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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第六章 未来を選ぶ者たち

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35.帰還

 北境霜原の雪は、音を抱き込むようにしんとしていた。


 中央魔導都は、その反対だった。

 人の声も、魔導具の音も、毎日何らかの音で溢れている。


 この騒がしい中央での生活に――妙にほっとする私がいた。


 ウィィン、と大きめの自動清掃魔導具が廊下を行ったり来たりしている。この魔導具には、誰がやったのかわからないが、可愛らしい顔が描かれている。

 局長室は、いつもと変わらず私の机があり、窓からは朝の淡く白い光が差し込んでいた。


「おかえりなさい、ティルアさん」


 ユスティンさんが微笑みながら書類を持って入り、「局長、仕事たまってますよ」と言いながらアネルの机にどさりと書類の山を置き、アネルに睨まれている。


「……ただいま、です」


 こんないつもの戦略局が、今日はなぜか愛おしい。

 私は、鞄から布包みを出し、ちらりと焼き型を見る。


「なんすか、それ?」


 ユスティンさんが覗き込む。私は、包みを開く。


「母の、ルメルパイの焼き型です」


 アネルが、水晶板越しにこちらをちらりと見ている。そんなにルメルパイが食べたいのだろうか。


「……ちゃんと作りますから」

「急がなくていい」


 書類の山を指し、ユスティンさんの表情が変わる。


「……で、局長。留守の間に、ちょっと妙な報告がたまってまして」


 アネルの表情が、何かを察したかのように険しくなる。


「中央魔導都のあちこちで、小規模ですが時間異常が発生していて……。時計が数秒止まったり、浮行板の起動が狂ったり。また別のところでは通信水晶の映像が乱れたり、時間が巻き戻されたように同じ動作を繰り返す人がいたり――それぞれは小さな異常っす」


 ユスティンさんがアネルの水晶板に発生地点を打ち込むと、中央魔導都を囲むように点が並んでいた。

 アネルの顔が、さらに険しくなる。


「偶然にしては……整いすぎている」


 私は北境霜原から持ち帰った記録水晶を見て、十年前のエオネ村で使われた術式と、この前の中央広場の術式。そして今回の異常痕を見比べた。


「すべて……似ています。けれど、まったく同じではないです」


 アネルが眉間に手をやる。


「中央広場の術式より、ずっと小さい……試験運用か? それとも……」


 私は異常の発生地点をよく見た。まるで、円環。書きかけの魔法陣のようにも見える。もしかして……と考えると、背筋がぞくりとした。


「全部を、繋ごうとしている?」


 アネルが報告書をめくっていくと、各地から報告が上がっていた。


『通信水晶の時刻同期に異常あり――通信局 エリオ・ファルク』

『黒晶鉱を利用した不審な発注が中央方面に集中――西部鉱山より コンラート・レルシュ』

『警備局にて、不審な時間停止を確認――警備局長 フィン・ヘルツェル』


 すべて、私が中央に来てから関わった人たちだった。その人たちが今回は情報を持って戦略局に協力してくれていた。

 私の心臓がぴょんと跳ねる。

 これまで、私自身が誰かの未来を見る側だった。自分が関わった人たちも、ここで生きて、仕事をして、今ここに情報が集まっている。


「……皆、覚えていてくれたんですね」


 ユスティンさんの口角が、にっと上がる。


「そりゃ覚えてますよ。ティルアさん、あちこちで人助けしてますし」

「私は、仕事をしただけですが」


 アネルも深く頷く。


「ティルアの仕事で、助かった人間がいる」


 その言葉に、私の胸が底から熱くなる。


「それと――」

「はい?」

「北境霜原での調査結果を、魔導院の独立調査へ提出する必要がある」


 私はいそいそと記録水晶をまとめ、運搬用の鞄に入れた。


 中央魔導院・代表室。

 エレナ様は窓を見て立っていた。街の時間異常を観測するように。


「戻りましたね。ブリューム局長、ソルデヴィア解析官」


 私とアネルは並んで頭を下げる。そして、エレナ様は芯のある口調でゆっくり話し始める。


「もう、報告は受けたでしょうが……中央魔導都内でさまざまな時間異常が発生しています」


 アネルが、資料と記録水晶を渡す。


「こちらが、北境霜原のエオネ族に関する資料になります」


 エレナ様は、書庫の記録の写しを見た瞬間、顔の色を失う。


「すべて類似した時術が使われている……? 時災は、人工的に起こされたもの……?」

「ええ、推測ですが……十年前からすべて、繋がっているのではないかと」


 エレナ様は私たちを交互に見る。


「これらの小規模な時間異常は、何らかの大規模時術の前兆と見るべきでしょう。ふたりとも、警戒を怠らず任務に当たりなさい」

「承知いたしました」


 戦略局へ戻り、私は自分の机を見る。

 いつもと変わらない、しかし、水晶板には中央魔導都を囲む異常地点が増えていた。

 窓の方へ歩き、外を見る。

 街の人々は、今日も普通に歩いており、浮行板も飛び交い、パン屋からは焼き立てのパンの香りがする。


 この街にも、明日がある。

 私は、この街の明日を、当たり前の未来を守りたい。


「ティルア」

 

 声のする方を向くと、いつの間にか、アネルが横に来ていた。


「アネル、どう……しましたか?」

「北境から戻ったばかりだ。休んでもいい」


 私は、くすっと笑う。


「休むのも仕事、ですよね?」

「そうだ」


 私は視線を窓の外に戻す。


「休みます。ちゃんと。――でも、この街で何が起きているのかも、知りたいのです」


 バタバタとユスティンさんが入ってくる。


「局長、ティルアさん、大変です! 異常地点が、増えています!」


 私たちは慌ててアネルの水晶板を見る。

 そして、ユスティンさんが時系列順に異常地点を並べ直す。


 点を結んでいくと――アネルの表情が、硬くなる。


「……ティルア」


 私もごくりと息を呑む。

 点は偶然の散らばりではない。

 中央魔導都全体を囲む、巨大な時術陣の外周が描かれている。


「これ……完成していません。今は、まだ」


 アネルの眉間に皺が寄る。


「もし、完成したら?」


 私は時詠みを使おうとしたが、やめた。

 現在の術式を解析するだけで、起こることは予想がつく。


「……街全体が、ひとつの時術に呑み込まれます」

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