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最後の時詠みは、紅き魔導軍師を守りたい!  作者: 凪砂 いる
第二章 誰かの明日を守るために

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12.あなたが倒れる未来

 翌日、私は、早速解析帳を開き、ペンを走らせた。


 【見えたもの】

 白い皿。銀色の食器。倒れる杯。机へ崩れ落ちるアネル。


 【わかったこと】

 今日の魔導軍幹部会の昼食会らしい。


 【まだわからないこと】

 なぜ倒れるのか。

 事故なのか。誰かの意図なのか。

 アネルが死ぬのか。


 『アネルが、死ぬ』それを書く手だけが震えていた。


 アネルがこちらを見る。


 「何が見えた?」


 私は、震える声で、答える。


 「……明日の昼食会で、あなたが倒れます」


 アネルは少し黙って、静かに告げた。


 「私が……死ぬ未来か?」

 「そこまでは……見えていません」

 「なら、まだ死んでいない」


 私は、ほっとしたような、少しだけむっとしたような。複雑な気分だった。


 「……そういう問題ではありません」

 「未来だけで判断するなと言ったばかりだろう」

 「だから調べるんです」


 アネルは、ふっと笑ったあと、急に厳しい顔になる。


 「昼食会には、行く。未来を恐れて予定を変え続ければ、未来に行動を支配される。だが君の警告を無視するつもりもない」


 アネルは、少し表情を緩め、話を続けた。


 「昼食会は随行員を一名同行できる。安全確認担当として、ティルア。君を連れて行く」


 私は、なぜか、胸がぎゅっと締め付けられるような、少しだけ躍るような——何かが絡み合った気分だった。


 会議棟へ足を踏み入れると、磨き上げられた白い床に、高い窓から射す光が反射していた。

 長机の上には白磁の皿が等間隔に並び、銀色の食器と杯が静かな光を返している。


 ——私は足を止めた。


 白い皿。

 銀色の食器。

 銀の杯。


 ——見たものと、同じだ。


 それを見て、私の背に冷たいものが走る。


 しかし、同じだからといって毒があるとは決めつけたくないし、思いたくもない。


 運ばれてくる料理に目を凝らす。


 料理は——異常なし。

 飲み物——異常なし。


 私は首を傾げた。


 ——毒ではないのだろうか、そもそも、私は毒だと一度も見ていない。


 時間が近づき、魔導軍の幹部たちが集まってくる。


 そしてひとりの男性——警備局の制服を着た筋肉質の男性が、にやりと笑う。

 

 「ブリューム局長、新しい解析官を毒見役に連れてきたのか?」


 アネルの視線が凍てつくように鋭くなる。


 「彼女は魔導解析官だ。毒見役ではない。誂うのはやめてもらおうか。ヘルツェル警備局長」


 ヘルツェル警備局長がたじろぐ。


 「そ、そんな怖い顔をするなって。冗談だよ」

 「冗談になっていない」


 ヘルツェル警備局長が黙り込む。


 奥を見ると、ひとりの若い男性の給仕係が異様に緊張している。

 手が震え、何度もアネルの方を見ている。


 どう見ても、怪しい。


 その時、さっと視界にある光景が走る。

 

 ——あの人、アネルの杯へ手を伸ばす。もしかして、犯人?


 私は首を振る。

 アネルに言われたばかりではないか。


 では、なぜ、彼は杯に触れた?


 彼をよく見ると、ただ、杯を置き直しているだけ。


 別の給仕が、「局長用はこっちだ」と指示を飛ばしていた。

 あの給仕の男性は、何も知らないのだ。


 改めてアネルの席を見る。


 料理は正常。

 飲料も、同じ容器から他の幹部と同じように注がれている。


 なのに——なぜアネルだけが倒れる?

 違うのは、何?


 銀の表面に、油膜のような紫黒い光が一筋だけ浮かんでいた。


 昼食会が始まり、アネルが杯を手に取る。


 ——見た光景と、同じだ。


 私の心臓がどくりと嫌な音を立てて跳ねる。


 白い皿。

 銀色の食器。

 手に取られた銀色の杯。


 ——同じだ。


 アネルが杯を口元へ運ぼうとする。


 「アネル! 飲まないで!」


 思わず叫んでいた。

 周囲はしんと静まり返る。


 私は、震える手で杯を取り上げる。


 「この杯だけ、魔力の流れがおかしいです」


 さっとアネルの表情が険しくなる。


 「飲料ではないのか?」

 「……はい、おそらく、杯の縁に何か塗られています」


 ひとりの男性が杯を見る。見たことのない制服だ。アネルが「リースマン医務局長だ」と囁く。


 「これは……魔脈阻害剤だ。魔力経路が急激に塞がって逆流し、意識を失う……最悪、死に至る」


 ヘルツェル警備局長が指示を出す。


 「……あの給仕係の若者を捕らえろ!」


 給仕係の男性が、さっと青ざめる。


 「俺じゃありません! 本当に、この杯を出せと言われただけで……!」


 警護にあたっていた警備官が男性を捕らえようとする。


 「待ってください」


 警備官は訝しげな表情をした。

 

 「しかし、この男が杯を——」

 「杯を置いたことと、毒を塗ったことは、同じではありません」


 アネルが私の方を見る。


 私は、給仕係の男性に問いかける。


 「誰に頼まれましたか?」

 「顔は……見てません。配膳室で、黒い手袋をした人に。『ブリューム局長用だ』と……」


 黒い手袋、顔はわからない。結局、毒を仕込んだ人物までは分からないまま、昼食会は中止となった。


 私たちは二人で、戦略局への道を歩いていた。

 私の手は、カタカタと震えが止まらない。

 

 「ティルア?」


 アネルが私の方を見る。アネルは、ここにいる。


 「……何でも、ありません」


 彼はふっと笑い、私に言う。


 「助かった。ありがとう」


 その瞬間、私の胸の奥がぎゅっと痛む。

 私は震えた声で呟く。


 「あなたが倒れるところを見ました」


 アネルが、肩に、ぽん、と手を置く。


 「分かっている」

 「……嫌でした」


 私は俯く。


 「……嫌だったんです」

 「何が?」

 「あなたが倒れるところを見るのが」


 アネルが正面を向く。


 「……そうか」


 戦略局へ戻る道は、私たちのあいだに沈黙だけが続いていた。


 局長室に戻り、アネルが昼食を食べそこねていることに気がついた。


 「アネル、昼食を食べていません」

 「……そうだな」

 「食事も業務だと、ユスティンさんが言っていました」

 「余計なことを覚えなくていい」


 私は鞄の中から、パンを取り出して、アネルの前に置く。

 

 「食べてください」

 「これは支給品か?」

 「いいえ。命令です」


 アネルはたじろいだあと、微笑んだ。


 その夜、私は自室で考えにふけっていた。

 なぜだか眠れずに、鞄から解析帳を取り出し、ペンを走らせる。


 【見えたもの】

 アネルが倒れる未来。


 【わかったこと】

 銀の杯に毒が仕込まれていた。


 【まだわからないこと】

 誰が、アネルを殺そうとしたのか。


 そして、もうひとつ。——アネルが倒れる未来を見たとき、なぜあれほど胸が痛んだのか。

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