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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第四章 私は白妖ではない

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29.私は白妖ではない

 昼の食堂は、人々の声でざわめいていた。

 私を『白妖の子』と呼ぶ声も、聞こえてくる。

 それでも、私は俯かず、言い返さず、いつもの窓際の席にいた。


 食欲がわかず、スープと、ルメルに似た果物のパイを注文した。

 アネルは、窓の外を見る私を、じっと見ている。

 たぶん、今の私たちに言葉は、いらなかった。

 配膳魔導具が、スープとパイを運んでくる。

 私は、それをちびちびと食していた。


 中央魔導院・大審理室に戻り、席につく。

 まだ、震えがカタカタと止まらない。


 審理官が、公開審理の再開を告げる。


 審理官が、公開審理に先立って集められた追加資料を提示する。

 

「これは、記録から削除されきらずに残っていた《北境時災鎮圧作戦》の付属記録です」


 ヴァルドの瞳が、揺れている。

 記録水晶が、その記録を映し出す。


「鎮圧作戦の表向きの目的は、北境における大規模時災への対処とされています」


 そして、表示をさらに映すと、ヴァルドの瞳が、さらに揺れた。


「しかし、《特異時術資質保持者の確保を最優先とする》。加えて《対象集団が管理移行を拒否した場合、危険事象発生地域として封鎖・鎮圧を許可》と指示が残されています」


 エオネ族ははじめから管理下に置こうとされていたのだ。

 管理されることを拒否したから――村の人々は、鎮圧という名で殺され、名前を消された。


 審理官がヴァルドへ視線を移す。


「セレク局長。この『確保』とは何を意味するのですか?」


 ヴァルドはあくまで静かに答える。


「文字通り、時術保持者の『安全な保護』です」


 保護。

 管理。

 確保。

 全部、本人の意思は抜けている。


 私は、改めて問う。


「エオネ族は、その『保護』を望んだのですか?」


 ヴァルドは一拍置いて答える。


「記録上、管理移行には反対していたようですね」


 私は手を握りしめる。


「では……拒んだから……殺されたのですか?」


 審理室が、重い沈黙に包まれる。

 ヴァルドが口を開く。


「当時の現場判断について、私がここで断定することはできません」


 私の手が、さらに震える。

 そして、さらに記録を提示する。


 《回収対象:時詠み資質保持者》

 《確認数:不明》

 《最終処理:対象区域生存者なし》


 私たちエオネ族は『四十五人の人間』とは見られていなかったのだ。

 奥歯をギリ、と噛みしめる。


 審理官が記録を読み上げる。


「つまり当時『白妖系特異時術保持集団』というのは――」


 私は、途中で立ち上がる。


「……やめてください」

「何を?」


 審理官は戸惑った表情を浮かべる。


「――その『白妖』という呼び名を」


 私の手は、震えていた。


 私の脳裏には、亡くなった両親、姉。

 ルメルの実。

 雪に包まれた村。

 暖炉の光。

 エオネ族として村で生きていた日々が浮かんでいた。

 

「私の母は、ルメルのパイを焼きました」

「父は、冬になると薪を割りました」

「姉がいて、友達がいて……私たちは雪の中で暮らしていました」


 私は、さらに続ける。

 

「私たちは『白妖』と呼ばれるものではありません」


 ヴァルドが、嘲るように言い放つ。


「呼称の問題に、論点を移すおつもりですか? ソルデヴィア解析官」


 私は首を振る。


「いいえ、これは同じ問題です。――人ではなく『白妖』と記録したから――殺しても『鎮圧』と呼べたのではありませんか?」


 震えながら、話を続ける。


「十年前は、私たちを『白妖』と呼び、今は私を『危険対象』と呼ぶ。どちらも何者かを――私たちより先に決めています」


 ヴァルドはふっと息を吐き、嘲る。


「では――あなたは、ご自分を何だとお思いなのです?」


 私は震えるまま、アネルを見る。彼は、ただ静かに私を見守っている。

 信頼や絆という言葉以上に、私たちは繋がっていた。


 私は前を見る。


「私は白妖ではありません」


 ひとつ呼吸をして、続けた。


「最後のエオネ族にして――時詠みの魔導師。ティルア・ソルデヴィアです」


 前にいた、中央魔導院代表のエレナ様がわずかに微笑み、そして告げる。


「ユスティン・クライナート。その名前を記録しなさい」


 ユスティンさんが、記録する。


「――ティルア・ソルデヴィア。エオネ族。……記録しました」


 ユスティンさんが記録した瞬間、水晶が淡く光る。

 そして、私と一瞬目が合い、ほんのりと笑う。

 私の名前は、確かに記録された。


 そして、エレナ様が静かに告げる。


「裁定を下します。現在提出されている証拠によって、ソルデヴィア解析官を危険主体と認定することはできません。よって緊急時術危険指定の停止、および時律監察局への身柄移管要求も停止。さらに中央魔導院において《北境時災鎮圧作戦》について独立調査を開始するものとします」


 ヴァルドは、笑みをたたえ平然としている。

 私は、エレナ様へ丁寧に「ありがとうございます」と礼をする。


 公開審理が終わり、ヴァルドが私のところへ来る。


「お見事でした。ティルア」


 私の顔が引きつるのを感じる。


「……まだ、答えてもらっていません」


 ヴァルドは首を傾げる。


「何をでしょう?」

「なぜ、エオネ族は消されたのですか?」


 ヴァルドが中央審理室の窓に目をやる。


「その答えを知りたいのなら――北へ行くことですね」

「北境霜原、に?」


 彼は去り際に、こう告げた。


「中央に残された記録だけが、すべてではありません」


 アネルの表情が険しくなる。


「……ティルア、どうする?」


 私は、静かに頷く。


「行きたいです」


 戦略局へ戻る頃には、窓から茜色の光が差し込んでいた。

 制服の衣嚢(ポケット)から、魔紋証を取り出す。

 赤い【緊急時術危険指定・暫定】が消えていた。


 私は北の方角の空を見た。


 十年前、私は北から逃げた。

 今度は、自分の足で帰る。

 私の名前を持って。

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