第五節
当番に入って、十日ほど経った。
その日、子どもが一人足りなくなった。
夕方だった。迎えが来はじめて、順番に帰っていく。半分ほど減ったところで、ハンナさんが立ち上がった。
「エミルは」
誰も答えなかった。
ハンナさんは広場を見渡して、それから井戸の裏へ歩いていった。私も反対側へ回った。
いた。
石段の下の、日陰になっているところ。四つの子が、蹲って寝ていた。
「ここです」
声を出したら、ハンナさんが来た。来て、その子を見て、それから息を吐いた。
「またここか」
「よくやるんですか」
「よくやる」
その人は、寝ている子を抱き上げた。慣れた抱え方だった。
起きなかった。
「あの」
「なんだい」
「ハンナさん、名前で探しましたよね」
「そうだよ」
「頭の数は、数えてないですよね」
その人が、こちらを見た。
「数えてどうすんだい」
「あ、いえ」
私は、少し迷った。
迷って、それから、言うことにした。
「数えると、誰がいないか分かる前に、いないことが分かります」
「──は?」
「あの」
言い方が悪かった。もう一度考えた。
「名前で探すと、誰かがいないことに気づいてから探しますよね。でも、数を先に数えておくと、気づくのが早くなります」
「先に数えとく」
「はい。何人来たか、朝のうちに」
ハンナさんは、子どもを抱いたまま、しばらく黙っていた。
「あんた、それ、毎日やるのかい」
「はい」
「面倒くさいだろ」
「面倒くさいです」
正直に言った。
「でも、園でやってました。二十一人いたので」
「二十一」
「はい」
「毎日かい」
「朝と、昼と、外に出るときと、帰るときです」
ハンナさんが、変な顔をした。
「四回も数えるのかい」
「はい」
「そりゃ、あんた」
その人は、そこで言葉を切った。
切って、抱いている子を見た。それから、広場のほうを見た。
「うちは、十四、五だ」
「はい」
「多い日は、二十いく」
「はい」
その人は、また黙った。
黙ってから、言った。
「一回にしな」
「一回」
「朝だけ。四回は無理だ。当番が替わるんだから、やり方が多いと誰かが落とす」
私は、少し驚いた。
断られたと思った。思ってから、断られていないことに気づいた。
この人は、やる回数を減らして、残した。
「はい」
「それと」
「はい」
「数えるのは、当番の仕事じゃない。あんたが来た日だけやりな。来ない日はやらない」
「あの、それだと」
「それだと、意味ないかい」
「……半分になります」
「半分でいいだろ」
あっさり言われた。
「毎日やらないと駄目なものは、ここじゃ続かない。二十年やって、それだけは分かってる」
私は、頷いた。
頷いて、それから、言った。
「じゃあ、来た日だけ、朝に一回」
「そうしな」
提案して、半分に削られて、それでも残った。
削られたのが、なぜか、少し嬉しかった。
次の当番の日、朝に数えた。
十四人いた。
名前を呼ばずに、頭だけ数えた。呼ぶと時間がかかる。ハンナさんの言う通り、簡単なほうがいい。
数えてから、石を十四個、井戸の縁に並べた。
これは自分で考えた。数を覚えていられないと思ったからだ。
子どもが帰るたびに、石を一つ、下に落とす。落とせば、残りが見える。数え直さなくていい。
「なんだいそれ」
「あの、数を、見えるようにしようと思って」
ハンナさんは、石を見た。見て、それから、ふん、と言った。
その日、子どもが石を触った。
三人が寄ってきて、並んだ石を見て、それから一つ取ろうとした。私が止めた。
「これは触らないやつ」
「なんで」
「これ、みんなの数だから」
「かず?」
四つの子だった。数はまだ分からない。
私は、しゃがんだ。
「今、ここに十四人いるの」
「じゅうよん」
「うん。この石が、一人ずつ」
その子は、石を見た。
見て、指を出した。数えようとして、五で止まった。
「わかんない」
「うん。難しいよね」
「これ、だれ」
その子は、石の一つを指した。
私は、少し考えた。
考えて、答えた。
「どれでもいいよ」
「どれでも」
「うん。全部、みんなだから」
その子は納得しなかった。納得しないまま、自分の石を決めたらしい。いちばん端の、少し欠けたやつを指して、これがぼく、と言った。
夕方、その子が帰るとき、自分で石を落としていった。
私は、それを見ていた。
みんなの数、と言ったのは私だった。
この子は、そこから自分のぶんを一つ取り出した。取り出せるとは思っていなかった。
ハンナさんは、名前で探す。私は、数で数える。
この子がやったのは、たぶん、その両方だった。
夜、部屋で絵を描いた。
四枚目の、泣いたときの待ち方。
砂時計の絵を、そのまま残した。この国に砂時計があるかどうかは、まだ聞いていない。聞きそびれたまま、描いてしまった。
念のため、その下に別のものも描いた。丸を十個並べて、一から十まで。十数えるあいだ、何もしないという絵。
どちらがいいのかは、分からなかった。
五枚目に入った。喧嘩の離し方。
六枚目。手の洗い方。
七枚目に入ったところで、扉が叩かれた。
「みおり様」
イルゼさんだった。手燭を持っている。
机の上を見て、それから、私を見た。
「日が落ちたら、終わりでございます」
「あ」
窓を見た。暗かった。いつからかは分からない。
「すみません」
「謝罪は求めておりません」
その人は、机の端に手燭を置いた。
「当番の日は、日暮れに戻られます。戻られて、夕食を召し上がって、それから描いておられる。──三日続けて、そうです」
数えられていた。
「あの、これは、頼まれてないので」
「存じております」
「だから、その、仕事じゃなくて」
「仕事でないものは、いつやめてもよろしいのですね」
私は、口を閉じた。
閉じて、筆を置いた。
「……はい」
「では、本日はここまでに」
イルゼさんは、そう言った。
言って、それから、少し違うことを言った。
「みおり様。陛下がお呼びでございます」
「今からですか」
「明朝でございます」
「あの、何か」
その人は、手燭を持ち直した。
「わたくしは伺っておりません。ですが」
「はい」
「詰所に、地図が三枚出ておりました」




