表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第三章 あなたのいない未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/22

19.冬灯の実

 窓から入る光が、橙色を帯びる頃、局長室にアネルが袋いっぱいに入ったものを持って戻ってきた。

 私の前に袋を置くと、アネルが、こちらを向く。


「ティルア」

「はい?」

「……少し、確認してほしいものがある」


 アネルが、ごそごそと袋から何かを取り出す。

 それを見て、私の手が止まった。


 赤みを帯びた、丸く小さな果実。


「……ルメル!」


 丸い実の皮は、夕暮れを閉じ込めた赤橙色をしていた。

 鼻を近づけると、ほのかな甘さの奥に、冬の冷たい空気を思わせる青い香りがする。


 しんしんとふる雪。

 ばちばちと燃える暖炉。

 さくり、と母が切ってくれたルメル。

 大きくてごつごつとした父の手。

 煉瓦造りの家の窓。


 忘れたと思っていたのに。


 私の視界が滲む。


「本物か?」


 私は深く頷く。


「はい。……どうして、これを?」

「北部から来た商人が、ごく少量だけ扱っていた」

「私のために?」


 アネルが視線を逸らす。


「……資料確認のついでだ」


 私は、滲んだ目で、ふっと笑う。


「それも、支給品ですか?」

「……栄養補給だ」

「支給品、ですね」

「そういうことに……しておいてくれ」


 私はたまらず、ルメルをひと口かじった。

 しゃく、と小気味よい音がして、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

 頬に熱いものが少しだけつたう。


「……懐かしい」


 北境霜原(ほっきょうそうげん)の村。もう戻れない、私の生まれ故郷。

 滅びて、もう戻れない場所だと諦めていた。

 煉瓦造りの家も、しんしんと降る雪も、あたたかい思い出も、あった。


「……北境には、嫌なことしか残っていないと思っていました」


 アネルは、黙って聞いている。


「でも……違いました。私にも、好きだったものがあったみたいです」


 ルメルを両手で包む。

 もう忘れたと思っていた故郷。滅びの日の記憶で忘れていたものが蘇る。

 両親や、姉。幼馴染と過ごした日々。

 八歳の時に、炎に包まれ、失うまでの――楽しかった日々。大好きな人たち。


 頬を熱いものがとめどなく流れる。

 アネルが、私の頬をそっと拭うように触れる。


「……忘れていたなら、これから思い出せばいい」


 私は、静かに頷く。


「……エオネ族では、冬になるとルメルを火のそばに置くんです」


 静かに口を開くと、アネルが、優しく微笑む。


「なぜ?」

「赤い実が……雪の中の灯りに見えるから。子どもの頃は『冬灯(ふゆともし)』と呼んでいました」


 私は、視線を伏せる。


 ――亡くなった人を送る時にも、ルメルを供える。でも……


「ルメルは、……大切な人を送る時にも、使います」


 アネルは、静かにこちらを見る。


「……そうか」


 ――アネルにも、ルメルを。


 ナイフを取り出し、切ろうとするも、手に力が入らない。

 そっと、アネルが私の手からナイフを取る。


「――貸せ」

「自分で、できます」

「知っている」

「では、なぜですか?」


 アネルが、私を見てふっと微笑む。


「私も食べたい」


 さくり、と半分に切られたルメルを、ふたりで口にする。

 しゃく、しゃくと、小さな音だけが続く。

 北境の思い出の味を、私は初めてアネルと分け合った。


 昔は、家族と食べたルメル。

 村が滅びて以来、誰かとルメルも、食べ物も分けたことはない。

 それなのに今――アネルが私の隣で、こうして同じ実を食べている。


 私の胸の奥が再びあたたかくなる。

 その理由は、以前より少しだけわかる気がした。


「甘いな」


 しゃく、しゃくとゆっくりルメルを食べながらアネルが言う。


「今年のものは、少し酸味が強いです」

「詳しいな」


 私はふっと笑う。


「エオネ族ですから」


 茜色に染まる窓の光を受けて食べる、久しぶりの故郷の味は、家族と食べたそれとはまた、別の味がした。

 アネルがいるからか、故郷のことを思い出したからなのかは、わからない。


 彼に出会う前、砦での生活では感じることがなかった、あたたかな生活。

 忙しくも楽しい日々。そして、彼が持ってきてくれた故郷の味。


 アネルが、袋いっぱいのルメルを私へ押しつけるように差し出した。


「全部、持っていっていい」

「アネルの分は?」

「私は、味を確認できた」


 袋から、半分取り出して、彼の机に置く。


「……半分、持っていってください」

「なぜ?」


 一瞬、言葉に迷ってしまう。


「……また、一緒に食べたいから」


 帰り道、紙袋の中からルメルの甘い香りが漂っていた。

 故郷を思い出す香りなのに、不思議と胸が痛まなかった。


 ――次にこの実を食べるときも、アネルが隣にいればいい。


 そんな未来を、私は初めて、時詠みを使わずに思い描いた。


 しかし、ルメルは中央の気候では傷んでしまうかもしれない。

 母が作ってくれたルメルのパイ。

 子供のころの私が、大好きだった味。


 ルメルは保存食にするのが大人の仕事だった。

 今なら私にもできるかもしれない。

 アネルに、ルメルのパイを作って、食べさせてあげたい。


 部屋へ戻り、室内着に着替え、椅子に腰を下ろす。

 自動清掃魔導具は、昼間の掃除を終え、静かに部屋の隅で休んでいる。

 ただ、すっかり夕闇に染まった窓の外を、灯りに照らされながら見ていた。


 月の光が、こちらを照らしているように感じられ、このままの生活が続けばいいと感じずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ