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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第三章 あなたのいない未来

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23/30

23.誰のための保護

 呼吸が、うまくできない。震えも、止まらない。

 アネルに抱えられて、熱が伝わってくる。


「……ティルア!」


 喉が塞がったようで、浅い息しか吸えない。


『正式な管理審査』


 その文字だけが、頭の中をぐるぐると何度も回っていた。


「……私も、管理されるんですか」


 アネルの私を抱える腕に、力が入る。


「されない」

「でも、監察局が――」

「君が望まない限り……誰にも君の人生を決めさせない」


 その日は、そのまま部屋へアネルが送ってくれて、そのまま眠りについた。

 夢の中で、あの日の村と――紋章、ヴァルド局長が次々と出てきた。

 「見ている」「逃さない」とでも言いたげに。


 その夜はなんだか、眠れなかった。


 朝になり出勤すると、局長室でアネルとユスティンさんが話をしている。


「管理審査自体には応じる必要がある」

「ですが局長、『能力者本人の同意なしに、監察局へ所属変更・収容する権限はない』ってありますよ。ティルアさん、行かなくてもいいんじゃないっすか?」


 アネルが書類を机に置く。


「審査は受ける。……だが、それ以上は別だ」


 私は、ふたりの方を見る。


「私、行きます」

「ティルア、無理をする必要はない」


 私は強く首を振り、答える。 


「いいえ。……私についての審査なら、私が話したいです」


 アネルとユスティンさんは、難しい顔をして黙っていた。


「私から監察局に条件を出す。……中立性の確保のため、場所は魔導院で行う、と」


 アネルの声が、低く局長室に響き渡った。


 中央魔導院・応接室。

 面談や応接のために誂えられたそこは、淡い紫で絨毯と椅子も揃えられており、木彫りの家具や、調度品が繊細な模様でそこにあった。


 私とアネルは、日の光が差し込む窓を見て、ただ、部屋を沈黙が包んでいた。


「……大丈夫、なのでしょうか」

「監察局も、中央魔導院内では手出しはできない」


 その時、キィ……と音を立て、扉が開く。

 またしても、時が止まったようなあの感覚に襲われる。


 そこには黒い髪に細い銀縁眼鏡。人形のような微笑みをたたえたヴァルドが立っていた。


 彼は、私の手を取り、冷たく甘い声を発する。


「またお会いできましたね。親愛なるティルア・ソルデヴィア……」


 私は、額に嫌な汗をかきつつ、体は強張っていた。

 ヴァルドが私の隣に座ろうとするのを、さりげなくアネルが止め、隣に座る。

 アネルに止められたヴァルドは、眉をぴくりと動かし、私たちの向かいへ座った。


「相変わらず、ブリューム局長はお優しいのですねぇ……」

「……必要な警戒だ」

「それは『過保護』というのでは?」


 ヴァルドが微笑みながら言う。しかし瞳は笑っていない。


「それでは、いくつかお聞かせ願いましょう。ティルア」


 私の背が、ぞくりとさらに強張る。

 ヴァルドは私の方を見ると微笑みを絶やさずに話す。しかし、それは研究対象を見るかのような瞳をしていた。


「――時詠みは、何回連続で使用できるのですか?」

「……三回、または四回ほど。それ以上使用すると身体に負荷がかかります」


 ヴァルドは、横にいる監察局の書記官に目配せをする。

 それからも、いくつか質問をされたが、これまでアネルと研究してきた内容のため、臆せず答えられた。話が進むごとに、アネルの顔が険しくなる。


「それでは、《連環(レゾナンス)》についてですが――」


 その時、アネルが低い声を落とす。


「……それは、戦略局の研究情報だ」


 ヴァルドが眼鏡越しにアネルへわずかに鋭い視線を向ける。


「彼女の時術に関する情報でしょう?」

「彼女()()の情報ではない。――共同研究だ」


 ヴァルドは愉悦の笑みを浮かべる。


「……なるほど。彼女を能力ではなく、()()()()()()()として扱う、と」

「当然だ。ティルアは戦略局の解析官であり、研究者だ」


 部屋の中に時間が凍てついたような空気が流れる。

 外から聞こえるはずの音も聞こえず、空間ごと切り離されてしまったような。

 ヴァルドは、笑みを消し、鋭い視線を向ける。


「時詠みは、非常に稀少で、扱いを誤れば本人にも周囲にも危険です。だからこそ……()()()保護が必要になります。」

「……保護?」


 私の胸の内に、あの日の記憶が蘇る。

 黒い外套。

 炎に包まれた村。

 青白い槍のような光に貫かれた、母。


「……セレク局長、ひとつ、私から聞いてもいいでしょうか?」


 ヴァルドはゆっくりと頷く。


「ええ、もちろん」


 私は、震える声で問いかける。


「その紋章は――十年前も時律監察局のものだったのですか?」


 部屋の空気が、質量を持ったかのように重くなる。


「ええ、紋章は当時から変わっていません」


 私の指が震え、胸にはあの日の記憶を抱える。


「では……、《北境時災鎮圧作戦》を知っていますか?」


 彼の表情は、張り付いたかのように全く変わらない。


「……知っています」

「あれは、監察局が関わった作戦なのですか?」


 ヴァルドは、一拍置いて冷淡に答える。


「――監察局が関与したこと自体は、否定しません」


 隣にいるアネルの表情が、さあっと凍りつく。

 私は、震える手を、ぎゅっと握りしめた。


「私の家族は、……その日に殺されました」


 ヴァルドの表情が一瞬ぴくりとするが、変わらない。


「……そうですか」


 彼は、先ほどの冷たく甘い声で続ける。


「だからこそ、あなたを保護する必要があるのですよ。ティルア」


 私の脳裏に、両親や姉、村の人々の顔が浮かぶ。

 握られた手に、さらに力が入る。


「私は、その保護を望みません」

「望むかどうかと、必要かどうかは別の問題です」


 その声は、私を実験道具のように見ているように聞こえた。


 アネルが低く、震えた声で返す。


「……本人が望まない保護は、保護とは呼ばない」

「では、何と?」

「ただの拘束だ」


 ヴァルドはふっと笑う。


「やはりあなたは危ういですねぇ、ブリューム局長」


 ヴァルドは続ける。


「――人は、自分に害を及ぼす選択すらします。それでも、選択を尊重するのですか?」

「尊重する」


 ヴァルドはひとつため息をつく。


「……ティルアが、自ら死ぬ未来を選んでも?」


 アネルの瞳が、一瞬揺れた。


「……だから、一緒に別の道を探す」


 ヴァルドの表情が、わずかに歪んだ気がした。

 監察局の書記官がパタンと書類をとじる。


「……本日の審査結果は、追って正式に報告します」


 席を立ったヴァルドが、私のそばを通りざまに甘い声を落とす。

 

「ただ……ひとつだけ覚えておいてください」

「何をですか?」

「時律監察局ほど、あなたの力を理解できる組織はありません」


 アネルが鋭い視線を向ける。


「……理解と所有を混同するな」


 ヴァルドは微笑み、去り際に声を落とす。


「所有など。私は一言も申し上げていませんよ」


 部屋の空気がふっと戻る。

 しかし、私の震えは止まらず、アネルに支えられ、戦略局へ戻る。

 アネルが、私の机にことん、と温かいお茶の入ったカップを置く。


 深呼吸し、お茶を口にする。強張った身体が、少しずつほどけていく。


「……ティルア、よく話した」


 私はアネルの方を見る。


「怖かったです」

「ああ」

「でも……言えました」


 次の日、戦略局の空気は凍りついていた。

 監察局の黒い封筒が、アネルに届けられる。

 開いたその時、彼の顔色が変わった。

 

 『ティルア・ソルデヴィア解析官について、時律監察局による保護管理を推奨。よって安全確保のため身柄の一時移管を求める』


 足元が、崩れ落ちる感覚がした。

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