第四節
ティアが、指人形を隠した。
朝、部屋へ行ったら、箱が空だった。うさぎも、ねこも、いぬも、名前のない生き物も、全部ない。
「ティア様、これ」
「しらない」
「昨日はあったよね」
「しらない」
嘘が下手だった。目が箱のほうを見ている。
寝台の下だった。全部まとめて、奥のほうへ押し込んである。埃がついていた。
出して並べたら、ティアが来て、また持っていった。今度は自分の膝の上に抱えた。
「かえさない」
「うん」
「みおりの、じゃない」
「そうだね。ティア様が作ったのもあるもんね」
「ぜんぶ、わたしの!」
ぜんぶ、と言った。
うさぎは私が作った。それも含めて、ぜんぶ、と言っている。
私は座って、待った。子どもが何かを抱え込んでいるとき、取り上げてはいけない。取り上げると、次はもっと奥に隠す。
半刻ほど、そうしていた。
ティアは膝に人形を抱えたまま、私を見なかった。時々、こっちを見て、目が合うと逸らす。逸らしてから、また見る。
昼になって、イルゼさんが呼びに来た。
「殿下、お食事でございます」
ティアは立ち上がって、人形を全部持って出ていった。
私は、そこに残された。
残されて、その日は塔へ行った。
塔では、歌った。
シリルさんが書いた。書きながら、二度、顔を上げた。
「今日は形が乱れています」
「すみません」
「謝罪は求めていません。原因を聞いています」
「あの、寝不足かもしれないです」
「かもしれない、ではなく」
「寝不足です……」
「では、そう書きます」
その人は書いた。
書き終わって、蝋板を閉じて、私を見た。
「ナナセ殿。あなたは今、何日連続で働いていますか」
私は考えた。
考えて、数えられなかった。
「……分からないです」
「二十一日です」
その人は別の蝋板を出した。
「私が記録していますので。二十一日連続で、いずれかの職務に就いています」
「そんなに」
「そんなにです」
その人は蝋板を戻した。
「明日は来ないでください」
「え」
「検証は五日に一度と決めました。私が呼んだ日以外に来られると、記録が歪みます」
「あの、でも」
「来ないでください」
二回言われた。
私は頷いた。頷いてから、明日は北の巡回だったことを思い出した。
思い出したけれど、言わなかった。
北の巡回から戻ったのは、日が落ちる直前だった。
門の閂が下ろされる音を、背中で聞いた。走った。中庭を横切って、階段を上がって、廊下を曲がって、ティアの部屋の前まで来た。
息が上がっていた。
扉の前で、一度止まった。
髪を直した。乱れているのが分かったので、手櫛で直して、それから、服の前を軽く払った。
それから、扉を開けた。
部屋は暗かった。
寝台の横に燭台が一つ。ティアは、もう横になっていた。
「あ」
イルゼさんが振り返った。
「みおり様」
「すみません、遅くなって」
「いえ」
私は寝台に近づいた。
ティアは目を閉じていた。息が深い。眠っている子の背中だった。
「今日、歌う約束をしてたので」
「伺っております」
「起こしたら」
「お眠りになったのは、つい先ほどでございます」
私は、手を止めた。
寝台の縁に手をかけたまま、しばらく動かなかった。
「……そうですか」
「みおり様」
「はい」
「大丈夫ですよ、全然」
その言い方に、聞き覚えがあった。
どこで聞いたのか、すぐには出てこなかった。出てこないまま、私は「すみません」ともう一度言った。
イルゼさんは何も言わずに、燭台を持ち上げた。
部屋を出るとき、扉のところで振り返った。
ティアの手が、掛布の上に出ていた。何か握っている。暗くてよく見えなかったので、近づいた。
うさぎだった。
私が最初に作った、耳の長いやつ。何度も直したので、糊のあとが黒くなっている。
ティアはそれを握って眠っていた。
私は、それを見ていた。
見ていて、それから、部屋を出た。
自分の部屋に戻って、机に向かった。
紙を出した。あの、五十枚買ったやつだ。給金で買った。エルナさんに笑われたけれど、結局これがいちばん使っている。
新しい指人形を作った。
ティアが持っていったのと同じ形のを、もう一つ。破れたときの予備、ということにした。
切って、折って、輪にする。手が慣れているので、考えなくてもできる。
三つ作ったところで、扉が叩かれた。
「みおり様」
イルゼさんだった。手燭を持っている。
私は、机の上を隠さなかった。隠しても仕方がない。
「日が落ちたら、終わりでございます」
「はい」
「以前も、申し上げました」
「はい……」
その人は入ってきて、机の横に立った。切りかけの紙を見て、それから、私を見た。
「みおり様。お聞きしてよろしいですか」
「はい」
「これは、どなたのためでございますか」
私は、手を止めた。
「……ティア様の」
「殿下は、今お眠りです」
その人は少しさえぎるように言った。
「はい」
「起きたときに、これがあれば、殿下はお喜びになりますか?」
考えた。
考えて、答えが出なかった。
喜ぶかもしれない。喜ばないかもしれない。ティアが欲しいのは指人形ではない気がした。気がしたけれど、他に作れるものがなかった。
「……分からないです」
「わたくしには、分かりかねます」
イルゼさんは、手燭を机に置いた。
「ですが、これを作っているあいだ、みおり様は殿下のそばにおられません」
私は、何も言えなかった。
「お休みくださいませ」
その人は出ていった。
私は、切りかけの紙を見ていた。
しばらくして、机の引き出しを開けた。紙の束の一番下に、あの配備の表が入っている。
出して、広げた。
数字だけを読む。六。四。三。塔が、月に六日。
合計で十六。
残りが十四日。十四日のうち、何日ティアの部屋にいられたのかを、私は数えようとした。
数えられなかった。
覚えていなかった。
園にいたころ、私は毎日ノートをつけていた。誰が何をして、何を食べて、どんな顔をしていたか。二十一人分。一人も抜かさなかった。
いまは、一人分も書いていない。
書くほどのことが、起きていないからだと思った。
私は表を畳んで、引き出しに戻した。
それから、切りかけの紙も引き出しに入れた。
入れて、閉めた。
灯りを消して、寝台に入った。
目を閉じても、しばらく眠れなかった。
喉のところが、少し痛かった。




