表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第8章「冬の門」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/49

第一節

 その日は、朝から鐘が違った。

 三つではなかった。短いのが何度も鳴った。数えようとして、数えきる前に途切れて、また鳴りはじめた。


 廊下を人が走っていた。城の人が走るのを、私はここへ来て初めて見た。

 部屋を出たところで、イルゼさんに会った。


「みおり様。殿下のお部屋へ」


「あの、これ」


「壁際に、群れが出ております」


「はい」


「一つではございません」


 ティアの部屋には、もう人が集まっていた。

 女官が三人。ティアは寝台の上に座って、私を見て、すぐに手を伸ばしてきた。抱き上げると、しがみついてきた。


「みおり」


「うん」


「かねが、へん」


「うん。変だね」


「こわい」


「うん」


 嘘は言わなかった。


 窓の外を見た。壁の上に人が増えている。等間隔ではなくなっていた。何人かが一箇所に集まって、外を指している。


 半刻ほどして、扉が叩かれた。

 エルナさんだった。装備をつけていた。胴当ての上から外套、脛当て、それから、腰に長いものがもう一本増えている。


「ミオリ」


「はい」


「団長が呼んでる。詰所」


「あの、ティア様が」


「連れてって」


 連れていった。


 中庭を横切るあいだ、ティアは私の首に腕を回していた。石畳に人が出ていて、荷車が並んでいる。桶。布。担架。あの朝と同じものが、あの朝の三倍くらい並んでいた。


 あの朝は、帰ってきた人のために並んでいた。今日は、これから出る人のために並んでいる。

 同じものが、順番だけ逆になっていた。


 詰所の中は、いっぱいだった。

 二十七人が全員いる。それだけではない。見たことのない顔が十人以上いた。別の隊の人たちだと、あとで分かった。


 私が入ると、道が空いた。

 団長さんは机の前に立っていた。地図が広げてある。


「ナナセ殿」


「はい」


「状況を言う」


 その人は、地図の上を指した。


「壁際に群れが三つ。北、東、南西。数は北が最も多く、およそ四十。東が二十前後。南西が十五」


「はい」


「同時だ」


 地図の三箇所に、石が置かれていた。


「三箇所とも門を開けて出る。北に十八、東に十二、南西に十。それぞれ別の隊が出る」


「はい」


「日没までに片づける。夜になれば、向こうが有利になる」


 私は、地図を見ていた。

 三つの石を、順番に見た。


「体は一つだ」


 団長さんが言った。


「あなたは、どこか一つにしか行けん」


 部屋が静かになった。

 誰も、こちらを見ていなかった。見ないようにしているのが分かった。


「あの」


「はい」


「私が選ぶんですか」


「本来は私が決める」


 その人は、地図から手を離した。


「だが、今回は決められん。──三つのうち、どれかを選べば、選ばなかった二つを見捨てることになる。それを私が決めれば、あなたは何も背負わずに済む」


「はい」


「だから、私が決めるべきだ。そう思った」


 その人は、そこで一度、言葉を切った。


「思って、決めきれなかった」


 私は、顔を上げた。

 その人は、こちらを見ていた。目の下が、いつもより濃い。昨日から寝ていないのだと思った。


「私は、北へ行く」


「はい」


「北がいちばん多い。団長として、そこへ行く。──だから、私はあなたに『北へ来い』とは言えん」


「なんでですか」


「言えば、あなたは来るからだ」


 私は、口を閉じた。

 その通りだった。言われたら、行っていた。


「東は、ダールの隊だ。南西は、ハウゼンという男の隊で、あなたは会ったことがない」


 その人は、地図の南西の石を指した。


「南西は、いちばん数が少ない。だが、いちばん人数が少ない。十で十五を相手にする」


「はい」


「以上だ。選んでくれ」


 私は、ティアを抱いたままだった。

 その子は、私の肩に顔を埋めている。話は聞いていないと思う。聞いていても、分からないと思う。

 でも、この場にいる。


 私は、ティアをイルゼさんに渡した。

 渡すときに、その子が声を出した。手が服を掴んでいたので、一本ずつ外した。外しながら、耳のところで言った。


「行ってくる」


「やだ」


「うん。でも、行ってくる」


「かえってくる?」


 私は、答えられなかった。

 答えられないまま、その子の額に自分の額をつけた。園でよくやった。言葉が出ないときの、代わりだった。


 ティアは泣かなかった。

 泣かずに、私の襟を掴んで、少し引いた。


 喉が見えた。


 細い線が、鎖骨のところに戻っている。この一月で、少しずつ濃くなったやつだ。前の半分もない。それでも、ある。


 その子は、それを見た。

 見て、手を離した。


「いってらっしゃい」


 イルゼさんの言い方だった。

 私は、地図の前に戻った。

 三つの石を、もう一度見た。


 北。四十。十八人。

 東。二十。十二人。

 南西。十五。十人。


 数を、頭の中で並べた。並べて、割った。

 一人あたり、北が二・二。東が一・七。南西が一・五。


 南西がいちばん楽に見えた。数字の上では。


 でも、と思った。


 北には団長さんがいる。東にはエルナさんがいる。南西には、私が会ったことのない人たちがいる。

 その差を、いま私は数えていた。

 数えている自分に気づいて、少し気持ちが悪くなった。


「南西に行きます」


 言った。

 自分の声が、部屋によく響いた。


「理由を」


 団長さんが言った。


「いちばん人が少ないので」


「北は四十だ」


「はい。でも、北は十八人います」


「南西は十だ」


「十で十五だと、一人が一・五です。北は一人が二・二だから、北のほうが厳しいのは分かります」


 私は、指を折っていた。


「でも、北は十八人で退がれます。八人減っても十人残る。南西は、三人減ったら七人です。七人で十五は、たぶん、退がるのも難しいです」


 言いながら、自分が何を言っているのか、途中で分からなくなった。

 分からないまま、続けた。


「あと」


「なんだ」


「団長さんとエルナさんのところに行きたいって、さっき思ったので」


 部屋の誰かが、息を吸った。


「思ったから、行かないことにしました」


 団長さんは、しばらく黙っていた。


 黙ってから、地図の上に手を置いた。置いただけで、動かさなかった。


「──それは、私が三年かかって、まだできんことだ」


「え」


「行きたいところへ行くな、というのは、易い。行きたいと思ったことを理由に外す、というのは、そうではない」


 その人は、地図を巻いた。


「ハウゼン」


「はっ」


 部屋の後ろから、男の人が出てきた。四十くらい。背が低くて、肩幅が広い。顎に古い傷がある。


「ナナセ殿を預ける」


「承知」


「──この方は、村から出さん約束で運用してきた。今日は村がない」


「では、門の内に」


 ハウゼンさんが言った。


「南西門は二重です。外の門扉を開けて出ますが、内側の門は閉めたままにできる。その内側に置きます。──扉越しに、声は届きます」


「頼む」


「外へは出しません。何があってもです」


 それだけだった。


 私は、腰に木の板を下げた。ずっと部屋に置いてあったやつだ。紐が少し傷んでいたので、朝のうちに結び直してあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ