↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第二部 序章「うたわない春」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/87

第一節

 春になった。


 二度目の春だった。


 去年と同じように、日が延びはじめている。冬のあいだ早かった日没の鐘が、少しずつ遅くなる。城の人たちは何も言わない。当たり前らしい。私は今年も、夕方に驚いている。


 中庭の石の隙間に、また草が出た。


 窓辺の鉢のほうは、葉が十二枚になった。冬に一度、全部落ちた。駄目かと思ったら、春になって戻ってきた。イルゼさんが去年言った通りだった。根が生きていれば戻ります、と。


 ティアが毎朝数えている。


「みおり、じゅうにまい」


「うん、十二枚」


「きのう、じゅういちまい」


「増えたね」


「ふえた」


 毎朝、同じやりとりをしている。


 水は三日に一度。この子が自分でやる。私は横で見ているだけだ。こぼしそうになるのを、去年は手を出して止めていた。今は止めない。こぼしても、拭けばいい。


 そのあと、手遊び歌をやる。

 これも毎朝だった。


「みおり」


「はい」


「ゆびの」


「はい」


 私は指を立てた。


 その子が向かいに座って、同じように立てる。とんとん、と合わせる。私は声を出さない。出すと途中で切れるので、出さないことにしている。


 ティアは口を動かしている。声は出ていない。口の形だけ。

 去年、私が教えた歌だった。この子は音を覚えていて、私が出せないぶんを、口の形で埋める。


 三回やった。


 三回目のあと、ティアが言った。


「もっとはやいの」


「速いの?」


「はやくやる」


 その子は指を速く動かしはじめた。

 私も合わせた。合わせて、途中で追いつかなくなった。指がもつれて、止まった。


「みおり、おそい」


「うん。遅い」


「もっかい」


 もう一回やった。今度は最後までいった。

 ティアが手を叩いた。自分で速くしておいて、自分で喜んでいる。


 朝の支度が終わって、この子が着替えのあいだ、私は窓のところに立っていた。

 鉢を見ていた。

 十二枚の葉が、朝の光に当たっている。


 私は、息を吸った。


 吸って、口を開けた。


「つみき──」


 掠れた。


 二音目で、もう掠れた。

 止まって、もう一度吸った。喉のところに手を当てて、力を抜いて、それからやり直した。


「つみきさん、おやすみ」


 出た。


 出たけれど、音が痩せている。細くて、途中で震える。

 二節目に入った。


「くるまさん、おやすみ」


 三音目で、切れた。

 息だけが出た。


 私は口を閉じて、そのまま少し待った。喉の奥が、砂を噛んだみたいになっている。痛くはない。ただ、通っていない。


 もう一度、吸った。

 吸って、やめた。


 やめたのは、続けても同じだと知っているからだった。ここから先は、何回やっても同じところで切れる。二節目の途中。毎朝そこだった。


 喉が、熱くならなかった。


 これも、毎朝同じだった。

 振り返ったら、扉のところにイルゼさんが立っていた。


 いつからいたのかは分からない。


「みおり様」


「あ、はい」


「殿下のお召し替えが済みました」


「はい」


 その人は、それだけ言って、行きかけた。


 行きかけて、止まった。


 止まって、何か言おうとして、やめた。やめて、扉を閉めた。


 私は、しばらくそこに立っていた。


 声が出なくなったのは、冬だった。あれから、四か月になる。


 最初の一月は、何も出なかった。次の一月で、短い言葉が出るようになった。それから、少しずつ。今は、喋るぶんには困らない。長く話すと掠れるけれど、日常はそれで足りる。


 歌だけが、戻らない。


 医者は「戻る」と言い、癒し手は「傷ではない」と言い、シリルさんは「分からない」と言った。三人とも本当のことを言っている。三人とも、私の役には立たない。


 効いているかどうかも、分からない。


 歌えていないので、確かめようがない。


 城の中では、誰も歌の話をしなくなった。


 最初のころは聞かれた。どうですか、と。何度か「まだです」と答えたら、そのうち、誰も聞かなくなった。気を遣われているのだと思う。


 私は、それに助けられている。

 助けられていることが、ときどき、居心地悪い。


 昼を過ぎて、ティアと外へ出た。


 中庭を横切って、城門のほうへ歩いた。門を通るわけではない。門のところに、この子が見たいものがある。


 馬だった。

 荷を積んだ馬車が、朝と夕に出入りする。ティアはそれを見るのが好きで、最近は毎日ねだられる。

 柵の外から見ていた。

 馬が四頭いた。荷を下ろしている人が三人。石畳に木箱が並んでいく。


「みおり」


「はい」


「あれ、なに」


「箱」


「なかは」


「分からない」


「きく?」


「聞かないよ」


「なんで」


「あの人たち、忙しいから」


 ティアは納得しなかった。納得しないまま、しばらく見ていた。

 見ていて、それから、私の袖を引いた。


「みおり」


「はい」


「うた、いつなおる」


 私は、返事に詰まった。


 この子は、こういうことを直接聞く。去年から変わらない。


「分からない」


「わからないの」


「うん」


「ふうん」


 その子は、それ以上聞かなかった。


 聞かずに、また馬を見た。

 私は、その横に立っていた。


 馬が一頭、首を振った。首につけた鈴が鳴った。小さい音だった。


 その音を、私は聞いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。