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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第三章 あなたのいない未来

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24/31

24.私は、ここにいる

『安全確保のため、身柄の一時移管を求める』


 それは、私にとって、足元から何かが崩れ落ちていくような、身体が、芯から凍てつくような。そんな言葉だった。


「……そんな監察局の言い分は――」


 アネルが低い声で言いかけ、私の方を見る。


「ティルア」

「……はい」

「君は、どうしたい?」


 私の身体は震えていた。

 家族や、村の人達を殺したかもしれない組織。

 何をされるか、わからない。

 しかし、答えは決まっている。


「……行きたく、ありません」


 アネルが頷く。


「わかった」


 書類に視線を戻して続ける。


「拒否する、と返答を送っておこう」


 局長室にユスティンさんが呼ばれ、アネルと何やら話をしている。

 ユスティンさんは分厚い本を指差した。


「――局長。今回の監察局の要請はあくまで『移管要請』で、()()()()()()ではないっす。ただし、監察局側が『緊急時術危険指定』を申請すれば……強制力を得る可能性があります」

「……要するに、今は断ることができる、と。監察局が動いて話が変わる前に、こちらから行くぞ」


 アネルはペンを取り、さらさらと書類を書き上げる。


「ティルアも確認してくれ」

「……わかりました」


 戦略局所属ティルア・ソルデヴィア魔導解析官の処遇について。

 本人が移管を拒否しており、現在、時術は戦略局管理下で安全対策済み。

 魔力測定環による負荷管理を実施し、危険事象の記録もなし。

 現在戦略局において共同研究中。

 そして、緊急移管を必要とする根拠が提示されていない。

 よって、今回の移管要求は拒否する。

 ――魔導軍戦略局長 アネル・ブリューム


 ユスティンさんが、どこか楽しそうな声で呟く。


「――局長、これ、監察局にほぼ喧嘩売ってません?」


 アネルが低い声を落とす。


「……事実を書いただけだ」

「一番怖いやつですよ、それ。おそらく、セレク局長が乗り込んできます」

「望むところだ」


 ユスティンさんは「うわ、怖っ!」と言いながら、アネルから書類を受け取り持っていく。

 私は、震えながらも、奥までは凍りつかず、アネルの目を見て頷いた。

 彼も私の瞳を見てゆっくりと頷き返す。


 窓の光が淡い白から変わる頃、空気が変わった。

 時が止まったような、何の物音もしないしんとした空間。

 この感覚は覚えがある。


 ――ヴァルドだ。


 コツコツと靴の音だけが響き、局長室へヴァルドが入ってくる。

 黒い書類を持つ指先だけが、ほんのわずかに震えていた。

 しかし、人形のような微笑みはいつもと変わらない。


「移管を拒否されたそうですね。……ブリューム局長?」


 アネルが眉をぴくりとさせる。


「……ティルア本人が拒否している」


 ヴァルドが冷たい微笑みを私に向ける。


「――ティルア、本当に……あなた自身の意思ですか?」


 彼は続ける。


「……あなたはブリューム局長に救われた。住居も、仕事も与えられた。そんな相手のそばにいたいと思うのは、本当に自由な選択でしょうか?」


 私はじっとヴァルドを見据える。


「以前なら、わからなかったと思います」


 ヴァルドの笑みがわずかに深くなる。瞳はすでに笑っていない。


「……では?」

「今は、わかります。私は……自分でここにいたいと思っています」


 ヴァルドが笑みを貼りつけ、甘く冷たい声で返す。


「……ここが安全だから?」


 私は、ゆっくりと首を振り、彼を鋭く見据え直す。


「違います」


 私は、周囲をぐるりと見渡す。

 自分の机。

 解析帳。

 橙色を帯びつつある窓。


 局長室の入口には、静かに頷くユスティンさん。


 そして、アネル。


「……ここで、仕事がしたいからです」

「彼と、一緒に?」


 アネルの方を見て頷き合い、私の胸が跳ねる。


「……はい、それも、私が選んだことです」


 ヴァルドの顔からすっと笑みが消える。


「……選択というものは、とても不安定です。人は間違えます」

「間違えたら、選び直すだけです」


 ヴァルドの視線が鋭くなる。


「道を、間違えたら?」

「……戻って、選び直せばいい。それだけです」


 ヴァルドの顔が、わずかに歪む。


「――選び直せない過ちも、ありますよ?」


 私は静かに、そして強く返す。


「……それでも、誰かにすべての道を決められるよりは、ずっといいです」


 ヴァルドがアネルへ視線を向ける。


「……あなたが教えたのですか?」


 アネルは首を振る。


「ティルアが、自分で決めたことだ」


 一段と、空気が凍りつく。


「――わかりました。では、今回は、正式な手続きを踏みましょう」


 眼鏡の奥の視線が冷たい。


「ティルア。あなたが()()()()()()ことを証明できる間は、ですが」


 局長室を出る前、ヴァルドは私の横へ来て囁く。


「ティルア。あなたは最後のエオネ族です」

「……はい」

「だからこそ、失うわけにはいかないのですよ」


 優しく甘い声、しかし私は彼の言葉の本当の意味を、今なら理解できる。

 彼が守ろうとしているのは『私』ではなく『最後の時詠み』という価値なのではないか。


「――私は、管理されるために生き残ったのでは、ありませんから」


 ヴァルドが去り、ふっと空気が動き出す。

 私の脚は、まだ震えている、しかし、ここに立っている。


 アネルが私のもとへ近寄り、両手で頬を包む。


「大丈夫か?」

「怖、かったです……でも、私はここにいたいです」

「ああ」


 頬に触れる彼の手から、じんわりと熱が伝わってくる。

 そして、自分の机で解析帳を開く。


 【現在確認できる事実】

 ティルア・ソルデヴィア。

 エオネ族。

 魔導軍戦略局所属、魔導解析官。


 ――私は、ここにいる。

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