29.私は白妖ではない
昼の食堂は、人々の声でざわめいていた。
私を『白妖の子』と呼ぶ声も、聞こえてくる。
それでも、私は俯かず、言い返さず、いつもの窓際の席にいた。
食欲がわかず、スープと、ルメルに似た果物のパイを注文した。
アネルは、窓の外を見る私を、じっと見ている。
たぶん、今の私たちに言葉は、いらなかった。
配膳魔導具が、スープとパイを運んでくる。
私は、それをちびちびと食していた。
中央魔導院・大審理室に戻り、席につく。
まだ、震えがカタカタと止まらない。
審理官が、公開審理の再開を告げる。
審理官が、公開審理に先立って集められた追加資料を提示する。
「これは、記録から削除されきらずに残っていた《北境時災鎮圧作戦》の付属記録です」
ヴァルドの瞳が、揺れている。
記録水晶が、その記録を映し出す。
「鎮圧作戦の表向きの目的は、北境における大規模時災への対処とされています」
そして、表示をさらに映すと、ヴァルドの瞳が、さらに揺れた。
「しかし、《特異時術資質保持者の確保を最優先とする》。加えて《対象集団が管理移行を拒否した場合、危険事象発生地域として封鎖・鎮圧を許可》と指示が残されています」
エオネ族ははじめから管理下に置こうとされていたのだ。
管理されることを拒否したから――村の人々は、鎮圧という名で殺され、名前を消された。
審理官がヴァルドへ視線を移す。
「セレク局長。この『確保』とは何を意味するのですか?」
ヴァルドはあくまで静かに答える。
「文字通り、時術保持者の『安全な保護』です」
保護。
管理。
確保。
全部、本人の意思は抜けている。
私は、改めて問う。
「エオネ族は、その『保護』を望んだのですか?」
ヴァルドは一拍置いて答える。
「記録上、管理移行には反対していたようですね」
私は手を握りしめる。
「では……拒んだから……殺されたのですか?」
審理室が、重い沈黙に包まれる。
ヴァルドが口を開く。
「当時の現場判断について、私がここで断定することはできません」
私の手が、さらに震える。
そして、さらに記録を提示する。
《回収対象:時詠み資質保持者》
《確認数:不明》
《最終処理:対象区域生存者なし》
私たちエオネ族は『四十五人の人間』とは見られていなかったのだ。
奥歯をギリ、と噛みしめる。
審理官が記録を読み上げる。
「つまり当時『白妖系特異時術保持集団』というのは――」
私は、途中で立ち上がる。
「……やめてください」
「何を?」
審理官は戸惑った表情を浮かべる。
「――その『白妖』という呼び名を」
私の手は、震えていた。
私の脳裏には、亡くなった両親、姉。
ルメルの実。
雪に包まれた村。
暖炉の光。
エオネ族として村で生きていた日々が浮かんでいた。
「私の母は、ルメルのパイを焼きました」
「父は、冬になると薪を割りました」
「姉がいて、友達がいて……私たちは雪の中で暮らしていました」
私は、さらに続ける。
「私たちは『白妖』と呼ばれるものではありません」
ヴァルドが、嘲るように言い放つ。
「呼称の問題に、論点を移すおつもりですか? ソルデヴィア解析官」
私は首を振る。
「いいえ、これは同じ問題です。――人ではなく『白妖』と記録したから――殺しても『鎮圧』と呼べたのではありませんか?」
震えながら、話を続ける。
「十年前は、私たちを『白妖』と呼び、今は私を『危険対象』と呼ぶ。どちらも何者かを――私たちより先に決めています」
ヴァルドはふっと息を吐き、嘲る。
「では――あなたは、ご自分を何だとお思いなのです?」
私は震えるまま、アネルを見る。彼は、ただ静かに私を見守っている。
信頼や絆という言葉以上に、私たちは繋がっていた。
私は前を見る。
「私は白妖ではありません」
ひとつ呼吸をして、続けた。
「最後のエオネ族にして――時詠みの魔導師。ティルア・ソルデヴィアです」
前にいた、中央魔導院代表のエレナ様がわずかに微笑み、そして告げる。
「ユスティン・クライナート。その名前を記録しなさい」
ユスティンさんが、記録する。
「――ティルア・ソルデヴィア。エオネ族。……記録しました」
ユスティンさんが記録した瞬間、水晶が淡く光る。
そして、私と一瞬目が合い、ほんのりと笑う。
私の名前は、確かに記録された。
そして、エレナ様が静かに告げる。
「裁定を下します。現在提出されている証拠によって、ソルデヴィア解析官を危険主体と認定することはできません。よって緊急時術危険指定の停止、および時律監察局への身柄移管要求も停止。さらに中央魔導院において《北境時災鎮圧作戦》について独立調査を開始するものとします」
ヴァルドは、笑みをたたえ平然としている。
私は、エレナ様へ丁寧に「ありがとうございます」と礼をする。
公開審理が終わり、ヴァルドが私のところへ来る。
「お見事でした。ティルア」
私の顔が引きつるのを感じる。
「……まだ、答えてもらっていません」
ヴァルドは首を傾げる。
「何をでしょう?」
「なぜ、エオネ族は消されたのですか?」
ヴァルドが中央審理室の窓に目をやる。
「その答えを知りたいのなら――北へ行くことですね」
「北境霜原、に?」
彼は去り際に、こう告げた。
「中央に残された記録だけが、すべてではありません」
アネルの表情が険しくなる。
「……ティルア、どうする?」
私は、静かに頷く。
「行きたいです」
戦略局へ戻る頃には、窓から茜色の光が差し込んでいた。
制服の衣嚢から、魔紋証を取り出す。
赤い【緊急時術危険指定・暫定】が消えていた。
私は北の方角の空を見た。
十年前、私は北から逃げた。
今度は、自分の足で帰る。
私の名前を持って。




