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限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
第4章「数えられない功績」

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第四節

 南の村は、思っていたより小さかった。


 壁はあった。城のものより低くて、上を歩ける幅がない。門は木で、閂を落とすだけの造りだった。それでも門番が二人いて、日が落ちる前に閉めていた。


 家が四十くらい。井戸が一つ。広場も一つ。

 広場に、子どもがいた。

 九人。上が十歳くらいで、下が三つか四つ。大人は一人。膝の悪い男の人で、座ったまま子どもを見ていた。


 私は隊が出ていったあと、そこにいることになった。


 村の中にいろ、と言われていた。宿に一人でいるのも落ち着かなくて、広場の端に立っていた。立っていたら、上の子が近づいてきた。


「城の人?」


「あ、はい。じゃなくて、あの、城にいる人です」


「同じじゃん」


「同じですね」


 その子は私の腕の赤い布を見て、それから、腰の木の板を見た。


「それ何」


「鳴らすと、みんなが集まるやつです」


「鳴らして」


「今は駄目です」


「なんで」


「今、鳴らすと、意味が変わっちゃうので」


 その子は納得しなかった。納得しないまま、他の子を呼んできた。


 夕方までに、私は九人全員と喋っていた。

 喋ったといっても、半分は聞き取れなかった。村の子の言葉は、城の人よりずっと早くて、語尾が違う。何度も聞き返して、そのたびに笑われた。


 笑われるのは、平気だった。


 三日目に、雨が降った。


 子どもたちが小屋に押し込まれて、私も一緒に入った。屋根を打つ音がうるさくて、みんな喋るのをやめて、天井を見ていた。


 小さい子が一人、泣きはじめた。


 膝の悪い男の人が動こうとしたので、私が先に行った。

 抱き上げて、揺らした。歌った。声を出したのは、遠征に出てから初めてだった。


 泣き声が、しゃくり上げに変わった。それも間が空いて、二番の途中で息が深くなった。

 顔を上げたら、八人がこっちを見ていた。


「もっかい」


「今の、なに」


「うたって」


 結局、雨が上がるまで歌っていた。


 膝の悪い男の人が、途中で目を閉じていた。


 隊が戻ってきたのは、五日目の昼だった。

 門が開いて、順番に入ってくる。


 私は数えた。

 一、二、三——

 二十七。


 最後の一人が門をくぐって、閂が下ろされた。私はもう一度数えた。同じだった。

 シェンナさんは担架だった。足に布が厚く巻いてある。村の医者が来て、それを開けて、少し顔をしかめた。


「膿んではおらん。だが歩けるまで、ひと月」


「ひと月」


「歩けるまでだ。走れるまでとは言っておらん」


「城へ運べば、癒し手はおらんのか」


 エルナさんが聞いた。


「おるだろうな。順番待ちだが」


 医者は布を巻き直しながら言った。


「わしのは、傷が閉じるのが遅いだけで、閉じることは閉じる。──あとは、運ぶまでにこじらせんことだ」


 その人は担架の上で、天井を見ていた。


 私はそばに行って、飴を渡した。


 袋は、軽くなっていた。出るときには膨らんでいて、いま底のほうに寄っている。誰がいくつ食べたのかは知らない。数えなかった。


「これ、あの」


「ああ、あんたか」


 その人は飴を受け取って、包みの葉を開いて、口に入れた。


「甘いな」


「はい」


「甘いのは、いい」


 それだけだった。


 帰りの道は、往路より静かだった。

 誰も襲ってこなかった。私は四回転んだ。往路より増えていた。

 城の門が見えたとき、隊列の前のほうで誰かが声を上げた。何を言ったのかは聞こえなかった。ただ、そこから足が速くなった。


 門をくぐると、人が待っていた。

 厨房の人、洗濯の人、鍛冶場の人。誰かが誰かの名前を呼んで、呼ばれたほうが手を上げる。それだけの繰り返しだった。


 抱き合う人はいなかった。


 その代わり、みんなが数えていた。


 門のところに立っていた人たちが、全員、入ってくる人数を数えていた。数え終わって、それから、やっと喋りはじめた。


 三日後、詰所に呼ばれた。

 団長さんが机にいた。紙を数枚、束ねている。それを私の前に置いた。


「報告書だ」


「はい」


「読めるか」


 私は、少し驚いた。


「……すみません」


「ダールから聞いている。構わん。読み上げる者を呼ぶ」


 そのエルナさんが呼ばれてきた。何の話か聞かされていない顔で入ってきて、紙を渡されて、読みはじめた。


「日付、隊の編成、経路、村の状況──っと。遭遇、一件。中型、群れ。討伐数、四。負傷、一。死者、なし」


 そこで止まった。


「死者、なし」


 もう一度言った。


「以上です」


 エルナさんが紙をめくった。次の紙もめくった。三枚目もめくって、それから、最初に戻した。


「団長」


「なんだ」


「ミオリの名前、どこですか」


 団長さんは、答えなかった。


「同行者の欄、ないんですか」


「ある。隊員の名簿だ。ナナセ殿は隊員ではない」


「じゃあどこに書くんですか」


「書く欄がない」


 エルナさんが紙を机に置いた。置き方が、少し強かった。


「作ればいいじゃないですか!」


「作った」


「え」


「書式を変える申請を出した。三日前だ」


 エルナさんが、止まった。

 三日前は、隊が帰ってきた日だった。

 その人は、机の引き出しから別の紙を出した。


「戻ってきた」


「なんでですか」


「討伐数が変わらんからだ」


「……は?」


「報告書は、討った数を書く用紙だ。討った数が同じなら、書式を変える理由がない。──そう返ってきた」


「死者ゼロですよ!」


「去年の同じ経路で、死者は出ていない」


「それは運が」


 言いかけて、エルナさんが止まった。

 止まったまま、しばらく動かなかった。


「……ダール」


「いえ」


 その人は、机の紙を見ていた。


「去年、うちで六人死んでます」


「知っている」


「六人とも、この経路じゃないです。北と、東と、あと壁際で二人」


「そうだ」


「その六人のとき、ミオリはいませんでした」


 エルナさんが、そこで言葉を切った。

 切ってから、一度、私のほうを見た。見て、すぐに戻した。


「……やめます」


「うむ」


「言うと、あいつらが、いなかったから死んだみたいになる」


 団長さんは、答えなかった。

 紙を束ね直して、角を揃えて、机の端に置いた。


「記載しないことは証明できないのと同義。誰も死ななかったことを、報告できない」


 部屋が静かになった。

 私は、机の上の紙を見ていた。文字が並んでいる。読めない。読めないので、どこに何が書いてあるかも分からない。

 分からないけれど、私の名前がないことは、分かった。


「あの」


 二人がこっちを見た。


「別に、いいです」


 言ってから、これは本当だと思った。


「私、討ってないので。書くことないと思います」


「ミオリ」


「あの、ほんとに、いいんです。行ったのは、私が行きたかったからで」


 エルナさんが、何か言おうとして、やめた。

 やめて、机の紙をもう一度見て、それから部屋を出ていった。扉が閉まる音が大きかった。

 残された私は、どうしていいのか分からずに立っていた。


「ナナセ殿」


「はい」


「あなたが構わなくても、私が気にする」


 団長さんは、こちらを見ていなかった。紙の角を、指で揃え直していた。


「四匹討った。それは書ける。だが、あの日、私の隊は誰も転ばなかった。三日目の朝、足を引きずる者が一人もいなかった。それは記載できない」


「はい」


「書けないものは、なかったことになる」


 その人が、紙を引き出しに入れた。


「私は、それを三年やってきた」


 言い方が、私に向けたものではなかった。

 外に出ると、日が傾いていた。

 中庭を横切って、詰所の壁のところへ行った。


 札が並んでいる。二列。

 右から数えた。


 二十七。


 隣の壁も見た。増えていない。増えていないことを確かめるのに、私は少し時間をかけた。

 増えていないというのは、何も起きなかったということだった。


 何も起きなかったので、誰も何も言わない。

 私は、しばらくそこに立っていた。

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