↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第7章「声の戻る場所」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/53

第二節

 半月ほどして、王城の広間へ呼ばれた。


 人が多かった。三十人はいる。壁際に立っている人と、椅子に座っている人がいて、座っているほうが偉いのだと分かった。

 中央が空いている。そこに立たされた。


 右の列に、団長さんがいた。シリルさんもいた。左の列に、白い衣が並んでいる。いちばん前に、あの老人がいた。

 ユーリ様は、いちばん奥の席にいた。目が合ったけれど、その人は何も言わなかった。言える場ではないのだと思った。


 誰かが名前を読み上げた。

 私の名前だった。ナナセ・ミオリ。読み上げたのは、白い衣の一人だった。


「大神官猊下より、申し立てがございます」


 老人が、杖をついて前に出た。

 最初に見たときより、少し痩せていた。それでも背筋は同じだった。


「ナナセ・ミオリ殿」


「はい」


「まず、確かめたい。あなたの首の印は、薄れているか」


 息を吸ってから、答えた。


「はい」


「いつからか」


 私は、そこで詰まった。


「……分かりません」


「分からぬ」


「数えていなかったので。気づいたのは、七十日くらい前です」


「その間、あなたは職務を続けたか」


「はい」


「薄れていることを、上に申告したか」


「……していません」


「いつ申告したか」


「五十日ほど前です」


 言葉が、順番に置かれていった。

 嘘はついていない。全部本当だった。本当のことを順番に並べられているだけなのに、並べ終わったときに、私は何か悪いことをした人になっていた。


「以上を踏まえ、申し上げる」


 老人は、こちらに背を向けた。

 広間の人たちのほうを向いて、喋りはじめた。


「印は、生まれつきのものである。生まれて三日のうちに神殿が記し、三度改める。それが我らの証の立て方だ。──この方には、記すべき初めがない」


 誰も何も言わなかった。


「それでも、我らは黙ってきた。この方が王妃陛下の任を受け、王女殿下に仕え、騎士団に同行したことを、我らは止めなかった」


「猊下」


 団長さんが口を開いた。


「止められましたか」


「止めなかったのだ、アッシュフォード殿」


 老人は振り向かなかった。


「止めなかった理由は一つ。印があったからだ。証は立てられずとも、印はあった。あるものを、ないとは言えぬ」


 その人は、そこで杖を持ち替えた。


「では、消えたものは、どうか」


 広間が、静かになった。


「後から現れ、後から消える。──それを我らは何と呼べばよい。証と呼べぬことだけは、はっきりしている」


 私は、下を向いていた。

 下を向いたまま、その人の言っていることを頭の中でなぞっていた。

 なぞって、その通りだと思った。


「猊下」


 団長さんが立ち上がった。


「数の話をさせていただきたい」


「印の話をしている」


「印の話をされる前に、置いておきたいものがあります」


 その人は、手に紙を持っていた。


「昨年、騎士団は二十六名を失いました。私の名で遺族に書いた手紙が、二十六通あります」


 広間が、少し動いた。


「今年、この方が同行しはじめてから、私の隊で死者は出ていません。北の巡回も、南の遠征も」


「アッシュフォード殿」


「もう一つ。この方が同行した遠征で、負傷者は出ました。歩けなくなった者もいます。──その者は生きています」


 団長さんは、紙を下ろした。


「猊下は、証がないと仰る。私は、書ける証を持っていません。誰も死ななかったことを、私は数字にできない。──ですが、書けなかった手紙の数なら、数えられます」


 老人は、しばらく黙っていた。

 それから、こちらを向かずに言った。


「否定はせぬ」


「猊下」


「否定はせぬ、と申した」


 その人は杖を持ち替えた。


「この方の力は本物であろう。私はそう思っている。アッシュフォード殿の言うことも、おそらく正しい」


 私は、顔を上げた。

 顔を上げてしまってから、上げるべきではなかったかもしれないと思った。


「だからこそだ」


 老人が、こちらを向いた。


「この国は今、消えかけている印に命を預けている」


 私は、その言葉を受け取った。

 受け取って、返せなかった。


「印が消えたとき、力が残るかどうかは誰にも分からぬ。分からぬまま、我らは配備を組み、この方を前提に隊を出す。──その日が来て、力が失われていたら、誰が死ぬ」


「猊下。数の話を続けてよろしいですか」


 シリルさんだった。


「ヴァレンス殿か」


「私はこの方の出力を百五十日ほど測定しています。記録は蝋板で四十枚。熱の測定は二十日ごと、出力の記録は毎回取りました。写しを提出できます」


「数は結構」


「では、一つだけ申し上げます。──印が薄れてから、出力は落ちています。ですが、ゼロにはなっていません」


「落ちているのだな」


「落ちています」


「では、いずれゼロになるかもしれぬ」


「分かりません」


 シリルさんが即答した。


「後から現れた例が一つもないので、比較する対象がありません。私は分からないことを分かるとは言いません」


「よろしい。誠実な答えだ」


 老人は頷いた。


「分からぬものに、この国は寄りかかっておる」


 その一言で、広間の空気が変わった。

 椅子に座っていた何人かが、隣の人と何か言い交わした。声は聞こえない。聞こえないけれど、頷いている人が何人かいた。


「申し立ては二つ。一つ、ナナセ・ミオリ殿の職務を、すべて解くこと。二つ、王女殿下の御側から離すこと」


 私は、そこで初めて顔を上げた。


「あの」


 声が出た。

 自分でも驚いた。三十人が一斉にこっちを見た。


「はい」


 老人が言った。


「発言をお認めになりますか」


 私は、頷いた。頷いてから、何を言うか決めていないことに気づいた。

 決めていないまま、口を開いた。


「あの、消えるかもしれないものを当てにするのは、危ないと思います。それは、その通りだと思います」


 誰かが息を吸う音がした。


「でも、あの」


 言葉を探した。探しているあいだ、誰も何も言わなかった。


「消える前に外したら、その間に助かる人は、どうなりますか」


 老人が、こちらを見た。

 見て、口を開いた。

 開いて、閉じた。

 広間が、静かだった。私は自分の心臓の音を聞いていた。


「……その問いには」


 老人が言った。


「答えを持っておらぬ」


「あの、すみません」


「謝るな」


 その人は、杖を床に置き直した。


「謝るような問いではない。──だが、答えられぬからといって、危ういものが危うくなくなるわけでもない」


「はい」


「あなたは、いつまで持つ」


 私は、答えられなかった。

 答えられないことが、答えになっていた。


「そういうことだ」


 老人はそう言って、また広間のほうを向いた。

 勝ってはいなかった。分かっていた。それでも、あの人が一度黙ったことは、たしかにあった。


「では、二つ目について」


 私は、もう一度口を開いた。


「ティア様のことは、別だと思います」


「理由を」


「あの子の世話に、魔法は使ってないので」


 広間が、静かになった。


「ごはんを食べさせて、着替えさせて、遊んで、寝かせてます。──それは、印がなくてもできます」


「あなたの歌は」


「歌は、寝かしつけに使ってます。でも、効かなくなったら、背中を叩けばいいので」


 言いながら、自分でも変なことを言っている気がした。

 変なのに、途中で止められなかった。


「あの、三年やってきたので。その、向こうで」


 言葉が、そこで音になった。

 誰も聞き返さなかった。この場の誰も、私の職業の名前を知らない。


 老人は、しばらく私を見ていた。

 それから、杖を床についた。


「──申し立てのうち、二つ目は取り下げる」


 広間が、少しざわついた。


「猊下」


「王女殿下の御身に関わることに、神殿は口を出さぬ。それは陛下の領分だ」


 その人は、そう言って背を向けた。


「一つ目は、取り下げぬ。次の評定にかける」


 それで、終わりだった。

 人が動きはじめて、私は中央に立ったままだった。

 団長さんが来た。シリルさんも来た。二人とも何か言おうとして、私はそれより先に言ってしまった。


「あの、大神官様の言ってること、正しいです」


 二人が、止まった。


「私も、そう思います」


 思いますけど、と続けようとして、やめた。

 続きは、まだ言葉になっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。