第四節
紙は、すぐになくなった。
二十枚のうち、十七枚が指人形になった。うさぎ、ねこ、いぬ、それから名前のない生き物が数種類。ティアが毎日ひとつ増やしたがるので、増えた。
残り三枚のうち一枚は、ユーリさんの家だ。それは別にしてある。
新しい紙を頼んだら、次の日には五十枚届いた。頼んだ量の話をしていないのに、五十枚だった。
夕方、ティアを寝かせて部屋に戻る。それからが自分の時間になる。私は机に紙を広げて、明日の分を作った。
指人形の予備。ティアが破いてしまったときのために、同じものを二つ。数を数える遊びに使う丸い札。手を洗うのを嫌がるので、洗ったら貼るための小さい印。
それから、今日の記録。
絵にした。書こうと思えば書ける。書いても、私しか読めない。それなら絵のほうが早い。
朝に何を食べて、何を残して、どこで機嫌が悪くなって、何をしたら直ったか。人の顔を丸で描いて、口の形だけ変える。よく残す食べ物の絵。眠った時間は、窓の外の空の色で描いた。
誰かに渡すものではない。
園でも、連絡帳とは別に、自分用のノートをつけていた。誰も読まないやつ。書いておくと、次に同じことが起きたときに慌てずに済む。
八日目の夜、扉が叩かれた。
「みおり様」
イルゼさんだった。手燭を持っている。
様、と呼ばれるようになったのは、ティアの部屋に移ってからだ。私は今も、さん、と呼んでいる。断られたのに直していない。直そうとして、直せなかった。
「まだ起きておいででしたか」
「はい。すみません、うるさかったですか」
「いえ」
その人は部屋に入ってきて、机の上を見た。丸い札が二十枚並んでいる。切り終わったやつと、切りかけのやつ。
「これは」
「明日のです。ティア様と、数を数えるのに使おうと思って」
「明日の」
「はい」
イルゼさんは、机の端に手燭を置いた。置いてから、少し何かを考えて、それから言った。
「日が落ちたら、終わりでございます」
言われたことは分かった。なぜそれを言われたのかが、分からなかった。
「あの、これ、あと少しなので」
「明日でよろしゅうございます」
「でも、明日は明日の分があるので」
言ってから、自分の言い方が変だったかと思った。イルゼさんの顔は変わらなかった。変わらないまま、机の上の紙を一枚持ち上げて、切り口を見た。
「灯りは油を使います。この城のものですから、お使いいただいて構いません」
「はい」
「ですが、みおり様がお使いになる分、どこかの誰かが使えません」
「……あ」
「それに」
「明日、殿下は朝からお元気です。おそらく、みおり様より」
返す言葉がなかった。
「片付けは、いたします。お休みくださいませ」
私が何か言う前に、手燭を持って出ていった。扉が閉まる音が、いつもより少し大きかった。
机の上に、切りかけの札が残った。
寝台に入って、目を閉じた。閉じたけれど、頭の中で明日の順番を組んでいた。朝ごはんのあとに積み木、飽きたら札、昼のあとに外へ出て、戻ってきて手を洗って──
起き上がった。
月が出ていた。窓が高いので、机のあたりまでは届かない。床に長い四角ができている。
その四角のところに座って、膝の上で切った。
二十枚のうち、六枚が残っていた。三枚目で、鋏がずれた。四枚目で、指を挟んだ。血は出なかったけれど、爪の横が赤くなった。
六枚全部切り終わって、床に並べた。
並べてから、しばらく動かなかった。
園を出るのは、いつも二十一時を過ぎていた。二十時に閉めて、片付けて、書きものをして、明日の準備をする。持って帰る日もあった。持って帰らない日は、持って帰るものがなかった日だ。
早く帰れた日のことを、私は思い出せない。
思い出せないのに、あの職員室の電気の色は覚えている。白くて、少しちらつくやつ。誰かが必ず残っていて、お先に失礼します、と言って出る。言われたほうも、まだ帰らない。
誰も、帰れとは言わなかった。
言われたことが、なかった。
月が動いた分だけ、床の四角が壁のほうへ寄っていた。
次の日の朝、ティアの部屋へ行くと、机の上に札が並べてあった。
二十枚全部。裏返して、角を揃えて。
私が床で切った六枚も、そこに混ざっていた。誰かが拾って、持ってきた。
「みおり」
「はい」
「これ、なに」
「今日、これで遊ぼうと思って」
「あそぶ」
「うん」
ティアが札を掴んで、床にばらまいた。並べたのが一瞬で崩れた。
崩れたところに、イルゼさんが入ってきた。
机を見て、床を見て、それから私の手を見た。私は札を拾おうとして、手を出していた。爪の横が、まだ赤かった。
「みおり様」
「はい」
「油は減っておりませんでした」
何と答えればいいのか分からなかった。
イルゼさんは、それ以上何も言わなかった。ティアの上着を持ち上げて、袖を確かめて、いつも通りに部屋を出ていった。
出ていく前に、一度だけ振り返った。
床の札ではなく、私の指を見ていた。赤くなっているほうを。
その顔が何を言っているのかは、分からなかった。
園長先生に呼ばれたときの感じに、少しだけ似ていた。似ているだけで、たぶん、違う。




