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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第3章「歌えないから行く」

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第一節

 通されたのは、日当たりのいい部屋ではなかった。


 城の奥のほうだった。廊下を四回曲がって、階段を一つ上がる。私が入ったことのない場所だった。


 扉の前で、案内の人が止まった。


「こちらでございます」


 中に、人がいた。

 長い机がある。その周りに五人。


 王妃陛下。ユーリ様。団長さん。シリルさん。それから、知らない男の人が一人。年配で、書類を抱えていた。


 机の上に、地図が一枚あった。


「ミオリ」


 王妃陛下が言った。


「座って」


 椅子が一つ空いていた。座った。

 座ってから、この部屋の空気が普通ではないことに気づいた。

 誰も、雑談をしていない。


「形が変わりました」


 その人は、そう言った。

 言って、地図のほうへ手を向けた。


「ですので、お伝えします」


 団長さんが、地図を回した。

 線が引いてある。太い線が一本、そこから細い線が枝分かれしている。端のほうに、丸が一つ。


「ロヴィエだ」


 その人が言った。


「南西の、いちばん外にある村だ。城から六日」


「六日」


「馬でだ。歩けば九日」


 私は、その数を頭に置いた。

 去年の南の村は、往路一日半だった。あれの四倍ある。


「一度目の報せは、三十日前だ。被害が出た。死者六名、家屋の損壊が十一」


 その人は、指で地図をなぞった。


「二度目が、十二日前。──同じ月に二度だ」


「同じ月に」


「これが問題だ」


 団長さんは、そこで手を止めた。


「あの地域は、年に二度か三度だった。それが、月に二度出た」


 誰も何も言わなかった。


「三十日で二度。次があれば、十日後だ」


「あの」


 私は、口を開けた。


「なんで、増えてるんですか」


「分からん」


 あっさり言われた。


「北も同じだ。今年に入って、行程が延びている。去年の倍まで出ないと、群れに当たらん」


「倍」


「遠くまで出ているということだ。個体数か、あるいは何かが変わったか」


 その人は、そう言って、シリルさんのほうを見た。


「塔は、どう見ている」


「分かりません」


 シリルさんが言った。


「記録は取っています。過去二十年ぶんを、いま照合させています。──ただし、二十年で増えているのか、二十年前から増えていたのかを、私は区別できません」


「どういう意味だ」


「記録の取り方が、途中で変わっているからです」


 その人は、蝋板を開いた。


「十四年前に、報告の書式が変わりました。それ以前は、討伐数しか書かれていない。出た回数が記録されていません」


 私は、その言葉を聞いた。

 討伐数しか書かれていない。

 去年、団長さんが同じことを言った。報告書は、討った数を書く紙だ、と。


「では、分からんということだな」


「分かりません。分からないことを、分かるとは言いません」


 団長さんは頷いて、また地図に戻った。


「救援を出す。編成は十八名。私が出る」


「六日ですよ」


 ユーリ様が言った。


「往復で十二日。滞在を入れれば、二十日近く城を空けます」


「承知している」


「北はどうします」


「ダールに任せる」


 その人は、それだけ言った。

 言い方に、迷いがなかった。決めたことを言っているだけの言い方だった。

 私は、地図を見ていた。


 丸が一つ。ロヴィエ。その周りに何もない。線も、他の丸も。


「あの」


 私は、口を開けた。

 全員がこちらを見た。


「その村、人が何人いますか」


 書類を抱えた男の人が、紙をめくった。


「百四十二名です」


「子どもは」


 その人が、また紙をめくった。

 めくって、少し止まった。


「──四十一名」


 私は、その数を置いた。

 百四十二人のうち、四十一人。三人に一人近い。


「多いですね」


「辺境は多うございます」


 その人は、そう言った。


「壁の内側より、多い。子を多く産みます」


「なんでですか」


「減るからです」


 言われて、私は黙った。

 部屋の中の誰も、その言葉を訂正しなかった。


「ミオリ」


 王妃陛下の声だった。


「はい」


「あなたを呼んだ理由を言います」


「はい」


「形が変わったら伝えると、私は言いました。──それだけです」


 私は、少し待った。

 待って、それだけだと分かった。


「あの」


「はい」


「私は」


「あなたは行きません」


 言い切られた。

 部屋の中が、少し静かになった。


「ミオリ。あなたは歌えません」


「はい」


「六日の行程です。往復十二日。あなたの体で、それは無理です」


「あの」


「無理だと言ったのは、私ではありません」


 その人は、団長さんのほうを見た。

 団長さんは、こちらを見ていなかった。地図を見ていた。


「アッシュフォード殿が、名簿から外しました。塔も同じ見解です」


 私は、シリルさんを見た。

 その人は、蝋板を閉じていた。


「ヴァレンス殿」


「はい」


「理由を」


「体力です」


 シリルさんが言った。


「ナナセ殿は、去年の遠征で六回転んでいます。往路で二回、復路で四回。往復三日でその数です。──六日の行程では、隊の速度が落ちます」


「はい」


「加えて、歌えません。連れていく理由が、現時点でありません」


 平らな言い方だった。

 平らなのに、その人は私のほうを見なかった。


「以上です」


 王妃陛下が言った。


「伝えました。──下がってよろしい」


 私は、椅子から立った。

 立って、頭を下げた。下げてから、地図をもう一度見た。

 丸が一つ。周りに何もない。


 部屋を出た。


 扉が閉まる音がした。閉まってから、中で誰かが喋りはじめた。何を言っているのかは聞こえなかった。


 廊下に立っていた。

 立って、しばらく動かなかった。


 四十一人。


 その数だけが、頭の中に残っていた。

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