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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第五章 雪環の彼方へ

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33.雪環の送り歌

 私たちは、書庫で肩を寄せ合うようにして一夜を過ごした。

 まだ眠るアネルに、私の上着を一枚かけ、書庫を見て回る。

 住民記録に、当時の村民の名前が全て記録してあった。

 『雪環の送り歌』をするには、亡くなった四十四人の名前が必要だ。私は、それをひとりも漏らさず解析帳に書き写した。


 途中で記憶にない人の名前もある。

 この人は、誰だっただろう。

 八歳だった私には、村の四十四人全員の顔を覚えていることなどできなかった。


 胸がぎゅっとなる。

 しかし、名前は残っている。


「……よかった」


 名前があれば、儀式ができる。


 その時、ふわりと私の上着が肩にかけられる。

 振り向くと、アネルが「風邪をひく」と苦笑いして立っていた。

 彼の手には、赤いルメル。


「それは……?」

「昨日、隣村の村長から分けてもらった」


 私は静かに頷いた。


「――『雪環の送り歌』は日暮れから始めます。ここで、寒さをしのぎましょう」


 私が書庫の外へ出ようとすると、背後からアネルの声がする。


「ティルア?」

「儀式の用意を、してきます」


 広場に大きく円を描く。ただし、北の方角を開けて。


 本来は、円の中心には棺を置いていた。

 その代わりに、ひとりひとりの名を、板や石に書き記し、中心へ置く。


 儀式の用意が終わる頃には、ちょうど橙色の光が白銀を染め上げていた。

 書庫から出てきたアネルが、円を見て首を傾げる。


「どうして、ここだけ開けるんだ?」

「死んだ人が、雪の彼方へ還るためです」


 そして、輪の外にアネルを残す。


「アネルは、ここで見ていてください」

「わかった」


 踊り手は、村の女性たちが交代で務めていた。大人の見よう見まねででやってみたけれど、できなかった。私に雪環の送り歌はできるのだろうか。

 私は、輪の中へ進み出る。


 輪の中心、亡き人の名の前で、両手を胸へ重ね、目を閉じる。

 静かに足を踏み出す。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 左足を雪の上へ滑らせ、くるりと身体を翻す。私の銀白の髪と衣が少し遅れて弧を描く。

 片方の手は雪へ。

 もう片方は空へ。

 ひらり、ひらりと腕を開く。


 左足を雪へ滑らせる。

 腕を開く。

 身体を翻す。


 知らないはずの舞を、私は知っていた――身体が、覚えていた。


――ここに生きた時間を受け取り、彼方へ返す。


 反時計回りに身体をくるりと翻し、弧を描く。


「フォルカー・シュレーダー――優しかった。悪戯をすると、いつも叱られた村長さん」


 雪を踏む。

 胸へ手を置く。

 腕をひらり、ひらりと開く。


 その時、雪の中から淡い銀青色の光がひとつ、ぽうっと浮かぶ。


 時詠みで見える未来の光とも違う。

 私にはそれが何なのかわからなかった。

 でも――懐かしかった。


 名前を呼んでいくたびに銀青色の光がひとつ、またひとつと周囲に灯っていく。

 それは、踊る私を、村の皆が囲むような輪を作っているようで――。


 薪を割っている父の姿が見える。


「ラグス・ソルデヴィア――父さん」


 私を守るように、横に銀青色の光が灯る。


 舞を続ける私の双眸に、私とよく似た顔に、髪を一つに束ねた姉が本を持って笑っている姿が見えた。


「ティアナ・ソルデヴィア――お姉ちゃん」


 ぽん、と肩を叩かれたような感覚がし、私の隣にぽうっと銀青色の光が寄り添う。


 雪を踏み舞う私に、雪だるまと笑う幼馴染。


「レーナ。レーナ・エトゥラ――雪だるまを作って、遊んだよね」


 ふわりと飛び跳ねるように銀青色の光が灯る。


 くるりと反時計回りに弧を描く。

 四十三の光がぽうっと円を囲むように灯る。


 雪よ、その名を抱け。

 風よ、帰る魂を運べ。

 冬灯よ、彼方への道を照らせ。


 時は戻らず。

 命は留まらず。


 されど、その名は消えず。


 光は四十三。あとひとつ。


「……母さん」


 光は、現れない。私は、絞り出すように呟く。


「エルナ・ソルデヴィア――母さん」


 震えた声が、雪に消える。

 舞が、止まる。


 私の脳裏に声がする。


「ティルア! 早く! あなただけでも!」


 頬を涙が伝って、止まらなくなる。


「……ごめんなさい」


 雪は、しんしんと降り続ける。


「私だけ、生きて……」


 ぎゅっと目を閉じ、首を振る。


「……違う」


 アネルは、何も言わずに黙って私を見ている。


「母さんは……私に、生きろって言ったんだ」


 四十三の銀青の光が心配そうに揺れる。


「……母さん、私、生きてるよ。ちゃんとご飯を食べて、仕事をして、帰る場所もできた」


 アネルをまっすぐ見る。


「……大切な人も、できました」


 雪の向こうで、アネルの紅い瞳がわずかに揺れた。


「だから――エルナ・ソルデヴィア。母さん」


 その時、ぽうっと目の前に最後の光が浮かぶ。


 四十四の光が、私の目の前に集まる。

 私は舞の向きを変え、今度は時計回りに舞う。


 閉じていた腕を大きく開き、雪を蹴り、くるりと回る。

 四十四の光がそれに合わせるように円を描く。


 そして、静かに北側の開いた部分へ雪を踏み、歩く。


 ――逝く者は、雪の彼方へ。残る者は、明日へ。


「逝くあなたたちは、雪の彼方へ」


 私は目を閉じる。


「残る私は――明日へ」 

 

 歌い終わると、私は、輪を崩し、アネルを見る。


「アネル」

「ああ」

「冬灯を……置いてくれますか」


 アネルが赤いルメルを手に取り、私は彼を輪の開いた場所へ導く。


 彼が雪の上にルメルを置いた瞬間、風が止まり、周囲は音もなく、しんとした。


 ひとつ、またひとつ。


 四十四の銀青色の光が舞うように北の空へと昇っていく。


 最後にひとつの光が私の頬をふわっと撫でるように通り、彼方へと飛んでいく。


「……行ってらっしゃい、みんな」


 光がすべて去った時、また雪がちらほらと降り始めた。

 私は、北の空を見て、立ったまま涙を流していた。


 アネルが、私の隣にふわりと寄り添う。


「……ちゃんと、送れたか?」


 私は、泣きながら力が抜けたように彼に寄る。


「――はい」


 雪が次第に強くなってくる。


「……寂しいです。ずっと……寂しかったんですね、私」


 アネルが私を雪から守るように頭から抱き寄せる。


「……今は、泣いていい」

「はい……でも……帰ってきて……皆を送れて、よかったです」


 儀式でついた足跡を、雪が少しずつ覆っていく。

 それを、ふたりで見ていた。


 雪は、私たちの足跡を少しずつ隠していく。


 それでもいい。

 私は覚えている。


 名前も。

 声も。

 あの村で生きていたことも。


 忘れないことと、留まり続けることは、きっと違う。

 私はもう一度、アネルの手を握った。


 ――そして私は、生きていく。

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