15.黒鉄の谷
15.黒鉄の谷
中央魔導都を出て、西部鉱山へ向かう道は、西に進むにつれて、緑が少なくなっていった。
草原の向こうに連なっていた黒い山々が少しずつ空を塞いでいく。
鉱山の村は、晴れているのに空が蓋をされたように薄暗く、ほのかに魔導灯が青白く家々をてらしており、奥からはカーン、カーンと鋭い音が響いていた。
「……ここが、西部鉱山」
浮行馬車を降りた瞬間、金属と土の混じった匂いが鼻を刺した。
同じ山でも、記憶にある北境霜原の山のような雪に音を吸い込まれたような静けさはなく、西部鉱山は常になんらかの音がしている。
そして妙に、周囲から視線を感じた。
「ここで採れた鉱石は、鉱山の村で魔導石に加工され、出荷される。いわば国家の要。だから常に司法局の目が光っている……悪用すれば大変なものも採れるからな」
アネルがひそひそと囁く。
「ブリューム局長、ソルデヴィア解析官、こちらです!」
鉱山の方から、男性の声がする。
「ティルア、こちらがこの鉱山と村をまとめる魔導技師、コンラート・レルシュ監督官だ」
コンラートさんが軽く礼をする。そして、声を潜めた。
「ご足労いただいたのは他でもありません。魔脈阻害剤の原料、黒晶鉱の件です」
彼は、採掘と搬出を記録した帳簿を差し出す。
「黒晶鉱は、特に扱いが厳重に管理されているのですが……一定量だけ記録と実在庫が合わないのです」
「帳簿をよく見せていただけますか?」
私がそう話すと、横からアネルの声が落ちる。
「まず現在残っているものから拾おう」
ぱらぱらと渡された帳簿をめくる。確かに記録と実際の在庫が合っていない。
アネルは帳簿を閉じた。
「鉱山へ行くぞ」
コンラートさんが案内術式を起動すると、青白い糸のような光が坑道の入口に浮かび、その奥へ伸びていった。
それを辿って鉱山内に入ると、どこか寒々しい。
青白い魔導灯がところどころで不気味に光っており、壁を伝う水の音がどこか背筋に冷えたものを伝わせる。
そして、遠くで響く金属音は、どこか鐘の音のように聞こえた。
何か、嫌な予感がする
そこに、一本の魔力の乱れが、ノイズのようにチラチラと乱れている。
まるでそこだけ切り取られた跡のような――。
「これは……鉱石が自然に発する魔力じゃない。誰かが採掘をごまかしている」
気がつくと私は、自然と言葉を発していた。
「アネル、誰かが、ここから鉱石を持ち出しています」
「いつだ?」
「そこまでは、今の解析では⋯⋯」
話している最中、一瞬何かの光景が視界を通る。
崩れる坑道。
青白い火花。
赤い髪。
血のついた手。
呼吸がひゅっと一瞬止まる。
――アネルに、何かが起きる? しかし、いつ起きるのか、アネルは本当に負傷するのか、それまではわからない。
アネルが私の顔を覗き込み、ふっと苦笑いをする。
「また私か?」
「……笑わないでください」
彼はゆっくりと首を振る。
「笑っていない」
「……少し、笑いました」
「いや、君が意外と冷静だと、安心しただけだ」
坑道を奥に進んでいくと、何度か視界を白いものがかすめる。
――アネルが、岩の下にいる。
――別の場所で、アネルが倒れる。
――私を、庇う。
未来が、複雑に枝分かれを始めている。
――これを、全部、避けたい。
私は目を閉じる。
「ティルア、全部を見るな」
アネルの声に、はっと我に返る。
しかし、私は全部を避けたい。
「どれが本当に起きるかわからないなら……全部、避けたいんです」
すべてを救える、ただひとつの未来へ⋯⋯。
そう思ってしまった。アネルを失いたくない。
失うのは――嫌だ。
失うくらいなら、いっそ、私が――。
そう思った瞬間、アネルが私の方を見て、肩を抱く。
「――救う人数に、自分を入れろと言ったはずだ」
強く、優しい声。
ただ、私は言葉が出ずに、黙り込んでいた。
キーンと耳鳴りがし、視界の端が白くなる。頭が、痛む。
坑道の奥からゴォン、ゴォンと低い音が鳴る。
奥へ足を進めると、採掘されたはずのない黒晶鉱の欠片が落ちており、不自然な魔法陣がぼうっと紫色に光っている。
それはまるで、私たちをここに誘い込むようだった。
――これは、何?
視界に、アネルが坑道の中で血を流し、倒れる未来が見える。
どうやっても、アネルは犠牲になってしまう。
そんな未来しか、見えなかった。
わけもわからずそれを見つめる、視界が、どんどん白くなり、頭がぎゅうぎゅうと締め付けられるような痛みを発する。耳はキーンと大きな金属音を発していた。
ただ、呼吸は荒く、足はガクガクと震え、身体が冷たくなっていくのを感じた。
ゴォン……ゴォン……。
山全体が震えだしているような轟音に、足元が、わずかに揺れる。
アネルが、鋭い瞳で、顔を上げる。
「ティルア。外へ出るぞ、ここは危ない!」
その瞬間、私の視界いっぱいに未来が弾けた。
崩れる坑道。
血を流すアネル。
私を庇う背中。
ぱらぱら、と頭上から小石が落ちる。
——嫌だ。
アネルがいない未来だけは、どうしても選びたくない。
次々と押し寄せる未来に、私は頭を抱えた。




