17.ふたりで見る未来
窓から差し込む白い光に照らされ、私は目を覚ます。
まだ少し軋むように痛みが残る身体を起こし、よろりと立ち上がる。
こんな調子で出勤したらアネルに「今日は帰れ」と言われそうだが、私はクローゼットを開け、制服に着替えると少しだけ背筋が伸びた。
自動清掃魔導具のスイッチを入れ「今日も、お願いね」と声をかけると、「了解」と言いたげにピロッと音がした。
戦略局の朝は、いつも通りだ。水晶板の通知音がし、ざわざわと騒がしい。
空気は少し涼しく、心が少し軽くなる。
そして、戦略局で一番騒々しいであろう――ユスティンさん。
「ティルアさん、おはようございます! 昨日倒れたって聞きましたけど、大丈夫ですか? 本当に出勤しても?」
「仕事ですから」
ふっとユスティンさんが眉を下げ、笑いながら局長室のほうへ声をかける。
「局長ー。予想通りです」
「……だから言っただろう」
アネルの声を聞きながら局長室へ入ると、机上に小さな銀色の腕輪が光っている。
「アネル……これは?」
「魔力測定環だ」
私は魔力測定環を訝しげな目で見る。
「……支給品?」
「今回は、本当に支給品だ。これは脈拍や魔力消耗を測る安全装置だ。時詠みを使用したあと、一定以上の負荷が出たら、それが光る」
私は目を伏せる。
「……監視、されるのですか?」
アネルは、優しい表情で静かに首を振る。
「違う。君自身が、自分の限界を知るためだ」
「私が、ですか?」
「私だけが確認できるものにはしない。記録を見る権限も、ティルア。まず君にある」
そして一拍置いてアネルが話を続ける。
「時詠みについて調べたい」
私の身体が氷のように強張る。
「……時律監察局のように、ですか?」
アネルが首を振る。
「逆だ。……君の力を管理するためじゃない。君が力に殺されないために、知りたい」
私の身体が、ふっとほどける。
「――ふたりで記録していこう」
アネルはそう言うと、実験項目を示した。
「まず君が、何秒先まで安定して見えるか。次に、一度にいくつの未来が見えるのか、連続使用で何が起こるか。併せて身体症状はどこから出るか。最後に――意図的に見る場合と勝手に見える場合の違い」
アネルは、手元にあった珈琲をひとくち啜り、コトンとカップを置く。
「無理に限界を測る実験はしない」
「では、どうやって限界を知るのですか?」
「――君を倒して測るくらいなら、知らなくていい」
アネルはわずかに俯いた。耳まで赤くなっている。
そんなアネルを横目に、私は魔力測定環を手首につけた。
アネルの肌の色がもとに戻る頃、私たちは戦略局内の魔導訓練室に行き、さっそく時詠みの力を調べることにした。
「今から魔法陣を出す。数秒後、光球がどこかに飛ぶように設定した」
私は見えたものを口にする。
「――三秒後、左です」
そして、アネルから白い刃のような光が左側の術式を切る。
しかし、その瞬間、彼の発した白い刃と、淡い青の時詠みの光が絡み合う。
まるで――私が見た未来へ向かって、アネルの魔力が道を走ったようだった。
突然の出来事に、私たちは立ち止まることしかできなかった。
「……今のは何だ?」
アネルの声に、私は首を振る。
「私にも、わかりません」
もう一度試そうと、同じようにアネルが魔法陣を出し、私が「三秒後、右――」と口にする前にアネルの声が響く。
「右だ」
「……どうして、わかったのですか?」
「わからない。だが、君が答えるより前に、右だと分かった」
まるで、私たちふたりの魔力が共鳴した――そんな感じだった。
アネルの表情が変わる。
「もう一度やる」
「限界まで実験しないと言ったのは、アネルです」
「これは限界実験ではない」
私は、ふぅ、とため息をつく。
「……同じ顔をしています」
「何の顔だ?」
「……仕事に夢中になっている顔です」
ふたりで吹き出すように僅かに笑った後、アネルが魔法陣を出そうとした時、私の手首に装着した腕輪が淡い光を放つ。
「……今日はここまでだ」
「……まだ、できます」
「測定環が黄色だ」
「まだ、黄色です」
アネルがふっと表情を崩す。
「だから、終了だ」
「……こういうのを『過保護』っていうのだと、ユスティンさんから聞きました」
アネルの動きが止まる。
「今、何と言った?」
「何も」
ふたりで局長室へ戻り、記録帳を書く。
不思議な共鳴が、何を意味するのかはまだわからないまま。
「……今までは、未来を見るのは私ひとりの仕事だと思っていました」
アネルがふっと笑う。
「これからは違う。君が未来を見るなら、私はその未来を一緒に考える」
「……一緒に?」
「ティルア。ひとりで正解を選ぶ必要はない」
私は、少しだけ頬を緩め、頷く。
「――それなら、前より怖くない気がします」
「そうか」
局長室の窓からは、茜色の光が淡く差し込む。
ふと、昨日のアネルの言葉が胸をよぎる。
――私を守るなら、君も生きて戻れ。
私は、未来を見る。
アネルは、その未来へ至る道を考える。
けれど、今度からは――。
どちらかひとりが、生き残ればいい未来を選ばなくてもいいのかもしれない。
そう思っていたところに、声が響く。
「局長! 昨日の鉱山事件の追加報告が入っています!」
息をゼェゼェと切らしながら、ユスティンさんが書類を持って入ってくる。
アネルは、「座れ」とユスティンさんに告げ、書類を受け取る。
「黒晶鉱が消えた前後に、時律監察局の外部任務記録が集中している」
書類を見たアネルの表情は、険しかった。
「……ティルア」
「はい?」
「しばらく、単独行動は避けろ」
「……それも、支給品、ですか?」
「命令だ」
時律監察局が何を企んでいるのかは、まだわからない。
けれど今は、不思議と以前ほど怖くなかった。
私が未来を見るとき、隣にはアネルがいる。
そのことを、もう知っているから。




