た。


 シリルさんの言った通りだった。

 二日目までは掠れないのが普通だった。三日目も出た。四日目も出た。去年は四日目で掠れていた。


 喋らないと、こうなる。

 当たり前のことなのに、私はそれを知らなかった。

 喉を使わなければ、喉は消耗しない。


 園でも、この城でも、私はずっと喋っていた。喋るのが仕事だと思っていた。喋るのをやめるという選択が、そもそも頭になかった。


 四日目の昼、団長さんが列の後ろへ来た。


 歩きながら、隣に並んだ。


「ナナセ殿」


 私は、頷いた。


「喋るな。返事もいらん」


 頷いた。


「四日目だ。どうだ」


 私は、指を四本立てた。それから、喉を指して、首を横に振った。

 掠れていない、という意味だった。

 伝わったらしい。その人は、少し目を細めた。


「そうか」


 それだけ言って、前へ戻っていった。

 戻る途中で、一度だけ振り返った。

 振り返って、私の髪のところを見た。白い布が巻いてある。

 何も言わずに、前へ行った。


 五日目の夕方、村が見えた。

 ロヴィエではない。途中にある小さい村だった。名前を聞いたけれど、聞き取れなかった。


 二十軒くらい。壁があった。低い。城の壁の三分の一もない。木を組んだ柵に、土を塗り固めたものだった。


 門で、団長さんが交渉した。一晩泊めてもらう。それだけの話らしかった。

 中に入ると、人が出てきた。


 十人ほど。全員、こちらを見ていた。

 子どもが混じっていた。数えた。六人。

 その中の一人が、私を見た。


 三つか四つ。抱かれている。抱いているのは母親らしい人で、その人の顔が、少し変だった。

 変というのは、うまく言えない。


 目が落ちくぼんでいて、頬が薄い。それは疲れているだけかもしれない。

 でも、抱き方が違った。

 抱いているのに、体が離れている。腕は回しているのに、胸が触れていない。


 その子は、母親の顔を見ていなかった。

 私は、それを見ていた。


 見ていて、足が止まりかけた。


 止まりかけて、また歩いた。


 私は、ここでは客だった。

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