11−11. 孤児院にて
王都近郊の孤児院に、モントローズ家の侍従と下男がやって来た。
「明日の午後、ジェニーさんがここを訪れるから、午後には出かけない様に」
「ええっ?ジェニーが帰ってくるの!?」
ニアやケイなど女の子達が声を上げたが…
「いや、仕事が忙しくなったので、顔を出すだけだ」
「ええぇ……」
ニアや幼い子達は泣き出した。
そこで、最年長のピートが立ち上がって言った。
「なぁ、ジェニーは俺達に根気強く仕事を教えてくれただろう?生きていくには仕事をしないといけない、そう教えてくれたんだ。ジェニーはジェニーで仕事があるんだ。きっと俺達7人よりもっと多くの人を助けようとしてるんだ。ジェニーの足を引っ張らないで、笑って送り出してやろう。だから、泣くのは今日だけで、明日はジェニーと笑って話そう」
それでもニア達はぐずぐずと鼻を啜っていた。だから、ピートは妹のニアに近づいて言った。
「ニア、お前はジェニーの事を母さんみたいに思ってたって言ったろ?だったら、ジェニーを見習って、大人になったらジェニーみたいになるんだ。ジェニーがお前だったら、ジェニーの仕事を邪魔して泣いたりしないぞ?だから、もうこっちは大丈夫、ジェニーはジェニーで頑張って、って言ってやれ。ジェニーも喜ぶぞ」
ニアは呟いた。
「そう言ったら、ジェニーは喜ぶかなぁ…」
「まだまだ子供のニア達に励まされたら喜ぶさ」
女の子達は、大好きな人が喜ぶ、と聞いて、明日は明るく振舞おうと思った。
翌日の午後、元占い師は、薄い茶色い髪と薄い黄色い瞳を白日の下に晒して現れた。集まって来た子供達は、ジェニーが顔を晒しているのに驚いた。
ニアは口にした。
「ジェニー、額の傷が無くなってる…」
元占い師のジェニーはにっこり笑って話した。
「聖魔法師に治してもらったのよ。気にしてくれてありがとう。みんな、顔色は悪くないわね。良かった」
自分達を気遣う言葉を聞いて、子供達は我慢が出来なくなった。ピート以外の子供達はジェニーに抱きついた。
「わぁん!ジェニー!」
「会いたかったんだよ!」
「寂しかったよ!!」
ジェニーは一人一人の頭を撫でてあげた。
ジェニーと子供達は雑穀の粉を使って焼き菓子を作った。竈の上に置いた鉄板の上で水を加えた雑穀の粉を薄く広げて焼き、ジャムをひと匙落として巻いた。
「甘いねぇ~」
「ジャムが高いから、てん菜を使ってみたかったのだけれど、泥臭いので止めたの」
「てん菜?」
「お砂糖を取る大根なんだけどね。食べようとするとあまりおいしくなくて」
ちなみに、同行していたスチュアートは気を使ってジャムは使わなかった。騎士団あがりの人間だから、何でも塩をふれば食べられる程度の味覚の持ち主だったのだ。
皆が野草茶を飲み終わった後、ジェニーは皆に向かって言った。
「帝国の方でお仕事があってね。王国の方には滅多に来れなくなりそうなの。モントローズ家の支援はこれからももらえるそうなんだけど、私はここからは離れる事になります」
子供達は俯いてしまったが、ニアが意を決して立ち上がった。
「大丈夫だよ、ジェニー。私達は私達で頑張るから、ジェニーはジェニーで頑張って……」
語尾は言葉にならなかった。ニアは涙を流してしゃくりあげてしまった。
ジェニーはニアに近寄って抱きしめた。ニアもジェニーに抱きついた。そんなニアの額に、ジェニーはキスをした。
一人一人が立ち上がってジェニーに告げた。
「私達もしっかりするから、ジェニーは心配しないで」
「ジェニー、ぼくも頑張るよ…」
一人一人が言葉をかけるとジェニーに抱きついた。だからジェニーも抱きしめて、そして額にキスをしてあげた。
最後にピートがジェニーの前に立った。
「俺が何とかするから、ジェニーは心配しないで良いぞ」
ピートはジェニーに抱きつかなかったけれど、ジェニーから近づいてピートを抱きしめた。そして、額にキスをした。
モントローズ家の馬車で孤児院を去るジェニーを、子供達は門の前で見送った。
「ジェニー、元気でね!」
「またね!」
そうは言っても、子供達はもうジェニーと会う事は無いと理解していた。額の傷がなく、顔を晒したジェニーは貧民街には似つかわしくない美人だったから。生きる世界の違いを感じてしまったのだ。
とりあえず、ピート頑張れ、とだけ。




