第二節
飴は、四十個できた。
ティアが半分を切った。切り方が下手なので、大きさがばらばらになった。大きいのと小さいのが混ざっている袋を、その子は嬉しそうに抱えていた。
「これ、だれの」
「詰所の人たち」
「ぜんぶ?」
「うん」
「わたしの、は?」
「ティア様のは、これ」
別に一つ、いちばん大きいのを取ってあった。
その子が、それを口に入れようとした。
「ティア様」
「なに」
「歩きながらは、なし」
「なんで」
「のどに詰まるから」
ティアは、口を尖らせた。
尖らせて、それから、飴を袋に戻した。戻してから、自分の胸のあたりに手を当てた。
あの日と、同じ場所だった。
覚えているのだと思う。
「すわったら?」
「うん。座ったら食べていいよ」
「じゃあ、はやくいく」
その子は私の手を握って、引っ張った。
道々、指で色々なものを指した。犬。荷車。壁の上の人。
詰所は、扉が開いていた。
中に十人ほどいた。半分は椅子に座って、半分は立って何か言い合っている。私が入ると、一人が気づいて手を上げた。
「お、来た」
「飴だ」
「殿下もいらっしゃる」
ティアが袋を差し出した。
差し出して、それから、引っ込めた。
「ならんで」
「え」
「ならぶの」
その子は、そう言った。
大人が十人、なんとなく並んだ。並び方が雑だったので、ティアが手で直した。直されたほうが素直に直っていた。
一人ずつ配った。
配り終えて、ティアは椅子に座った。座ってから、袋の中の自分のぶんを出して、口に入れた。
ベルさんが最後だった。杖はもう使っていない。歩き方が少し変で、右足を引きずるようにしている。医者は、これ以上は戻らないと言ったらしい。
「ありがとうございます」
その人は、飴を受け取って、包みを開けずに懐に入れた。
「食べないんですか」
「あとで」
「はい」
「──ナナセ殿。今日、走りました」
私は、その人を見た。
「三歩だけです。三歩で足がもつれて、転びました」
「あの」
「今日で、四回転びました」
その人は、そう言って、少し照れくさそうに笑った。
私は、何と言えばいいのか分からなかった。分からないので、聞いた。
「明日も、走りますか」
「走ります」
それだけだった。
壁の札を見た。
二十七枚に戻っていた。
冬に減った二枚のところに、新しい札が二枚掛かっている。木が新しい。名前が書いてある。読めた。
新しく入った人が二人いた。
補充されたのだと、頭では分かる。分かるのに、その二枚を見ていると、うまく飲み込めなかった。
隣の壁は、増えていなかった。
冬から、一枚も。
私は、そこにしばらく立っていた。
「百三十六」
後ろから声がした。
エルナさんだった。
「え」
「あんた、いつも数えてるでしょ。──百三十六。冬から変わってない」
「はい」
「変わってないのが、いちばん言いにくいの」
その人は、壁の前に来て、隣に立った。
「今年に入って、まだ一人も出てない。でも、それを言うと、なんか自慢してるみたいになるから、誰も言わない」
「はい」
「だから私が言う」
その人は、そう言った。
「一人も出てない。三か月」
私は、頷いた。
頷いてから、少し変な感じがした。嬉しいのとは違う。何かを言われて、それを受け取ったときの感じだった。
「あと、これ言っとくね」
「はい」
「壁の外、何も変わってないから」
エルナさんは、壁の札から目を離さずに言った。
「魔獣は減ってない。むしろ北のほうは増えてる。去年より遠くまで出ないと討伐できないし、行程が延びてる。──今年は、たぶん、去年より危ない」
「はい」
「あんたがいても、誰かは死ぬ」
「はい」
「それは分かってて言ってる」
「はい」
その人は、そこで初めてこっちを向いた。
「分かってて、それでもあんたにいてほしい。私はそう思ってる。──ずるいと思うけど」
「ずるくないです」
「ずるいよ」
その人は笑った。
笑って、それから、ティアのほうを見た。
ティアは、詰所の隅で誰かに剣を見せてもらっていた。抜いてはいない。鞘のまま持たされて、重さに驚いている。
「殿下、重いでしょう」
「おもい」
「でしょう」
「エルナのは?」
「私のはもっと重い」
「うそ」
「本当」
その人は、自分の剣を鞘ごと外して、ティアに持たせた。
持たせた瞬間、ティアの腕が下がった。落としかけて、慌てて両手で抱えた。
「おもい!」
「ね」
「これ、まいにち?」
「毎日」
「たいへん」
「大変」
エルナさんが、少し笑った。
私は、それを見ていた。
この子は、たぶん、この重さを覚える。覚えて、それから、この重さを持つ人がいることを知る。
知ってから、どうするのかは、この子が決める。
夕方、城へ戻った。
途中で、団長さんに会った。
中庭を横切ってくるところだった。遠征の割り振りを組んでいたらしい。手に紙を持っている。
「ナナセ殿」
「はい」
「殿下」
「だんちょう」
ティアが手を振った。その人は、少し屈んで、頭に手を置いた。
置いてから、私を見た。
「妹が、また指を動かした」
「え」
「五日前だ。今度は左手だった。──医者は、意味のある動きかどうか分からんと言っている」
「はい」
「私も、分からん」
その人は、そう言った。
「分からんが、動いた。それだけは確かだ」
私は、頷いた。
「明後日、行ってもいいですか」
「歌えるのか」
「歌えないです」
「では、何をしに来る」
その人は、そう聞いた。
責める言い方ではなかった。ただ、本当に聞いていた。
私は、少し考えた。
「爪を、切ろうかと」
「爪」
「あの、いつも切ってあるので。誰かがやってるんだと思って」
「──家の者がやっている」
「はい。だから、たまに私がやってもいいかなって」
その人は、しばらく黙っていた。
黙ってから、紙を持ち直した。
「……頼む」
「はい」
「妹は、爪を切られるのが嫌いだった」
「そうなんですか」
「昔の話だ」
その人は、そこで少し目を伏せた。
「嫌がってくれれば、いいのだがな」
言って、行ってしまった。
私は、その背中を見ていた。
ティアが私の袖を引いた。
「みおり」
「うん」
「だんちょう、ねてる?」
変な質問だった。
「え」
「めのした、くろくない」
私は、思い出そうとした。
さっき見た顔。目の下。
いつからか、あの影を、私は見なくなっていた。




