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最後の時詠みは、紅き魔導軍師を守りたい!  作者: 凪砂 いる
第二章 誰かの明日を守るために

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9.迷子の未来

 朝、戦略局に橙色を帯びた光が差し込む。

 いつもと同じようで、今日はなんだか違う空気に、私の背筋が伸びる。


 局長室の前に、淡い茶色の髪が揺れる——ユスティンさんだ。


 「ユスティンさん、また局長(アネル)に怒られますよ」

 「正式採用、おめでとうございます」


 私が微笑むと、局長室の奥から何やら貫くような鋭い視線がする。


 「……アネル、そう睨まなくても」

 「いや、釘を刺しておかねばならん、と思ってな」

 「釘……?」


 私の机には、新しい名札が置かれていた。

 正式な魔導解析官として配属された証を見て、胸の奥があたたかくなる。


(ここが、私の選んだ場所)


 アネルの通信水晶に、赤い光と警報音が響く。


 「警備局からだ。中央魔導都の浮行板乗り場で、幼い子どもが行方不明になったらしい。魔力信号に異常があり、戦略局に救援要請だ」


 私は、すっとアネルの方を見た。


 「——行きます!」


 アネルは一瞬、制止の仕草を見せる。


 「ティルア、正式採用初日だが、現場へ出る必要はない」

 「私の力が、役に立つかもしれません」


 アネルが一拍置いて私に問う。


 「それは、私の命令としてではなく?」

 「ええ、私の意志で」


 アネルは短く「そうか」と頷く。


 「わかった。では、正式な解析官として同行してくれ」

 「……はい!」


 街に降りると、現場は慌ただしく、憔悴しきった女性の姿が見える。彼女が母親だろうか。


 「ヴェラ……! ヴェラ……どこにいるの……?」


 女性の顔は青ざめ、今にも倒れ込みそうな様子だ。


 「……迷子防止用の魔導具は反応している。だが複数の場所で反応があり、特定できない」


 アネルが呟く。


 ——信号が複数個所から出ている。


 魔力の流れを見ると、信号が浮行板の導路に反射している。


 断片が見える。

 青い硝子の天井、銀色の籠、泣きながら膝を抱える子ども、遠くで鳴る鐘、動き始める古い昇降装置。


 「アネル、青い硝子の天井がある場所です。銀色の籠の中にいます」

 「中央魔導都には青い硝子の天井の建物はいくつもある」

 「正午の鐘が、近くで聞こえました」


 アネルがしばし考え込み、告げる。


 「……旧東塔。以前、浮行板の貨物昇降路として使われていた」

 「籠はありますか?」

 「ああ、たしか貨物用に——」


 私たちは、旧東塔の方向へ走る。

 上から、子どものすすり泣く声がかすかに聞こえる。


 塔へ急ぐと、籠の中に小さな女の子が座り込んでいた。

 警備官が大勢で走り寄ると、籠の隅に逃げるよう隠れてしまった。


 「……ここは、私が行きます」


 私はひとりでゆっくりと貨物籠へ近づいた。


 「ヴェラちゃん?」


 彼女は頷き、顔を上げる。


 「お姉ちゃん、迷子なの?」

 「……以前は、私も迷子、だった」

 「いまは?」

 「帰る場所、あるよ」


 そっとヴェラちゃんに手を差し出す。


 「……帰ろう。ヴェラちゃんにも、帰る場所、あるよ。お母さんが探してる」

 「ほんと?」

 「一緒に、帰ろう?」


 彼女が私の手を取ろうとした瞬間、長く使われていない錆びた昇降装置に魔力が流れ込み、籠がギィ……と音を立て動き出す。


 ——数秒後、籠の床が傾いて、落ちる。


 私は、下にいるアネルへ声を上げた。


 「——アネル! 七秒後に床が外れます!」


 アネルが目を閉じ、「《断理(セクト)》!」と唱えた瞬間、昇降装置に流れ込んだ魔力が止まる。

 私は、彼女を抱え、東塔の安全な場所へ飛び移った。


 「……故意に仕組まれたものではない。長く放置された旧式魔導具の誤作動だ」


 戻った私に、アネルが呟く。


 「……ママ!」


 ヴェラちゃんが母親のもとへ走り寄る。

 抱き合うふたりを見て、私も、亡くなった母を思い出す。

 戻れて、よかった。間に合って……本当に、よかった。


 ヴェラちゃんが私のところへ歩み寄る。


 「これ、お礼」

 「私に?」

 「お姉ちゃんも、ちゃんと、帰ってね!」


 彼女から私の手に、星型の菓子が差し出される。


 「うん。……ちゃんと、帰るよ」


 戦略局へ戻ると、ユスティンさんはふざけてアネルに叱られ、いつもの空気に包まれていた。

 時詠みはやはり、消耗する。私はふらつきながら、自分の椅子へ腰を下ろす。


 アネルが、私の机に飲み物を置く。


 「……本日の『偶然』は終了だ」

 「二回目は、正式な業務です」

 「業務であれば、倒れてもよいわけではない」

 「ですが、子どもは無事でした」

 「それと君の身体を消耗させることは、別の問題だ」


 ユスティンさんがひゅう、と口笛を吹き「過保護全開」と呟き、アネルに睨まれる。

 私はそれを、笑いながら見つめ、星型の菓子を机上へ置く。


 夕暮れの光を受け、小さな星は茜色に輝いて見えた。

 奥にいるアネルの瞳は、なぜだか少し揺れている。


 それがなんだか、とてもあたたかい物に思え、微笑みを返す。

 アネルがさらに赤くなったのは、気のせいだろうか。


 私の力で、また、人を助けることができた。

 支給された通信水晶に、アネルからメッセージが届く。


 『帰って、ちゃんと休め』


 この言葉も、『支給品』なのだろうか。


 自分で選んだ机の上に、小さな星がひとつ増えた。

 今日、ひとつの未来を、帰る場所へ送り届けた証だった。


 そして、私が自分で選んだ場所には、今日もアネルがいる。


 それを心地よいと思う理由を、私はまだ知らなかった。

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