↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第二部 序章「うたわない春」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/87

第二節

 十日に一度、城下へ行くようになった。


 きっかけは、去年の終わりだった。広場で、若い母親に寝かしつけの話をした。三つの順番を決めて、毎日同じ時間に横にする。それだけの話だった。

 それが、回ったらしい。


 最初に気づいたのは、二度目に行ったときだった。預かり場の前を通ったら、知らない人に呼び止められた。


「あの、城の方ですよね」


「はい」


「うちの子のこと、聞いてもいいですか」


 その日は、それで終わった。


 三度目には、三人待っていた。


 四度目の今日は、四人目が来ている。


 広場の石段に座って、順番に聞いた。


 一人目は、離乳のことだった。上の子はすんなりいったのに、下の子が受けつけない。何をやっても口を開けない。


「食べさせるのを、一回やめてみるのはどうですか」


「やめる?」


「はい。無理に入れると、その時間ごと嫌になるので」


 私は、そう答えた。


 去年、園でやったことだった。牛乳を飲ませようとして三十分かけて、その子は給食の時間そのものを嫌いになりかけた。


 もう二度とやらない。


「じゃあ、痩せてもいいってことですか」


「あの、そうじゃなくて」


 私は、少し考えた。


「三日か四日、こっちが構えるのをやめると、向こうが勝手に手を出すことがあります。──絶対じゃないですけど」


 その人は、納得しない顔をした。

 納得しないまま、礼を言って帰っていった。


 二人目は、夜泣きだった。

 三人目は、上の子が下の子を叩くという話だった。これは、私も何度も見ている。


「上の子と、二人だけの時間を作れますか」


「二人だけ」


「はい。短くていいです。下の子が寝てるあいだの、ほんの少しで」


「そんな時間、ないですよ」


 その人は笑った。

 笑い方に、責める感じはなかった。ただ、事実を言っていた。


 私は、そこで止まった。


 止まってから、言い直した。


「じゃあ、二人だけじゃなくてもいいです」


「え」


「下の子を抱いたままでいいので、上の子の名前を、一日に何回か呼んでください。用がなくても」


「用がなくても」


「はい。何かを言いつけるときじゃなくて、ただ呼ぶだけ」


 その人は、少し黙った。


「……それ、意味あるんですか」


「分からないです」


 私は、正直に言った。


「でも、園では効きました。効いた子と、効かなかった子がいます」


 その人は、それを聞いて、なぜか少し笑った。


「正直な人ですね」


「すみません」


「いえ。──やってみます」


 四人目は、私が知っている人だった。

 去年の若い母親だった。あのとき、寝かしつけを聞いていった人。


「みおりさん」


 名前を呼ばれて、私は少し驚いた。

 さん、と呼ばれたのは初めてだった。城では、みおり様か、ミオリか、ナナセ殿だった。


「あの、名前」


「あ、すみません。勝手に」


「いえ、あの、嬉しいです」


 言ってから、変な返事だと思った。

 その人は、赤ん坊を抱いていた。去年より大きくなっている。首がしっかりしていた。


「寝るようになりました。三つの順番、続けてます」


「よかったです」


「それで、あの」


 その人は、少し言いにくそうにした。


「歌、歌ってもらえませんか」


 私は、口を閉じた。


「うちの子に、じゃなくて。──ここに来てる人たちに」


「あの」


「みおりさんの歌、効くって聞いて。城の騎士の人が、それで助かったって」


 噂は、そこまで回っていた。

 私は、少し考えて、それから言った。


「歌えないんです」


「え」


「喉を痛めていて。今、歌が出ないんです」


 その人の顔が、変わった。


「あ、すみません。私、知らなくて」


「いえ」


「治るんですか」


「分からないです」


 これも、正直に言った。


 言ったあとで、少し重い空気になった。私は、それを何とかしたかった。何とかしたいと思うのが、たぶん、私の悪い癖だった。


 だから、紙を出した。

 いつも持っている。書くものも一緒に。


「あの、代わりというか」


「はい」


「歌がなくても、寝ます」


 その人が、私を見た。


「うちの子が寝てるのは、歌のおかげじゃないです。順番を決めたからです。──それは、私がいなくてもできます」


 紙に書いた。

 三つの順番。時間の決め方。暗くすること。

 書きながら、途中で手が止まった。


「あの、これ」


「はい」


「読めますか」


 その人は、紙を覗き込んだ。

 覗き込んで、少し困った顔をした。


「……名前は読めます。あとは、ちょっと」


 私は、紙を裏返した。

 裏に、絵を描いた。

 顔を拭いている絵。着替えの絵。それから、横になっている絵。三つ並べて、あいだに矢印を引いた。


「これなら」


「あ、分かります」


 その人は、笑った。


「これ、うちの人にも見せられます。あの人も読めないので」


 私は、少し驚いた。

 驚いてから、驚いた自分に気づいた。


 読める人のほうが少ないのかもしれない。私は城の中しか知らない。城の中には、読める人しかいなかった。


「あの」


「はい」


「同じの、何枚か描いてもいいですか」


「え」


「他の人にも、いるかと思って」


 その人は、頷いた。


「みおりさん、たすかります。ほんとに」


「……いえ」


 言ってから、いつもの言い方だと思った。


 いえ、そんな。


 去年、王妃陛下に言われた。それは断りの言葉です、と。


 分かっている。分かっているのに、口から先に出る。

 言い直そうとして、言い直せなかった。


 その人は気にしていない様子で、赤ん坊を抱え直して、帰っていった。


 私は、石段に座ったまま、紙を見ていた。

 絵のほうが、伝わった。


 字を覚えたのは、去年の一年だった。ティアの隣に座って、同じ板に書いて、間違えて、直された。読めるようになったとき、私は嬉しかった。


 嬉しかったのに、今日いちばん役に立ったのは、絵だった。


 日が傾いてきた。


 預かり場では、当番の人が子どもを集めはじめている。数えているのが見えた。声に出して、一人ずつ。


 私は、それを見ていた。

 見ていて、少し落ち着かない気持ちになった。


 私は、あそこにいない。

 外から見て、聞かれたことに答えて、帰る。それだけをしている。


 鐘が鳴った。


 石段から立ち上がって、服をはたいた。


 帰り道で、絵のことを考えた。三つの順番の絵。あれをもう少し分かりやすくするなら、順番に番号をつけたほうがいい。番号なら、字が読めなくても分かる。


 考えながら歩いて、門のところで、自分が笑っているのに気づいた。


 変な顔をしていたと思う。門番の人が、少し不思議そうにこっちを見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。