第二節
南西門は、二重だった。
外側の門扉が開いて、十人が出ていった。出ていったあと、内側の門が閉められた。閂が二本、上と下に。
私は、その内側にいた。
門と門のあいだは、思ったより狭かった。石の壁に挟まれた通路で、幅が荷車二台分くらい。上が空いている。見上げると、細長い空が見えた。
門番が四人。それから、担架が二台と、桶が三つ。
出る前に、ハウゼンさんが十人を並べた。
「名乗れ」
それだけ言った。一人ずつ、私に向かって名前を言った。私は繰り返した。二回間違えて、二回やり直した。
「覚えたか」
「はい」
「では、行く」
理由は言われなかった。聞かなくても分かった。この人は、南の遠征のことをどこかで聞いている。
「ナナセ殿」
残っていた一人が言った。若い。私と同じくらいに見えた。
「ここから先へは出られません」
「はい」
「何があってもです。隊長からそう言われております」
「はい」
「──声は、届きます」
その人は、門扉を指した。
「厚さ半尺の樫ですが、隙間があります。上と、下。それから、閂の穴」
「聞こえますか」
「向こうからは、聞こえます」
私は、門の前に立った。
立って、木に手を当てた。冷たい。表面がざらざらしていて、爪で押すと少しへこむ。
外から、音がした。
金属。走る足。それから、あの声。高くて、途中で割れる。
膝が震えた。
震えるのは、もう驚かなかった。震えたまま歌えることは、前に確かめてある。
私は、木の板を外した。
カン、カン、カン。
三回。
自分の声が、これから聞こえるという合図だった。
息を吸った。
歌った。
つみきさん、おやすみ。くるまさん、おやすみ。
狭い通路の中で、声がよく響いた。壁が近いからだと思う。反響が戻ってきて、自分の声が二重に聞こえた。
外の音が、続いていた。
私は、歌い続けた。
名前を呼ぶところで、十人の名前を呼んだ。
ハウゼンさん、おやすみ。ベルさん、おやすみ。トールさん、おやすみ。
寝かせる歌で、戦っている人の名前を呼んでいた。
変だった。変なのは分かっていた。
それでも、私が持っているのはこれだけだった。
どのくらい歌ったのかは、分からない。
三番まで歌って、また最初から歌った。喉が熱くなって、熱いまま、しばらく続いた。途中で水を飲まされた。門番の人が椀を持ってきて、口元まで持ってきた。飲んで、また歌った。
空の色が、少し変わった。
外から、金属を叩く音がした。二回。
門番が動いた。
「開ける!」
閂が外された。
内側の門が少し開いて、そこから人が入ってきた。二人が一人を担いでいる。
私は歌をやめた。
やめて、そちらを見た。
担がれているのは、若い人だった。左の腿から下が赤い。布が巻いてあるけれど、巻いた上から染みてきている。
担架に乗せられた。
「ベル、聞こえるか」
ハウゼンさんの声だった。この人も戻ってきていた。肩で息をしている。
「隊長」
「返事ができるなら上等だ」
「これ、まずいですか」
「まずくはない」
嘘だと分かった。
私は、そばに行った。行って、膝をついた。
血が石に溜まりはじめている。溜まる速さを、私は見た。園で、頭を切った子を見たことがある。あのときより、ずっと速かった。
「ナナセ殿。下がって」
「あの、押さえます」
「そうじゃない。血が」
「押さえます」
布の上から、両手で押さえた。
温かいものが、手のひらの下でどくどくしていた。押さえた瞬間に、その人が叫んだ。
「ごめんなさい」
「い、や、いいです、押さえて、ください」
その人が、そう言った。
言って、それから、目の焦点が動いた。
動いて、止まった。
止まったのが分かった。
園でも、こういう瞬間を見たことがある。熱を出した子が、急に静かになる瞬間。あれと同じ形だった。
「ベル」
ハウゼンさんが名前を呼んだ。
「ベル。返事をしろ」
返事はなかった。
肩が上下していた。上下しているのに、間隔が伸びていた。
私は、手を押さえたまま、歌った。
考えて歌ったのではなかった。歌うしかなかった。
ベルさん、おやすみ。
言ってしまってから、口が止まった。
止まったのが、自分でも分からなかった。歌詞は決まっている。三年間、一度も変えたことがない。変える理由も、変え方も、私は知らない。
知らないのに、次に出たのは違う音だった。
ベルさん、おきて。
喉が、焼けた。
熱いのではなかった。焼けた。中から炙られているみたいに、痛みが上がってきた。
声が、割れた。
割れたまま続けた。
ベルさん、おきて。おきて。おきて。
旋律になっていなかった。区切りも音の高さも、めちゃくちゃだった。ただ、名前を呼んで、起きて、と言っていた。
手のひらの下の、どくどくが、変わった。
速くなった。
速くなったのが分かって、私は続けた。喉が痛い。息が入らない。それでも、口が動いていた。
ベルさんの肩が、大きく動いた。
息が入った。
入った音がした。汚い、掠れた音だった。
それから、咳をした。何度も咳をして、それから、呻いた。呻き声が出た。
「ベル!」
「──痛ェ」
「上等だ」
ハウゼンさんが、その人の額を叩いた。
叩いてから、こちらを見た。
私は、まだ押さえていた。押さえたまま、口を開けていた。開けているのに、声が出なかった。
出そうとして、息だけが出た。
「ナナセ殿」
誰かが言った。
「ナナセ殿、手を」
誰かが私の手をどけて、代わりに押さえた。私は座り込んだ。座り込んで、自分の喉に手を当てた。
痛い。
触ると、痛かった。
外で、また金属の音がした。今度は三回だった。
「片づいた」
ハウゼンさんが言った。
「門を開けろ。残りを入れる」
入ってきたのは、八人だった。
私は数えた。数えて、担架のベルさんを入れて、九人。
ハウゼンさんを入れて、十人。
全員だった。
誰も、欠けていなかった。
人が動きはじめて、私はその真ん中に座っていた。立とうとして、立てなかった。膝が言うことを聞かない。
誰かが外套をかけてくれた。
私は、喉に手を当てたままだった。
当てた指が、何か変だった。
いつもと、感じが違う。触っている場所は同じなのに、皮膚の張り方が違う気がした。
水を持ってきた門番の人が、私の顔を見て、それから、動きを止めた。
「ナナセ殿」
「はい」
声が出なかった。息だけが出た。
その人は、椀を置いて、腰から何かを外した。
磨いた金属の板だった。手のひらより少し小さい。裏に紐がついている。
「壁の上から合図を出すのに使います」
その人は言った。
「日が出ていれば、これで光を返せますので。──今は、こちらに」
裏返して、磨いたほうをこちらへ向けられた。
映った。
白い顔。乱れた髪。それから、喉。
線が、なかった。
目を近づけた。近づけて、角度を変えた。
鎖骨のところに、ごく薄い影のようなものが残っている。輪郭ではない。色がついているだけ。その先は、何もなかった。
私は、金属の板を持ったまま、しばらく動かなかった。
外で、日が落ちかけていた。
二重の門のあいだの、細長い空が、橙になっている。
誰かが「日没まで四半刻」と言った。誰かが「間に合ったな」と言った。
担架が運ばれていく。桶が動く。血を流すために水が撒かれる。
音は、全部聞こえていた。
聞こえていたけれど、私は板から目を離せなかった。
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