16.すべてを救う未来
私の白んだ視界が弾け、景色が次々に流れ込んでくる。
ガラガラと崩れる右側の坑道。
――そして、崩れてきた大きな岩に、アネルが押しつぶされる未来
左側へ逃げる。
今度は青白い魔力の光の爆発に巻き込まれ――アネルが倒れる。
ここから後ろへ戻る。
今度は、天井が崩れ落ちてくる。
――違う。
――これも、違う。
――これでは、どうやってもアネルは、助からない。
それなら、アネルが助かる道は?
どうすれば、彼は助かるの?
アネルが助からない道を取り除けばいいのか。
――なら、全部見ればいい。
彼が助かる未来が、見つかるまで。
薄っすらと、背後から声が聞こえる。
「――ア、ティルア。もう、見るな」
アネルの声に私は首を振る。
「まだです」
「聞こえているか? ティルア、もうやめろ」
もう一度、首を振る。
「あなたが助かる未来が、まだ――」
強く腕を握られ、アネルの熱が私の腕に伝わり、はっとする。
アネルは、落ち着いた声で、諭すように強く語りかける。
「私を救うために、君が死ぬ未来を選ぶな。ティルア」
私の視界が、じんわりと滲む。そして、アネルの目を見る。
「でも、あなたを……失うのは嫌です。アネル」
その時、魔法陣が紫色に強く光り、落ちていた黒晶鉱から魔力を吸い上げるように黒晶鉱も光に包まれる。
これではまるで、崩れるのは自然崩落ではなく、誰かが証拠ごと坑道を潰し、消し去ろうと仕掛けられたものだったのではないか。
アネルが紫色の光の行く先をじっと見据える。
「支柱の術式を逆流させている。ここを断ち切れば――いや、違う。これは連鎖している」
私も、光の流れを解析する。
「アネル。未来ではなく、今現在の術式を見ます」
視界が震える。それでも私は、おそらく本体であろう紫色の魔法陣へ視線を向けた。
魔法陣の中には、三つの術式がまるで鎖のように連鎖し、絡み合っている。
崩落を起こす〈破砕式〉
黒晶鉱から魔力を吸う〈吸収式〉
外部から起動されている〈遅延式〉
私は、術式を断つ順番を解析する。
じっと目を閉じ、そして、開く。
「アネル。破砕式を先に切れば、溜まった魔力が爆発します」
「では?」
「吸収式を止めてから、遅延式。最後に破砕式です」
アネルが頷く。
「わかった。ティルア、君が道を作れ」
「……私が?」
「君が今の流れを読め。それを私が断ち切る」
私が静かに頷き、魔力の流れを順に指すと、アネルが《断理》の白い刃のような光で魔力の流れを順に断ち切っていく。
次々に術式の鎖を私が読み解き、彼が断ち切っていく。
まるで何かのピースがカチリと噛み合ったように、私とアネルの息が揃っていた。
けれど、視界が白み、崩落が読めなかった。
ぱらりと天井に入ったヒビが瞬時に大きくなる。
――右だ。
私は、目を閉じ叫ぶ。
「アネル、右へ!」
アネルと私が右側へ寄ったところで、私たちがいたところに急速に割れた天井が崩れ、岩が落ちてきた。
――助かった。
しかし、私の耳から音が遠くなり、足から体の感覚がすぅっと抜けていく。白んでゆく視界の中に――アネルの赤い髪だけが、残っていた。
今、倒れるわけには、いかない。
アネルを失いたくない。ただそれだけで、私はかろうじて立つ。
「もう……一度だけ……」
「駄目だ」
「でも、あなたが――」
「ティルア!」
初めて聞く、アネルの強い叫び声、だった。
その声が、最後に耳に残り――私は意識を手放してしまいそうになった。
天井が、視界から遠くなっていく私の背を、アネルが抱きとめる。
そこから先は――覚えていない。
薄っすらと目を開けると鉱山ではなく、鉱山の村の中にいた。
鉱山の青白い光ではなく、窓からは茜色の夕日が差し込んでおり、薬草の香りが鼻をくすぐる。そして、遠くにカーン、カーンと採掘の音が聞こえる。
――生きて、いる?
私は、自分の手や身体を確かめるように触れ、軋む身体を起こす。
そうだ、アネルはどこにいるんだろう?
私はゆっくり周囲を見渡す。
ベッドの脇に、赤い髪が見えた。……アネルだ。
彼の姿を確認すると、腕に包帯が巻かれている。
「……ティルア、気がついたか?」
私は少し目を伏せる。
「アネル……怪我」
「かすり傷だ」
「でも……」
アネルは静かに首を振る。
「君が見た未来ほどでは、ない」
私がほっと息を吐くと、アネルが震えた低い声を落とす。
「――ティルア、説明してくれ」
聞かなくても、彼の言いたいことはわかった。私の時詠みの力についてだ。
私は、俯き、声を絞り出す。
「私の時詠みは――未来の断片を見る力です」
「知っている」
私は、一瞬言葉に詰まり、心臓がどくりと跳ねる。
「……知って、いたんですか?」
「七秒先の死を言い当てた女を、優秀な勘の持ち主だと思っていたとでも?」
アネルの手が、私の肩をふわりと抱き寄せる。
「知りたかったのは、力の名前じゃない。代償だ」
私は俯き、言葉を失う。
間をおいて、答える声は、なぜか震えていた。
「何度も続けて使うと、未来が重なります。今と未来の境目がわからなくなることがあります。頭痛と耳鳴りも……」
「なぜ、私に言わなかった?」
「言えば……使わせてもらえなくなると思ったからです」
アネルが、優しく、諭すように言う。
「――使うなと言っているんじゃない」
彼の手が、私の頬に触れ、ふっと静かに息を吐いた。
「君ひとりで、使うかどうかも、どこまで耐えるかも……決めるなと言っている」
私は、静かに顔を上げ、アネルの目を見る。彼の真紅の瞳が、わずかに揺れていた。
アネルは静かに言葉を続けた。
「君の力だ。使うかどうかを決めるのも、君だ」
「それなら――」
私に使うかどうか決めさせてほしいと言葉に出かかったところで、彼は諭す。
「だが、君の命まで……君ひとりの仕事にするな」
そう言われたのは初めてで、心の奥がじんと暖かくなる。
ただ、私は……。
「私は、あなたを……守りたかったんです」
アネルが黙り込む。窓から差し込む茜色の光が、彼の髪を照らし、赤い髪がさらりと揺れ、より赤く染まっていた。
しばらくして、彼が静かに口を開く。
「それなら、ひとつ条件がある」
「条件、とは?」
彼の目が真剣に私を射抜く。
「――私を守るなら、君も生きて戻れ」
かちゃりとドアが開き、コンラートさんが入ってくる。
「……ブリューム局長。鉱山に仕掛けられていた術について、報告に参りました」
私とアネルは、じっとコンラートさんを見つめる。
コンラートさんは、ふぅ、と息をつき、静かに話しだす。
「鉱山に仕掛けられていた魔法陣は、黒晶鉱の盗難痕跡を消すためのものでした。そして、術式の一部から、鉱山では通常使われない特殊な魔力の加工が――」
アネルの表情が険しくなる。
コンラートさんは、話を続けた。
「この加工は、中央で使われる高位な術式です。鉱山の魔導技師が組んだものではありません」
コンラートさんは、そこまで話すと、静かに部屋を出ていった。
黒晶鉱を盗んだ犯人は、中央魔導都側にいる――。
私は、包帯の巻かれたアネルの腕を見る。
――私を守るなら、君も生きて戻れ
その言葉が、まだ私の胸の奥に残っていた。
私はアネルを守りたい。
けれど次は、私も一緒に帰る。
そう、初めて思った。




