表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第1章「戦力外」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/50

第三節

「聞きました」

 青い上着の人は、扉を後ろ手に閉めて、それから閉めたことを気にするみたいに一度振り返った。


「大神官が、書を出さないと」

「はい」

「出させます」

 まっすぐな言い方だった。まっすぐすぎて、私はどう返していいのか分からなかった。


「あの、でも、生まれつきじゃないと駄目だって」

「規定には、後から現れた場合の定めがない。ないなら、決めるのは神殿ではない」

 言いながら、彼は部屋の中を見ていた。椅子、机、高い窓。それから机の上のペンで目が止まって、何だろうという顔をして、聞かずに逸らした。


「──失礼、名乗っていませんでした」

 背筋が伸びた。急に別の生き物になったみたいだった。

「ユーリ・ヴェルデリア。第二王子です。召喚の儀を発議したのは私です」

「はい」

 はい、しか出なかった。


 目の下が黒い。袖に何かこぼした跡がある。第二王子という言葉と、うまく繋がらなかった。

「あなたを、あの部屋から連れ出したのも私の責任です。だから」

「あの」

「はい」


「昨日から、ずっと謝ってますよね」

 彼が黙った。


「私も、さっきから謝ってばかりで。……変な感じだなと思って」

 言ってから、失礼だったかもしれないと思った。相手は王子だ。


 彼は少しのあいだ動かなかった。それから、口の端が動いた。それだけだった。

「……はい」

「はい」

 続きが出てこない。二人とも黙って、扉の外を誰かが通っていく音を聞いていた。

「明日、また参ります」

 彼はそう言って、出ていった。


 次の日は来なかった。その次の日も。


 朝が来ると鐘が鳴る。城の朝は三回。日が落ちるとき二回。それだけ覚えた。何の鐘なのかは、聞いていない。

 食事は部屋に運ばれてくる。多い。半分も食べられなくて、残すのが申し訳なくて、三日目からは最初に半分よけておくようにした。


 誰も、何もしなくていいと言った。

 言葉ではそう言われない。けれど、そういうことだった。


 四日目に、洗濯物の籠を運んでいる人とすれ違った。両手が塞がっていて、扉を肘で押そうとしていた。

 扉を開けて、それから、籠の片側に手をかけた。

 その人が立ち止まった。籠を持ち上げたまま、私の手を見て、私の顔を見て、それから廊下の先を見た。誰か呼びに行こうとしているのだと思った。

「あ、すみません」

 手を離した。

「すみません、大丈夫です。あの、大丈夫なので」

 その人は何も言わずに、頭を下げて、行った。籠は自分で運んでいった。扉だけ、開けたままにしておいてくれた。


 自分の寝台のシーツは、自分でたたんだ。

 朝、部屋を出るまでのあいだにたたんでおけば、来た人は何も言わない。それだけのことが、一日のうちでいちばん落ち着く時間になった。


 窓の下に街がある。屋根が重なっていて、細い煙が何本も上がる。昼過ぎになると、どこかから子どもの声がする。何を言っているかは分からない。でも、あの高さの声は、たぶん四つか五つだ。

 立って見ていると、時々、壁の上の人と目が合いそうになる。合いはしない。あの人たちは外しか見ていない。


 鏡は、朝に一度だけ見ることにした。

 線は、濃くなっている気がしたり、していない気がしたりした。


 九回目の朝の鐘のあと、扉が叩かれた。

「お待たせしました」

 息が上がっていた。前と同じだった。この人はいつも走っている。

「書のことは、まだです。申し訳ない」

「はい」

「ですが、別の話を先にしなければと思って」

 彼は椅子を勧められる前に立ったままで、それから座っていいものか迷って、結局机の横に立った。


「あなたを、元の場所へお返しする方法があります」


「え」

「召喚の陣を、逆に起こします。理屈の上ではできる。というより、そのために組まれた陣です。私が急いだので、片道しか使いませんでしたが」

「帰れるんですか」

「帰れます」

 膝の力が抜けた。座っていてよかった。


「いつですか」

 彼が、一拍だけ遅れた。

「星合の夜に」

 言葉は意味を結ぶのに、何を指しているのかが分からない。星と、重なるということ。そこまでは届いて、その先がなかった。


 私の顔を見て、彼が言い直した。

「双つの月が、完全に重なる夜のことです。その夜だけ、大地から力を借りられる。……それ以外の日に大きな術を起こすには、人の身から出すしかない」


 あの部屋の、灰色の服の人たちを思い出した。

 思い出したことが顔に出たのだと思う。彼が目を伏せた。

「次の星合は、来年の春です」

「来年の」

「はい。あと、一年ほど」


 一年。


 指を折りかけて、やめた。四月に召喚されたのだから、次の四月。担任は一年で替わる。ちょうど一年なら、あの子たちの進級には間に合わないけれど、次の年度には戻れる。


 戻れる。

「よかった」

 声に出ていた。

「あの、ありがとうございます。よかった。ほんとに」

 彼は返事をしなかった。


 顔を上げると、こっちを見ていた。見ていて、それから、また視線を落とした。何か言おうとして、言わなかった。

「一年、ご不便をおかけします」

「いえ、そんな」

「必要なものがあれば、何なりと」

「あの、じゃあ」

 言ってしまってから、後戻りできなくなった。


「紙を、少しいただけませんか。あと、たたむものがあれば、私、やりますので」

 彼が瞬きをした。

「たたむ」

「洗ったあとの。シーツとか。……手が空いてるので」

 彼は少し考えて、分かりましたとも、駄目ですとも言わずに、こう言った。


「紙は、今日中に届けさせます」

 扉が閉まった。


 窓の下で、また子どもの声がした。私は指を折って数え直した。四月から四月まで。十二。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ