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妖魔と呼ばれた最後の時詠みは、紅き魔導軍師に愛され未来を選ぶ  作者: 凪砂 いる
第一章 七秒先の死

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5.偶然は一日二回まで

 翌日、戦略局長室にはなぜか、人だかりができていた。

 お手柄新人解析官として、私は時の人となってしまったらしい。


 「事故が起きる前に、故障を言い当てたんだって」

 「本当に魔力の流れを見ただけなのか?」

 「白銀の髪……やっぱり普通の魔導師ではないんじゃない?」


 ざわつく人々を前にして、私の動きがぎこちなくなる。

 私が一歩動くたびに、人の波がうねる。また一歩動けば、またうねる。


 「彼女は見世物ではない。仕事へ戻れ」


 私の後ろから、人々を追い立てる声がする。アネルだ。

 

 「ほらほらー、始業時間は過ぎてますよー! 皆さんお仕事しましょー!」


 淡い茶色の髪をさらりと揺らしながら、男性が人々を散らしていく。キリっとした雰囲気に、どこかほわほわとした空気をまとった人。

 彼は私とアネルを交互に見て、にやりと笑う。


 「局長、ダメじゃないですか。彼女を守らないと!」


 アネルは一回「コホン」と咳払いをする。


 「——ティルア、紹介しておく。彼はユスティン・クライナート。戦略局の事務官だ」

 「クライナートさん……よろしくお願いします」

 「ユスティンでいいですって!」


 その時、僅かにアネルの視線が鋭くなったのは、気のせいだろうか。


 「それより、報告に来たんです。昨日の第三導路の浮遊板(ボード)事故、最後に整備した若い職員が事故を起こそうとした疑いで——拘束されました」


 一瞬、空気が張り詰める。

 昨日の事故は魔力の途切れが原因だったはず。それがどうして、こんなことに?

 ユスティンさんは話を続けた。


 「——第三導路の整備に使用する魔紋記録が残っていて、状況だけ見れば彼が犯人だと。しかし、彼は自分ではない、と」


 私の脳裏に、若い男性と、黒い制服を着た男性の姿が浮かぶ。

 

 「俺は通常の点検をしただけです。導線には何もありませんでした」

 「記録には、お前が最後に触れたと残っている」

 「でも、本当に……」


 取り調べは、一方的だ。

 まるで、労働奴隷だった頃の、少し前の自分と重なった。

 そして、反論をさせてもらえず、誰にも信じてもらえないまま連行される。


 別の場所で——灰色の外套を着た男性が、黒ずんだ水晶の欠片を、町外れの魔導炉に投げ捨てていた。


 まるで、砦で事故の犯人にされかけた私のようではないか。


 「待ってください。この人が犯人とは限りません」


 思わず私は声を上げた。

 アネルは、すべてを承知した様子で、あえて落ち着いて尋ねる。

 

 「根拠は?」

 「……解析します」


 私たちは、第三導路へ向かった。


 「アネル、通常の魔力の流れとは別に、ごく細い術式の糸が見えます」

 「遅延、反転式……一定時間が経過したあとにだけ魔力を逆流させる術式だ。これを使えるのは、経験がいる」

 「若い彼には使用できない術、ということですか?」

 「術が高度すぎて、若い彼にはまず使えないものだ。しかも、魔紋も彼のものではない。複製されている」


 細い術式の糸には、何か数字のようなものが見える。


 「この術式は、最初から事故が起きる時刻を決めていたように見えます」


 アネルの表情が険しくなる。


 「偶発的な故障ではない。……誰かが意図的に仕組んだということか」


 時限式の魔術。そうであれば説明はつく。


 「はい。おそらく、証拠はまだ残っています」


 そして、第三導路の先、東の廊下に——。


 「アネル、東の転移廊へ。あの男は町外れの廃棄魔導炉へ向かいます」

 「……何が起きる?」


 私は一瞬口をつぐんだ。


 「灰色の外套を着た男性が、証拠を処分します」


 アネルは、問い返さない。


 「……ティルア、そこに案内しろ」


 私たちは、東の廊下の先、町外れの魔導炉に走った。

 魔導炉の中で、灰色の外套を着た誰かが、今にも捨てようとしていた。


 「そこで何をしている! ——《断理(セクト)》!」


 魔導炉の炎が消える。男が驚いて振り返り、深くかぶっていた外套の頭巾が落ちた。

 そして、落ちた水晶片を私は拾い上げた。


 「……お、俺は……何も! 何も知らない!」


 アネルの表情が歪む。

 水晶を見ると、不自然に洗練された何かが見えた。

 男はさらに話を続ける。


 「依頼主の顔も知らないんだ! ただ、下っ端の職員の俺に……これを処分しろと」


 制服を見ると、戦略局の制服でもない。

 アネルが、難しい表情で声を落とす。


 「この水晶……時術の痕跡が残されている。時間を指定して発動する、中央でもほとんど使われない術式だ——司法局に、提出して説明しておく」


 アネルは司法局へ向かい、私は先に戦略局へ戻ることにした。

 戻る途中、何かの視線を感じたが——気のせいだろう。


 戦略局へ戻り、机で一息つく。

 そこへ、ひとりの若い整備官の男性がやってくる。

 時詠みで見えた男性だった。


 「……あなたは」

 「ソルデヴィア解析官、ありがとうございました! ……誰も、信じてくれなかったのに。司法局にブリューム戦略局長が説明してくださり、あなたの解析のおかげだと」

 「私も……同じでしたから」


 整備官の男性は首をかしげる。


 「……え?」


 私は首を振った。


 「……いいえ。あなたが無事で、よかったです」


 整備官の男性が去ってしばらくして、アネルが戻ってきた。


 「整備官の無実は証明された。時間そのものを術式へ組み込める者は、中央にもほとんどいない」

 「ほとんど……?」


 私は、時詠みを二度使った反動で、視界がぐらついた。

 アネルが、私の身体を支え、呟く。


 「本日の『偶然』は、これで二度目だな」

 

 私はわけがわからず、首を傾げる。

 

 「今、決めた。君の『偶然』は一日二回までだ——君の体のために」

 「偶然に、回数制限があるのですか?」


 そして、アネルは飲み物を差し出してきた。


 「これも支給品ですか?」

 「時詠み――いや、解析で消耗した魔力を補うための、職務上必要な栄養だ」


 私の心臓の鼓動が、早まる。

 

 「まだ時詠みとは言っていません」


 アネルの手が止まり、首を振る。


 「……聞かなかったことにしてくれ」


 アネルは私の力が『偶然』ではないことに気がついている。知っていて、知らないふりをしてくれている。

 これが何なのか無理に聞き出そうとしない。それがどこか、心地よかった。


 「ティルア、この封書、いつから——」


 机を見ると、黒い封書が届いていた。戻るときに感じた視線と、同じ感覚が、その封筒から醸し出されている。


 「中央魔導院・時律監察局(じりつかんさつきょく)……」

 「時律……監察局……」


 私は封筒に押された封蝋を見る。

 円環を一本の銀の針が貫く紋章——見覚えがある。


 その紋章を見た瞬間、私の胸の奥が静かに凍りついてゆく。


 雪が降る。炎に包まれた村。

 私を庇う、母の背中。

 そこに落ちていた紋章——。


 私は震える指を握り込んだ。

 なぜ、この印が中央魔導院にあるのだろう。


 「ティルア?」


 アネルの声に、ふっと我に返る。


 「大丈夫です。なんでも、ありません……」

 「手紙の内容は——新人魔導解析官ティルア・ソルデヴィアに、浮行板事故の予測手法について聴取を求める」


 胸がきゅっと縮こまる。

 アネルの手が、ふわりと肩に触れる。


 「時律監察局の聴取には、私も立ち会う——君を、傷つけさせはしない」

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