28.記録される声
それから、私はアネルと、ユスティンさんに協力してもらって、エオネ族に関する記録を集められるだけ集めた。公の場で、明らかにするために。
村は焼かれて、家族も、村の皆も殺された。それだけは事実だ。そして、私は生きている。エオネ族は消えてなどいない。それを、証明する。
中央魔導院・大審理室。
白い石造りの部屋は、天井が高く、魔導灯が冷たく輝いている。中央には証言席があり、周囲には記録用の青い水晶がいくつも浮かんでいて、発言をすべて保存している。
私は、青く輝く記録用水晶を見る。
今日、ここで話したことは、消えない。
少なくとも、誰かひとりの都合だけでは消せない数がある。
出席者は私、そして魔導軍側からは戦略局長のアネル。司法局審理官。警備局からはヘルツェル局長、時律監察局からは――ヴァルド、そしてシュタール。
そして、記録係としてユスティンさんがいる。
後方には各局の関係者や傍聴を許可された魔導院職員が並んでいる。
ガチャリと前方から音がし、見たこともない真紅に、紺碧の装飾を誂えたローブを着た年配の女性に、全員起立してうやうやしく礼をする。
アネルが私に耳打ちをする。
「中央魔導院代表――エレナ・ウィンクラー様だ」
中央魔導院代表。魔導院だけでなく、この魔導国家ネレイアの元首にあたる。これまで見たこともないその女性は、銀髪を後ろで一つにまとめ、凛とした佇まいで静かに前方中央へ立った。
私は、この場所で静かに震えていた。
アネルが、こっそりと声を落とす。
「やめたくなったら、言え」
私は首を振る。
「いいえ、今日は……聞きます」
そして、審理官が声を上げる。
「それでは――合同公開審理を開始いたします」
部屋が、しんと静まる。
審理官が、続ける。
「第一に、魔導軍戦略局ティルア・ソルデヴィア解析官に対する緊急時術危険指定の妥当性」
「第二に、中央広場時間異常事案への関与」
「第三に、時律監察局による一連の執行手続きについて」
審理官が監察局側へ視線をやる。
「まず、時律監察局。セレク監察局長。今回の件について説明を求めます」
ヴァルドは穏やかに答える。
「我々は、ソルデヴィア解析官を犯罪者として扱っているわけではありません。ただ、非常に稀少かつ未解明な時術の保持者として、安全確保を求めています」
彼は余裕の表情を崩さず、話を続ける。
「現場から彼女の登録波形と一致する反応が検出された。……そして、危険指定後にも本人による時術使用が確認されております」
表面的には事実だ。私は机の下で手を握りしめる。
しかし、こちらも解析した事実がある。
私は、手を挙げた。
「審理官。私から発言しても、よろしいでしょうか?」
「ソルデヴィア解析官。発言を許可します」
私は、解析帳を開く。
「まず、波形ですが――一致しているのは、表層だけです」
私は、自らの時詠みの魔力構造と、中央広場の術式を記録水晶を並べる。
「こちらをご覧ください。私の術は、未来から情報を受け取ります。しかし、中央広場の術式は現在を固定し……未来の分岐を減らしていました」
審理官がふたつの構造を見比べる。
「つまり、別系統の時術であると」
「はい。少なくとも、私が使用した時詠みとは構造が違います」
私は、解析帳を片手に、話を続ける。
「さらに――時間異常が起きる前から、監察局系のアクセス権による観測装置が起動していました」
私はヴァルドを見据える。
「セレク局長。なぜですか?」
ヴァルドの表情は崩れない。
「――監察局では、時間異常の兆候を、常時観測しています」
「では、使用者の記録が消されている理由は?」
「機密運用に関する記録は、一定期間後に秘匿処理される場合があります」
私はさらにヴァルドへの視線を強める。
「では、執行命令が危険指定より二十一分早く発行されているのは?」
審理室がざわざわとざわめく。
ヴァルドは、まだ余裕の表情を崩さない。
「緊急事案では、指定申請と執行準備が並行して進められることがあります」
ヘルツェル局長が、声を上げる。
「だが――今回は『準備』じゃない。正式な執行命令が出されていた」
ヴァルドが、わずかに瞳を揺らす。
「……それについては、手続き上の不備があった可能性を、認めましょう――担当部署については、内部調査を行います」
逃げようとしている。根本的なことは話さないつもりだ。
私は、静かに深呼吸をし、解析帳を見る。
「――それでは、十年前の《北境時災鎮圧作戦》について、お尋ねします」
審理室に、ぴんとした糸のような空気が張り詰める。
アネルも、ヘルツェル局長も、ヴァルドを見た。
「……なぜ、災害の発生記録より三日前に、鎮圧作戦が登録されていたのですか?」
ヴァルドから余裕が薄れる。
「――北境では、その数日前から時術異常の予兆が観測されていました。作戦登録は予防措置です」
私の解析帳を持つ手が、震える。
「村では、時術の暴走など……起きていませんでした」
「当時八歳だったあなたが、村全域の時術情報を、把握できていたとでも?」
確かに、すべてはわからないかもしれない。
しかし、私の知る限りでは――あの日まで村は、平和だった。
説明に詰まり、横からアネルが発言しようとするが私は、手で止めた。
「……すべてを見ていたわけではありません。だから、記録を調べています」
私は、あくまで淡々と続ける。
「では、生存者なしという記録について説明してください」
中央に記録水晶が浮かび、情報を映し出す。
【対象区域住民数 四十五名】
【死亡確認 四十五名】
【生存者 なし】
私は、胸に手を当てる。
「私は――生きています」
審理室がまたざわめきに包まれ、ヴァルドは余裕を崩し、少し黙り込む。
「……当時の確認作業に誤りがあったのでしょう」
軽い。あまりに軽すぎる。
家族が、村の人々が、四十四人死んだのに。
そして、生きている私まで消されていたというのに。
それをただの『確認作業の誤り』で済ませるのか。
村の皆の、そして私の命を何だと思っているのか。
私の手が、さらに震える。
「では、《特異時術保持者の回収状況:記録欠落》とは、何ですか?」
ヴァルドが、濁すように答える。
「……古い、行政用語です。当時の詳細を、私から断定することはできません」
そして、ヴァルドが、資料を取り出す。
「では、こちらも資料を出しましょう」
古びた記録。そこにはエオネ族が《白妖系特異時術保持集団》と書かれている。
「当時、エオネ族は強力な時術を、集団的に保持していた。複数の時間異常との関連も報告されています」
ヴァルドは悪びれず、続ける。
「現在――ソルデヴィア解析官に発生している事象を見ても、その危険性を完全に否定することはできません」
エオネ族は昔も、今も『危険』とされていて、だから管理が必要だった、そう言いたいらしい。
私は、少し俯き、震える。
周囲からひそひそと声がする。
「白妖……」
「やはり、妖魔。白妖は危険な一族だったのでは……」
審理官が「静粛に!」と告げ、いったんは静まり返る。
「では、白妖――」
書類上とはいえ、審理官までもがそう言った。
「……その名前で、呼ばないでください」
さらに審理室が、しんと静まり返る。
「……私には……私たちには、名前があります。その言葉は、一族が……自分たちを呼んだ名前ではありません!」
私は静かに続ける。
「私たちは、エオネ族です」
ヴァルドが口角を上げ、静かに言う。
「……呼び名の問題でしょうか?」
私は首を振る。
「いいえ。……誰かを何と呼ぶかは、その人を何として扱うか、ということです」
管理奴隷。
白妖。
危険対象。
管理対象。
全部、名前で人間性を削ってきた。
「『白妖』と記録したから、私たちを人ではなく、危険なものとして扱えたのではありませんか?」
ヴァルドの瞳が冷たくなる。
そして、審理官が告げる。
「それでは、本件については審理を一時休止します。――次回、北境作戦および、エオネ族の記録について追加資料を審査するものとします」
私は、ふっと力が抜け、記録水晶を見た。
今日の発言は、全部残った。
消されたはずの『エオネ族』という名前が、もう一度、公の記録へ刻まれた。
消されたのなら、もう一度書けばいい。
奪われた名前なら――私が、名乗ればいい。それだけだ。




