11−12. 墓標なき墓
アンジェリーナとスチュアート・モントローズは、ギルバート王太子の立太子式に出席を伝えた時、マーシア王室に一つの申請をした。墓標なき墓に葬られている者のお参りをしたいと告げたのだ。帝国と勝手に戦争をして自害したフレドリックに対する弔意を現した事で、王も王妃もアンジェリーナに対する敵意が薄まった。もちろん、アンジェリーナがその申請をしたのは、外交的配慮からでは無かった。
黒のスーツ姿のスチュアートが飾りのない黒いドレスのアンジェリーナをエスコートし、近衛騎士の先導で王家の墓地の外れにやって来た。
「こちらです」
その周囲は雑草こそ抜かれているが、花の咲かない花壇の様に土が露出しているだけだった。
アンジェリーナがちら、とスチュアートを見ると、スチュアートも頷いた。よく見ると人の拳大の石が置いてあった。その石に向かい、二人は指を組んで瞳を閉じた。
レノックス公とスペンサー候が組んで、留学の際にアンジェリーナ暗殺を企てなければ、フレドリックがこんな場所に眠る事は無かった。それでも、フレドリックがこの場所に転がり落ちたのは、やはり本人の資質に依った。
(王家、皇室に近寄る者は、半分以上が己の利益の為に高貴な存在を利用しようとする者。だから、彼等が自分や王室に災いを運んで来る事を警戒しないといけない)
平民に身をやつする事の多いアンジェリーナには権力者として近づいて来る人間はいなかった。今はもっとも詐欺師が近づきやすい立場になったが。
(暗殺剣の教師が、人の裏を教えてくれた)
貴族達が、マフィア達が、あるいは素人の筈の商人達が裏工作を続けている事を知った。
(あの暗殺者、糞親父より私の未来を見通していたのじゃないのか)
アンジェリーナの周りには良い教師が多かった。いや、本来の教師はアンジェリーナを貶める発言ばかりしていた様だが。
(アンナ・モートンを想った王子には、政治の裏を、人々の裏を教えてくれる者がいなかったのか)
言葉は裏にも表にもとれる。偽皇女を助けようとする人の良い男は、結局は人の裏を読めない男だったのか。
(良い人ではあったのだろう。アンナは好感は持っていた)
それでも、足場の固まっていないアンナは恋に落ちるほど不用心ではなかった。
(後ろ盾のない女は、高貴な身分の者の言葉など信用しない。そんな者の一言で、平民など簡単に命を奪われるのだから)
高貴な人間でさえ、足元が見えていなければこんな風に墓標の無い墓に埋められてしまうのだ。
アンジェリーナにはフレドリックの死に対して負い目は無かった。自分もレノックス公達の被害者だし、アンナも被害者で、フレドリックも被害者だ。そして、父に従順だったというフレドリックが父に自害を命じられるという事は、どこかで父に見限られたのだ。
エグバートなら、アンジェリーナが馬鹿な事をしようとするなら罵倒くらいするだろう。それすらされなくなれば、見限られたという事だ。
そろそろスチュアートの祈りも終わった気配がした。だから、アンジェリーナも瞳を開いて、横目でスチュアートを見た。横目で見つめるアンジェリーナに、スチュアートが口を開いた。
「奴が、ある頃から私を下に見たがっている事に気付いたんだ。ダリウスが王、奴がそれを支える。それが第一の未来だった筈だが、ダリウスが奴を嫌っている以上、第二の未来の可能性が高くなっていた。それは多分、奴が王、私が奴を支えるという未来だった。ダリウスも奴もさすが兄弟と言うべきか、自分より評判の良い部下を厭っていたんだ。そうなると、私としては自分を正当に評価しない奴に仕えるのは嫌だった」
アンジェリーナは横目で見つめるだけだった。だからスチュアートは言葉を続けた。
「だけど、今思い出すのはもっと前の事で。ダリウスは部屋に引きこもるタイプだったが、奴は外で遊びたがった。だから、私と二人で王宮の庭を走り回った事もあったんだ。奴が10才になる前、私が14才になる前の事だ」
アンジェリーナは半歩スチュア―トに近づき、左手でスチュアートの右手を掴んだ。
「あなたは兄でもなければ父でもないのだから、責任を感じる必要はないわ。時々、仲が良かった時の事を思い出してあげれば、故人も喜んでくれる、そのくらいの気持ちで良いのよ」
「すまない。主人に心配をかけて」
「構わないわ。誰だって落ち込む事があるから、あなたがそうなら、ママに甘えてくれて良いのよ」
「私の方が年上なんだがな……」
「男なんて、普段は女に従順である事を望むのに、いざとなったら母として甘えさせる事を求めるものよ。どちらが年上なんて関係なしに」
それは、母はいても母の愛は得られなかったこの女性の望む事の様にもスチュアートには思えた。
「すまん。時には私が父として甘えられる様にする」
「父親に甘える趣味は無いわ」
それこそこの女性の本音を表している様にスチュアートには思えた。母には無関心だ。一方、父親には憎まれ口を叩き、越えるべき存在と見ている。父親とは信頼関係が一応あるのだろう。
「すまん。いずれ君を包める男になってみせる」
「そこまで気張らなくて良いわ。背中を守ってくれるなら」
「とは言え、君は情が深い女だ。せめて私くらいはママの息子ではなく、支えてやる男でないと、君の負担が大きい」
「そこまで情が深い訳じゃないわ。どこかで割り切るし」
「割り切らないと切れないのだろう。そんな時は泥を被ってやるさ」
アンジェリーナから見ると、スチュアートの見ている自分は幻想の部分が大きい気がするが、いずれ気付く日もあるだろう。
「まあ、出来る範囲でやって行きましょう。あなたは無理が効く方だから、頼りにしてるわ」
「頭に対する評価が低い気がするが、まあよかろう」
「気持ちの良い男とは思っているわ」
「…まあ、頭脳面でもアピールしてみせるさ」
「期待しないで待ってるわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
向日葵の様な人は出てきませんでした。そこは花言葉から取りました。
「あこがれ」「あなただけを愛す」
向日葵の花言葉はそんな言葉ですが、海外では別の花言葉があるそうです。
「偽りの富」「偽りの愛」
インカ帝国で向日葵が大切にされた事に由来するそうです。そういう訳で、タイトルで「そっちのアンジェリーナは偽物」と示していた訳です。
月下美人はあのシーンに由来します。スチュアートが占い師の正体に気づく夜。月下美人は「夜の女王」などとも言われますので。
両国はそれぞれ問題がありましたが、つまるところ肝心の人物が育ったかどうかで結末が変わっております。その辺り、もう少し練れたかなぁ…とは反省しております。
次回作は某短編を見ていただければ分かる通り、もっと明るい話になる予定です。10月中旬開始予定です。少しでもお読みいただければ幸いです。




