表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/48

第三節

 仕事が、なくなった。


 北の巡回がなくなり、南の遠征がなくなり、塔の検証もなくなった。残ったのはティアの部屋だけだった。

 朝にティアの部屋へ行く。一日一緒にいる。夜、寝かせる。それで終わり。


 三日目には、手が余っていた。


 ティアは昼寝をする。そのあいだ、私は何もすることがない。前はその時間に塔へ行っていた。前、というのがまだ三日前なのに、ずいぶん昔のことに思えた。


 私は、部屋を片付けた。

 指人形を数えて、破れたのを直した。積み木を拭いた。手習いの板の蝋を張り直した。棚の上の埃を取った。


 二日でやることがなくなった。

 厨房へ行った。


「あの、何か手伝えることは」


「みおり様が?」


「はい」


「とんでもございません」


 洗濯場へ行った。同じことを言われた。

 詰所へ行ったら、エルナさんに追い返された。


「何しに来たの」


「あの、飴を」


「作らなくていい」


「でも、みなさん欲しいって」


「あれは冗談。真に受けなくていいの」


 その人は私の肩を掴んで、扉のほうへ向けた。


「作りに来る場所じゃないから、ここ。あんたが来ると、みんな作らせちゃうから」


 部屋に戻った。

 紙を出して、指人形を作った。ティアの分はもうある。作っても渡す相手がいない。作りながら、それが分かっていた。


 夜、眠れなかった。

 目を閉じると、頭の中で予定が動く。明日は何をするか。明後日は。動かして、どこにも予定がないことに行き着いて、それで目が開く。


 その繰り返しを、たぶん、八日か九日やった。

 たぶん、というのが、自分でも嫌だった。


 倒れたのは、中庭だった。

 朝の鐘のあと、ティアの部屋へ行く途中だった。石段を三段上がったところで、音が遠くなった。

 遠くなる、というのが正確だと思う。急に暗くなったのではなくて、周りの音が水の中みたいになって、それから、視界の端が白くなった。


 膝をついた覚えはある。

 そこから先は、覚えていない。


 目が覚めたら、天井だった。

 自分の部屋の天井だった。梁の位置で分かる。窓が明るい。朝なのか昼なのかは分からなかった。


「みおり様」


 イルゼさんの声がした。

 顔を横に向けた。首が重い。


「あの」


「お待ちください。今、水を」


 起き上がろうとしたら、肩を押さえられた。強くはなかった。強くなかったのに、動けなかった。

 水を飲んだ。飲んでから、聞いた。


「私、どのくらい」


「昨日の朝から、丸一日でございます」


「一日」


「はい」


「ティア様は」


「殿下は、今朝からずっと扉の外においででした。先ほど、陛下がお連れになりました」


 私は、天井を見た。


「あの、行かないと」


「どちらへ」


「ティア様の」


「みおり様」


 イルゼさんが、椀を置いた。


「本日は、お休みくださいませ」


 その言葉が、うまく入ってこなかった。

 休む。

 言葉は分かる。休むというのは、仕事をしないことだ。仕事をしないと、何をするのかが分からない。

 夕方までに、何人か来た。


 エルナさんが最初だった。入ってくるなり、寝台の横に椅子を引いて、どかっと座った。


「ばか」


「はい」


「ばかでしょ」


「はい……」


「返事が早い」


 その人は水差しを勝手に持ち上げて、勝手に注いで、勝手に飲んだ。


「団長が飛んできてさ、あんたの部屋の前で立ち止まって、それでどうしたと思う」


「どうしたんですか」


「入らなかった。医者が中にいるからって、廊下で待ってた。四刻」


「四刻」


「立ったまま」


 私は、それを想像した。


「馬鹿でしょ、あの人も」

 エルナさんは自分の膝を叩いて、それから、少し声を落とした。


「ミオリ。私さ、あんたに言ったよね。働きすぎだって」


「はい」


「あれ、言っただけだった」


「え」


「言って、それで終わりにした。──あんたの予定表、私も見てた。北の割を組んだの、私だし」


「エルナさんは」


「うん」


「エルナさんのせいじゃないです」


「そういうとこ」


 その人が、私を指さした。


「そういうとこだって言ってんの」


 私は、口を閉じた。


 シリルさんは来なかった。代わりに、ヴィムさんが来た。

 蝋板を一枚と、包みを持っていた。


「師から、これを」


 包みを開けたら、飴だった。

 私が作ったものではない。もっときれいな形をしている。城の菓子だった。


「あの、これ」


「甘いものは疲労に効くと、師が。──ご自身では来られません。研究の相手として関わった以上、見舞いは筋が違うと」


「そう、ですか」


「ですが、朝から三度、私に様子を聞かれました」


 ヴィムさんは頭を下げて、帰っていった。


 夜になって、イルゼさんが夕食を運んできた。

 半分残した。残したのが分かったので、次からは最初から半分にしてくださいと言おうとして、やめた。


「イルゼさん」


「はい」


「明日は、行っていいですか」


「どちらへ」


「ティア様の部屋に」


「殿下は、みおり様がお元気になるのをお待ちです」


「だから、明日」


「明日はまだ、です」


「明後日は」


「お体と相談でございます」


 私は、寝台の上で膝を抱えた。

 抱えて、しばらく黙っていた。


「あの」


「はい」


「休むって、何をするんですか」


 イルゼさんが、盆を持つ手を止めた。


「何も、なさらないことでございます」


「何も」


「はい」


「一日中ですか」


「一日中でございます」


 私は、それを頭の中でやってみた。

 朝起きて、何もしない。昼になって、何もしない。夜になって、寝る。

 できなかった。


 想像の中で、私は途中で必ず何かをしていた。紙を切っているか、部屋を片付けているか、誰かのところへ行こうとしているか。


「イルゼさん」


「はい」


「休んだら、私は何ですか」


 言ってから、変な質問だと思った。

 思ったけれど、取り消せなかった。

 イルゼさんは、盆を机に置いた。置いて、こちらを向いた。


「みおり様は、みおり様でございます」


「あの、そうじゃなくて」


「はい」


「私、何もしてないと、ここにいる理由がないので」


 その人は、何も言わなかった。

 言わずに、寝台の横まで来て、掛布の端を直した。それだけをした。


「あの」


「はい」


「変なこと言いました。すみません」


「いえ」


「今のは、忘れてください」


「忘れません」


 はっきりした声だった。

 それだけ言って、その人は手燭を持って、部屋を出ていった。


 私は、しばらく天井を見ていた。

 喉に手を当てた。線は、まだあった。薄いけれど、ある。

 あるうちは、大丈夫だ

 そう思ってから、いま自分が何を考えたのかに、少し遅れて気づいた。

 あるうちは大丈夫、というのは、なくなったら駄目だということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ