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最後の時詠みは、過保護な魔導軍師を守りたい  作者: 凪砂 いる
第三章 あなたのいない未来

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17/21

17.ふたりで見る未来

 窓から差し込む白い光に照らされ、私は目を覚ます。

 まだ少し軋むように痛みが残る身体を起こし、よろりと立ち上がる。

 こんな調子で出勤したらアネルに「今日は帰れ」と言われそうだが、私はクローゼットを開け、制服に着替えると少しだけ背筋が伸びた。


 自動清掃魔導具のスイッチを入れ「今日も、お願いね」と声をかけると、「了解」と言いたげにピロッと音がした。


 戦略局の朝は、いつも通りだ。水晶板の通知音がし、ざわざわと騒がしい。

 空気は少し涼しく、心が少し軽くなる。

 そして、戦略局で一番騒々しいであろう――ユスティンさん。


「ティルアさん、おはようございます! 昨日倒れたって聞きましたけど、大丈夫ですか? 本当に出勤しても?」

「仕事ですから」


 ふっとユスティンさんが眉を下げ、笑いながら局長室のほうへ声をかける。


「局長ー。予想通りです」

「……だから言っただろう」


 アネルの声を聞きながら局長室へ入ると、机上に小さな銀色の腕輪が光っている。


「アネル……これは?」

「魔力測定環だ」


 私は魔力測定環(それ)を訝しげな目で見る。


「……支給品?」

「今回は、本当に支給品だ。これは脈拍や魔力消耗を測る安全装置だ。時詠みを使用したあと、一定以上の負荷が出たら、それが光る」


 私は目を伏せる。


「……監視、されるのですか?」


 アネルは、優しい表情で静かに首を振る。


「違う。君自身が、自分の限界を知るためだ」

「私が、ですか?」

「私だけが確認できるものにはしない。記録を見る権限も、ティルア。まず君にある」


 そして一拍置いてアネルが話を続ける。


「時詠みについて調べたい」


 私の身体が氷のように強張る。


「……時律監察局のように、ですか?」


 アネルが首を振る。


「逆だ。……君の力を管理するためじゃない。君が力に殺されないために、知りたい」


 私の身体が、ふっとほどける。


「――ふたりで記録していこう」


 アネルはそう言うと、実験項目を示した。


「まず君が、何秒先まで安定して見えるか。次に、一度にいくつの未来が見えるのか、連続使用で何が起こるか。併せて身体症状はどこから出るか。最後に――意図的に見る場合と勝手に見える場合の違い」


 アネルは、手元にあった珈琲(コーヒー)をひとくち啜り、コトンとカップを置く。


「無理に限界を測る実験はしない」

「では、どうやって限界を知るのですか?」

「――君を倒して測るくらいなら、知らなくていい」


 アネルはわずかに俯いた。耳まで赤くなっている。

 そんなアネルを横目に、私は魔力測定環を手首につけた。


 アネルの肌の色がもとに戻る頃、私たちは戦略局内の魔導訓練室に行き、さっそく時詠みの力を調べることにした。


「今から魔法陣を出す。数秒後、光球がどこかに飛ぶように設定した」


 私は見えたものを口にする。


「――三秒後、左です」


 そして、アネルから白い刃のような光が左側の術式を切る。

 しかし、その瞬間、彼の発した白い刃と、淡い青の時詠みの光が絡み合う。

 まるで――私が見た未来へ向かって、アネルの魔力が道を走ったようだった。


 突然の出来事に、私たちは立ち止まることしかできなかった。


「……今のは何だ?」


 アネルの声に、私は首を振る。

 

「私にも、わかりません」


 もう一度試そうと、同じようにアネルが魔法陣を出し、私が「三秒後、右――」と口にする前にアネルの声が響く。


「右だ」

「……どうして、わかったのですか?」

「わからない。だが、君が答えるより前に、右だと分かった」


 まるで、私たちふたりの魔力が共鳴した――そんな感じだった。


 アネルの表情が変わる。


「もう一度やる」

「限界まで実験しないと言ったのは、アネルです」

「これは限界実験ではない」


 私は、ふぅ、とため息をつく。


「……同じ顔をしています」

「何の顔だ?」

「……仕事に夢中になっている顔です」


 ふたりで吹き出すように僅かに笑った後、アネルが魔法陣を出そうとした時、私の手首に装着した腕輪が淡い光を放つ。


「……今日はここまでだ」

「……まだ、できます」

「測定環が黄色だ」

「まだ、黄色です」


 アネルがふっと表情を崩す。

 

「だから、終了だ」

「……こういうのを『過保護』っていうのだと、ユスティンさんから聞きました」


 アネルの動きが止まる。


「今、何と言った?」

「何も」


 ふたりで局長室へ戻り、記録帳を書く。

 不思議な共鳴が、何を意味するのかはまだわからないまま。


「……今までは、未来を見るのは私ひとりの仕事だと思っていました」


 アネルがふっと笑う。


「これからは違う。君が未来を見るなら、私はその未来を一緒に考える」

「……一緒に?」

「ティルア。ひとりで正解を選ぶ必要はない」


 私は、少しだけ頬を緩め、頷く。


「――それなら、前より怖くない気がします」

「そうか」


 局長室の窓からは、茜色の光が淡く差し込む。

 ふと、昨日のアネルの言葉が胸をよぎる。


 ――私を守るなら、君も生きて戻れ。


 私は、未来を見る。

 アネルは、その未来へ至る道を考える。


 けれど、今度からは――。

 どちらかひとりが、生き残ればいい未来を選ばなくてもいいのかもしれない。


 そう思っていたところに、声が響く。


「局長! 昨日の鉱山事件の追加報告が入っています!」


 息をゼェゼェと切らしながら、ユスティンさんが書類を持って入ってくる。

 アネルは、「座れ」とユスティンさんに告げ、書類を受け取る。


「黒晶鉱が消えた前後に、時律監察局の外部任務記録が集中している」


 書類を見たアネルの表情は、険しかった。


「……ティルア」

「はい?」

「しばらく、単独行動は避けろ」

「……それも、支給品、ですか?」

「命令だ」


 時律監察局が何を企んでいるのかは、まだわからない。

 けれど今は、不思議と以前ほど怖くなかった。

 私が未来を見るとき、隣にはアネルがいる。

 そのことを、もう知っているから。

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