22.生存者はいない
村が燃えたあの日、父と姉を魔法の矢が貫いた。
炎に包まれた村を母と逃げ出そうとした時、ひとりの男が私たちをめがけて青白い槍のような魔法が飛んできて――母が叫んだ。
「ティルア! 早く! あなただけでも!」
私が逃げようと走り出したその時――青白い光が、母を貫いた。
母を貫いた男の黒い外套に、針が輪を貫く紋章がはためいていた。
脳裏に浮かんだあの日の光景に震えていると、肩を抱くアネルの温かい感触が流れ込んでくる。
それが、私を現実の資料室へと戻してくれた。
「……大丈夫か?」
アネルの声に、私はゆっくりと頷く。
「無理はしなくていい。覚えていることを、順番に話せるか」
「……はい」
「苦しくなったら、止める」
「いいえ。……今は、知りたいです」
私は、あの日の記憶を少しずつ辿り、話した。
アネルは、静かに私の肩を抱いていた。「大丈夫」と現実に私を留めるように。
故郷は、本当にのどかな村だった。黒い外套の男たちが村に来たあの日までは。
私は、覚えていること、記録に残っていたこと。そして――まだわからないことを手に取った解析帳へ記した。
【私が覚えていること】
黒い外套。
針が輪を貫く紋章。
村へ入ってきた、黒い外套に身を包んだ複数の人物。
火。
父と姉が魔法の矢で貫かれた。
逃げる私と母。母は、私を庇い死んだ。
【記録に残っていたこと】
《北境時災鎮圧作戦》
十年前。
エオネ族居住域。
【まだわからないこと】
なぜ、村が「時災」とされたのか。
アネルは、高位権限で削除履歴の奥を調べている。
そして、眉を歪めた。
「……おかしい」
「何がですか?」
アネルが、私の瞳をじっと見る。
「鎮圧作戦が、災害より先に存在している。とってつけたかのように」
私は、頷く。
「あの日まで、村は……普通でした」
ただ、あの日、両親は「時が霞んでいる」と話していた。
「時術の暴走は?」
「ありません」
村は、あの日までは本当に何もなく、ただ自然と暮らしていた。
「なら、この記録は――」
彼が瞳を伏せ、言葉を止める。
「……嘘?」
アネルは首を振る。
「まだ断定はしない。だが、誰かが事実を隠した可能性は高い」
そして、彼はひとつの記録を水晶へ映し出す。
【対象区域住民数】
四十五名
【死亡確認】
四十五名
【生存者】
なし
私の身体が、固まる、体の芯から凍てつくように冷たくなっていく。
「生存者……なし。では……私は?」
アネルの手が、私の肩に触れる。
凍てつく身体をとかしていくように熱が伝わってくる。
「ティルアはここにいる。記録が君を消しても、君が生きている事実は消えない」
ファイルの備考欄がちらりと見える。
《特異時術保持者の回収状況:記録欠落》
私の中で、ヴァルド局長のあの言葉がこだまする。
「――未来から、不要な可能性を取り除くことです」
私は、背筋がぞわっとした。
古いファイルの記録は『時律監察局・特別技術管理部門』となっており、あの紋章が嫌でも残っている。
「アネル。村が襲われたのは……私たちの力が目的だったのでしょうか」
「その可能性はある」
資料室を出ると、窓の白い光が妙に眩しく、思わず目を細めた。
肌寒い資料室から、昼の暖かさへ指先から感覚が戻っていく。
街の中へ一度降りると、人々は普通に歩いており、浮行板は行き交い、店からは焼き立てのパンの香りがする。
十年前に私たちの一族が滅ぼされたことなんて、誰も知らない。
私は、顔を伏せる。
「世界は、普通に続いていたんですね」
アネルは私を見て、一瞬黙る。
「ああ」
「私たちが……村が焼かれて、いなくなっても?」
「……ああ」
アネルが私の手を取る。
「でも、君までいなくなったわけじゃない」
私は顔を上げる。
「――知りたいです」
「何を?」
「私たちに、何があったのか。誰が、なぜ……エオネ族を消したのか」
アネルが、静かに頷く。
「なら、私も一緒に調べよう」
私は首を振る。彼を、巻き込みたくない。
「これは、私の一族のことです」
「……だからといって、君ひとりで抱えて、調べる理由にはならない」
その言葉に、私の胸の奥があたたかくなった。巻き込みたくないのに、それでも彼は一緒に調べてくれる。そばにいてくれるというのか。
私は少しだけ、頬を緩める。
戦略局へ戻ると、なぜかいつものざわめきはなく、静まり返っていた。
私の机の上には――黒い封筒。
時律監察局の紋章が描かれた封蝋が、妖しく光って見えた。
アネルがそれを手に取り、開く。
「……ティルア、これを」
私は震える手でそれを受け取る。
『ティルア・ソルデヴィア解析官の時術運用について、正式な管理審査を要請する』
時律監察局が動いた。私たちが調査を始めた時を狙うかのように。
「……動くには早すぎる」
アネルが低い声を落とした。
そして、紙にはこう記されていた。
『親愛なるティルア。また、お話できることを楽しみにしています。――ヴァルド・セレク』
私は震えが止まらなくなり、膝から崩れ落ちる。
身体の底から何かがこみあげ、吐き気をもよおす。
頭の中は、何も考えられなくなっており、ただ、あの日の光景が浮かんでいた。




