第五節
休むというのは、退屈だった。
十日やって、それだけは分かった。
朝に起きる。ティアの部屋へ行く。昼寝のあいだ、何もしない。何もしないでいるのは難しいので、私は窓のところに椅子を出して、外を見ることにした。
見ていると、いろいろなものが通る。荷車、洗濯物、犬。壁の上を歩く人。
三日目に、荷車が何を運んでいるのかが分かるようになった。五日目には、洗濯物を干す人が二人いて、片方のほうが速いことに気づいた。速いほうは、干す前に一度、布を振る。
どうでもいいことばかりだった。
どうでもいいことを、私はずっと見ていた。
夜は、まだ眠れなかった。
その夜も眠れなくて、私は部屋を出た。
廊下は暗い。灯りが等間隔に置いてあって、そのあいだが暗い。誰にも会わずに階段を降りて、中庭へ出た。
空気が冷たかった。
季節が変わりかけている。来たときは春だったのだから、もう秋なのだと思う。この国の季節の呼び方を、私はまだ習っていない。
中庭の隅に、草が生えていた。
石の隙間から出ている。誰かが植えたのか、勝手に生えたのかは分からない。しゃがんで見た。細い葉が三方に出ていて、先が少し丸い。名前は知らない。
知らないまま、しばらく見ていた。
中庭の端に、灯りが一つあった。
詰所だった。
扉が開いている。中から光が漏れて、石畳に細長い形を作っていた。
近づいた。近づいてから、入っていいのか分からなくなって、扉の前で止まった。
「入れ」
中から声がした。
団長さんは、机にいた。
書きものではなかった。何も広げていない。椅子に座って、机の上で手を組んで、そのままの姿勢でいた。
「あの、すみません。灯りが見えたので」
「構わん。座れ」
私は、いつもの椅子に座った。
机を挟んで、少し離れたところ。前に紙を拾ったときの位置だった。
「眠れんのか」
「はい」
「そうか」
それきり、しばらく何も言わなかった。
窓の外で、風が音を立てていた。詰所の中は静かで、松明が一本だけ燃えていた。燃える音がする。
「団長さんは」
「なんだ」
「眠れてますか」
「今日は寝た」
「ほんとですか」
「二刻ほどな」
二刻。
私が寝ている時間の、三分の一もない。
「あなたに歌ってもらった日から、少し寝られるようになった」
「え」
「毎日ではない。三日に一度くらいだ」
その人は、机の上の手を少し動かした。
「不思議なものでな。歌ってもらったのは一度だけなのに、あの晩のことを思い出すと眠れる」
「あの」
「効いているわけではない。そういう話ではない。──ただ、あれで眠られたという事実が、頭のどこかに残っている」
私は、返事の仕方が分からなかった。
分からないまま、下を向いた。
顔に出ていないといいと思った。
「ナナセ殿」
「はい」
「三年前の話をしてもいいか」
急だった。
私は、頷いた。
「壁が破られた夜、というのが、この城では通る言い方になっている」
「はい」
「正確ではない。魔獣は壁を越えられん。登れんのだ。──あれは、外壁の東側に破損があって、そこから入った」
その人は淡々と喋った。
「破損は、三月前から報告が上がっていた。予算がつかず、修繕が延びていた。私は当時、副団長だった。報告を読んで、順番待ちだと聞いて、そうかと言った」
「はい」
「そうか、と言った……」
二回目のほうが、少し低かった。
「入ったのは、中型が七頭。夜中だ。東の区画は職人の町で、家が密集している。──二十二人死んだ」
二十二。
私は、その数を頭の中に置いた。詰所の壁の、隣のほうの列を思い出した。
「うち、十四人が子どもだ」
松明が、少し爆ぜた。
「騎士は、一人も死んでいない」
「え」
「あの夜、東へ入ったのは私を入れて八人だ。七人は、今も私の隊にいる」
その人は、そこで言葉を切った。
「誰も死ななかった。──我々は、誰も」
私は、何も言えなかった。
「私の家は、東の区画にあった」
その人は、そこで初めて手を解いた。
解いて、机の縁を掴んだ。
「妹がいる」
「はい」
「セシリアという。当時十四だ。──あの晩、近所の子どもを三人、家の中へ入れた。入れて、扉を押さえた」
私は、口の中が乾くのを感じた。
「子どもは無事だった。三人とも生きている。今は十七、十六、十四になる」
「妹さんは」
「生きている」
その人は言った。
「生きているが、目を覚まさない」
風が、また鳴った。
「頭を打った。扉ごと倒されたときに。癒し手が来たのは、明け方だ。──癒しは、新しい傷にしか効かん。夜のうちに閉じるべきものが、朝には閉じなくなっていた」
「はい」
「三年、眠っている。息はしている。食べ物は流し込めば飲む。目は、開くこともある。開いても、何も見ていない」
私は、何を言えばいいのか分からなかった。
分からないので、黙っていた。黙っているのが正しいかどうかも分からなかった。
「私が、あの日に修繕を急がせていれば」
「あの」
「言うな。それは何度も言われた」
その人は、机の縁から手を離した。
「言われて、その通りだと思い、それでも変わらん。──そういうものだ」
松明が短くなっていた。
その人は立ち上がって、新しいのを取ってきた。取り替えて、また座った。座るまでのあいだ、こちらを見なかった。
「ナナセ殿」
「はい」
「なぜ私が眠らんか、分かるか」
「あの」
「寝ると、朝が来る。朝が来ると、また一日、妹は目を覚まさん」
私は、膝の上で手を握った。
「三年、それをやってきた。──あなたが来て、私は一晩寝た。寝て、朝が来て、妹は目を覚まさなかった」
「はい」
「当たり前だ。当たり前なのに、腹が立った」
その人は、そこで少しだけ笑った。
笑ったというより、口の端が動いた。
「自分に、だ」
私は、頷いた。
頷くしかできなかった。
「あの」
「なんだ」
「聞いていいですか」
「ああ」
「妹さんは、歌が好きですか」
その人が、こちらを見た。
まっすぐ見られた。目が合ってから、逸らせなくなった。
長かった。
その人は、しばらく何も言わなかった。それから、机の上に両手を置いた。
「──ナナセ殿」
「はい」
「前に一度、頼みがあると言って、やめた」
「はい。覚えてます」
「あのときは、言うべきではないと思った。あなたは自分の体を数えていない人だったからだ」
「はい」
「今も言うべきではないのかもしれん。あなたは倒れたばかりだ」
その人の手が、机の上で少し動いた。
動いて、止まった。
「それでも、言う」
私は、待った。
「妹に会ってやってくれないか」




