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最後の時詠みは、紅き魔導軍師を守りたい!  作者: 凪砂 いる
第一章 七秒先の死

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4.彼女の「偶然」

 窓から朝の光が差し込む中、私は目を覚ました。

 けれど、私は一瞬ここがどこだかわからなくなり、バサッと飛び起きた。


 ——仕事に、遅れた?


 しかし、管理者の鞭の音はせず、室内はしんとしており、見回すと木製の机とクローゼットがある。

 居住塔の、私の部屋だった。

 すっかり眠ってしまった私は、扉を開ける。


 『おはよう。朝食をちゃんと食べてから戦略局長室へ来るように。 アネル』


 と書かれた紙に、ふわりと食事保護結界が張られた朝食と、紺色に——金色の刺繍まで施された魔導院の制服が置いてあった。

 

 朝食を机に持っていき、パンをひとくちちぎって食べる。

 ふんわりとしたパンは、結界のおかげか時間が経っても僅かに温かかった。

 スープもいくつかの具材が混ざり、口の中ですぅっと溶けていく。

 そして、ルメルに似た果物。甘酸っぱくて、遠い昔の故郷が頭にふとよぎる。


 ——本当に、朝も食事があった。


 それは、私にとってはアネルの言う通り、もう食べ物を隠さなくてもいいという大きな安心だった。


 食事を食べ終わり、真新しい制服に身を通す。


(……これ、他の人の制服と、ずいぶん違う?)


 制服は紺色だけじゃなく、紫の飾りのようなものが施してあった。加えて金色の糸の刺繍。

 これも支給品だとアネルは真顔で言うのだろうか。

 しかも、私の身体にぴったりだ。


 食器を食堂へ返そうと思い、扉を開けると——待ち構えていたかのようにアネルがいた。


 「……おはよう、ティルア。よく眠れたか?」

 「はい。……朝食と制服、ありがとうございました。制服が他の方と違うようですが、これも支給品ですか?」

 「……当然だ、食堂に行った後、初仕事に入ってもらう」

 「承知……しました」


 なんだか腑に落ちない。

 モヤモヤとしたものを抱え、アネルと並んで食堂へ行く。

 食器を返却すると、アネルが呟く。


 「支給された通信水晶に、食器返却のボタンがある。配膳魔導具が回収してくれる。次からはそれを使え」

 「はぁ……」


 本当に彼の行動の意味がわからない。しかし、心にはあたたかいものが灯る。


 彼と並んで、戦略局長室に行き、机にある大きな板状の水晶と、手元にある少し細長い長方形の水晶を見る。

 これを仕事に使うらしい。昨日、魔導院を見学したときも、皆そうやって仕事をしていた。


 「……で、初仕事だが、中央魔導都で発生している魔力脈の乱れを記録した水晶の解析だ」


 入ってきた男性の職員から「これを……」と小さな水晶が手渡される。

 一見、正常に見える……いや、奥に何かがある、不自然に魔力が途切れているところがある。


 私の脳裏に、ある風景が流れるように映し出される。


 青白い導線が弾ける。

 空中で傾く浮行板。

 投げ出される乗客。

 地上へ落ちていく小さな子ども。


 事故が起きるのは——十四秒後。


 「アネル、いや、局長。第三導路を……今すぐ停止してください」

 「異常値は、基準内だ」


 私は首を振り、立ち上がる。


 「それでも——止めてください!」


 私の声に他の職員も集まってくる。

 そして、互いに顔を見合わせ、訝しげな表情をしていた。


 奥にいたアネルが、何かを察したかのようにすっと立ち上がる。


 アネルが机上の制御水晶へ手を叩きつける。


 「第三導路を緊急停止!」

 

 彼の声と同時に、青白い導線が灰色へ変わった。

 

 水晶を持ってきた男性が慌てた様子でこちらを見る。


 「しかし局長、それには根拠が——」


 アネルはすっと周囲を制止する。


 「彼女が止めろと言った。根拠はそれで充分だ」


 私は第三導路の見える窓まで走っていく。

 浮行板(ボード)に、子どもが乗り込もうとしていた。


 すでに灰色に変わっていた第三導路が、その直後に——破裂した。

 浮行板(ボード)へ乗り込もうとしていた子どもが、驚いた様子で見上げている。


 周囲からざわめく声が聞こえる。


 「新人の解析官の予測が……当たった?」

 「ソルデヴィアさん、なぜわかったの?」


 見えたんです、なんて言えるはずもなく、私はぼうっと立ち尽くしていた。


 静かになった戦略局長室で、アネルの声が落ちる。


 「……どうしてわかった?」

 「魔力の流れが、少し不自然でした」

 「事故が起きる時刻まで?」


 ここでも「見えた」なんて言えるはずもなく、私はしばし黙り込み、絞り出すように答える。


 「……偶然です」


 アネルはそれ以上、追求しようとはしなかった。


 「——では、次からも、君の『偶然』を報告してくれ」


 私は頷いて、席につく。

 ちらりとアネルを見ると、何かに気づいたような表情をしているが、黙って水晶に何かを入力している。

 昔、時詠みの力を使った時、砦の管理者は「それは何だ」としつこく、私の口を割ろうとした。

 一晩中ではすまず、来る日も、来る日も管理者(あいつ)は口を割ろうとさまざまな手段を使った。


 冷たい床。錆びた鎖の匂い。扉の向こうで鳴る鞭の音。

 「何を見た」と、管理者(あいつ)は何度も同じ問いを繰り返した。


 それから私は、アネルに会ったあの日まで——時詠みの力を使わなかった。


 アネルは私の口を割ろうとはしない。聞き出そうとはしない。

 それは、私にとって初めてのことで、張り詰めた糸がふっとほどける感覚だった。


 そして、立ち上がった瞬間、時詠みの力の反動で少しふらついた。

 アネルはさっと私の身体を支え、「大丈夫か?」と尋ねる。


 「大丈夫です。少し疲れただけで」

 「本日の勤務は終わりだ」


 私は慌てて首を振る。

 

 「まだ昼前です」


 そう言うと、アネルが優しい声で返事をする。


 「体調管理も職務の一部だ」

 「……それも支給品ですか?」

 「何がだ」

 「休む時間です」


 彼は一瞬黙って、私を見てふっと微笑んだ。


 「そうだ。受け取れ」


 部屋の中を、穏やかな空気が包んでいた。


 その日のうちに、浮行板の事故を未然に防いだ新人解析官の噂は、中央魔導院中へ広まった。


 ティルア・ソルデヴィア。

 魔力脈の異常を、事故が起きる前に言い当てた少女。


 その名が、戦略局とは別の場所へ届いたことを、私はまだ知らなかった。


 円環を一本の針が貫く紋章のもとで、誰かが私の報告書を開いていたことも。

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