26.白妖と呼ばないで
翌朝、私を見る人々の空気が変わっていた。
おそらく、危険指定が魔導院内に共有されたのだろう。
私を見る人が目を逸らし、またある人はすれ違いざまに「やっぱり白妖ね」と小声で呟いたり。
白妖。そんな扱いは慣れている。砦を出て、中央魔導都に来てからは忘れかけていたけれど、久々に、胸がひりつく。
大丈夫、だと思っていた。
戦略局の職員でさえも、私を「白妖の子」と呼ぶ人がいた。
大丈夫じゃない。
……違う。
嫌だ。
「……その名前で、私を呼ばないでください」
思わず声に出ていた。
横にいたアネルが静かに声を落とす。
「行こう、ティルア」
「……はい」
局長室へ戻り、それぞれ席につくと、アネルが顔を上げる。
「昨日の残留魔力は採取しておいた。これの解析をしよう」
私は立ち上がり、採取された波形が記録された水晶と、私の登録波形を見比べる。
一致しているのは、表層の淡く青い光だけだった。
中身はまったく別の術式が使用されている。
「誰かが、君の魔力を写し取った?」
アネルの声に、私は頷く。
「……その可能性はあります」
先日、私の部屋に仕掛けられていた監視術式。
触られた解析帳、時詠みの研究資料。
不気味な、紫色の光。
「あの術式は……見るためだけではなかったのかもしれません」
アネルが眉間に皺を寄せる。
「魔力波形の採取か」
私はアネルの方を見て、頷く。
「おそらく、ですが」
アネルは水晶板に視線を落とす。
「まだ、監察局がやったとするには……証拠が足りない」
「はい。記録は事実の……ほんの一部ですから」
その時、ユスティンさんが局長室へ資料を持ってくる。
「局長、ティルアさん。ちょっと気になるものが出てきて……見てもらえます?」
ユスティンさんが、アネルの机に資料を広げる。
「昨日の時間異常発生の少し前に、噴水広場付近で監察局系の高位アクセス権を使った観測魔導具が起動していた履歴を見つけて……誰が使ったか、は消されてるんですよね」
アネルの視線が鋭くなる。
「……誰かが初めからティルアの時詠みを観測する準備をしていた、と」
私の背筋が冷える。
「私が時詠みを使うのを……待ち構えていた?」
おそらく相手は、私が人を助けるとわかっていて、わざとあのような事件を起こしたのだろう。私の魔力に表面だけ見せかけて。私が危険だ、とするために。
アネルが低く震えた声で、声を落とす。
「ティルアが、誰かを見捨てたりしないとわかっていて……そこを利用した」
そこまでして、私を『危険』だとし『保護』するだけの理由が監察局にあるのだとしたら、私はどうなってしまうのだろうか。
考えれば考えるほど、深淵を覗く気がして、私は底知れないものを感じていた。
「ティルア、今は……考えるな」
アネルの声が、私を引き戻してくれる。
私は、机に置かれたお茶を飲み、ふぅとため息をついた。
机の水晶板に触れる。
「職務権限……一部停止?」
アネルとユスティンさんが私の机の周囲に走り寄る。
ユスティンさんが首を傾げ、怪訝そうな声を落とす。
「ここまで……します? 局長……ちょっと早すぎません?」
「思ったより……早く動いてきたな」
アネルの声が、震えている。
画面には、こう表示されていた。
【単独での時術使用禁止】
【一部資料へのアクセス制限】
【転送門使用時に時律監察局への通知】
【危険指定解除まで常に行動は監視されるものとする】
また……奴隷の頃のようではないか。
まるで、砦にいた頃へ引き戻されていくようだった。
私は身体の底から震え、つぶやいた。
「私が……何かしたというわけではないのに……!」
立ち上がり、アネルの方を見る。
「これは……納得できません」
「ティルア、納得する必要はない……覆すために証拠を集める」
私たちは、互いに頷きあう。
窓からの光が次第に色を帯びて来たころ、廊下が急にざわめきだした。
黒い外套を身を纏った男たちが、戦略局へ入ってきた。
普通の監察官の制服ではない。
ユスティンさんの顔が、さっと青ざめる。
「……局長。時術危険対象の……執行班です」
男たちは腰に拘束用の魔導具を携え、胸には針が輪を貫く監察局の紋章をつけていた。
先頭の男が、書面を開き、読み上げる。
「ティルア・ソルデヴィア解析官。緊急時術危険指定に基づき、追加聴取を行います」
男たちの外套が、あの日、村を焼き払った黒い外套と重なって見えた。
村を包む炎の影に見えた、両親と姉を殺したあの外套と紋章が浮かぶ。
私の身体が、ガタガタと小刻みに震える。
「やっぱり、『白妖』だったんじゃない」
男たちの後ろで誰かが聞こえるようにわざと大きく呟く。
私は、声がする方を見据える。
「その名前で、私を呼ばないでください」
一瞬、周囲がざわめく。
「……私には、ちゃんと名前があります」
黒い外套の男たちが、一瞬怯む。けれど、私を捕らえようとしていることに変わりはない。
アネルがさっと私の前に出て、静止させる。
「――随分と、準備がいいものだな?」
彼の握られた拳と、声は、低く震えていた。
私は、彼の横へあえて並び立ち、男たちを見据えた。




