11−8. 帝国の後継者
帝国の皇帝エグバートは、正妃の二人の娘、エルザとグレースを呼び、アンジェリーナを控えさせ、幽閉していたヴィクトリア妃とエゼルウルフと対面した。ちなみに、アンリエッタ妃は身の危険を理由にアルフレッドと共に出席を辞退した。
ヴィクトリア妃は一気に老けていた。侍女が懸命に化粧をしたが、深い皺が何本も現れていた。そして、エゼルウルフは…毛の付け根が茶色になっていた。瞳も茶色に変わっていた。
エグバートが視線を向けるや否や、アンリエッタは捲し立てた。
「髪の色が違うとか!瞳の色が違うとか!そんな事で私の不義を疑うのですか!」
エグバートは冷たく答えた。
「ここまで隠そうそするから疑いを持たれるのだ」
「隠さずとも疑ったのでしょう!何が何でも私が悪い事にしたいのですか!」
「もし本当に不義が無いとしたら、それこそ余計な事をするから疑われるのだ」
「それで!私の実家を滅ぼした後!疑いだけで私の乳のみ兄弟を殺したのですか!」
「何年前にレノックス領に送られたと思っているのだ。とっくに行方不明になっている。嘘に嘘を重ねるお前の兄ジャービスが、真実を語るかもしれない証人を生かしておく訳がないだろう」
アンリエッタは唇を噛みしめた。
そして、エゼルウルフは母親から1カ月離された成果なのか、もう頬を膨らませるのは止めていた。だから頬骨が出ている顔が皆によく見えた。
「アンリエッタ、お前とは離縁の上、一代限りの女男爵の爵位を与える。領地は無い。北中部の皇室領で暮らせ。エゼルウルフは一旦お前と同行させるが、1年別居の後に同居するかそのまま別居するかをエゼルウルフに選ばせる」
「この年にして一人で暮らせと言うのですか……」
「エゼルウルフには、本人が望むなら愛人くらい付けてやる。ただし、子を作る事は許さん」
アンリエッタは項垂れるしかなかった。
アンリエッタとエゼルウルフを退去させた後、エグバートはエルザとグレースに問うた。
「お前等はどうしたい?」
二人は迷いなく答えた。
「相手は問いませんので、嫁入り先を決めていただきたいです」
「出遅れておりますので、早急にお願いします」
エグバートも多少気後れする勢いだった。
「爵位はともかく、人柄の良さそうな相手を見繕ってやる」
「それでお願いします」
「是非ともお願いします」
結婚の失敗例を目前に見ただけに、爵位より人柄を優先したい二人だった。そして、二人は帝位継承については問う事は無かった。今回の反乱騒動を治めたのは誰かが明らかだったからだ。
アンジェリーナを後継者にすると言うエグバートの意向は、侍従を介して口頭でアンリエッタに伝えられた。
アンリエッタはその場にへたり込む程ショックを受けた。それを見たアルフレッド王子は母の手を取って言った。
「母上、良いではないですか。面倒な仕事はアンジェリーナがやってくれるのです。感謝して良いくらいです」
アンリエッタはあまり自分からは口を開かない息子が積極的に話した事、その内容に驚いた。
「……あなたはそれで良いのですか?」
「暗殺を恐れてこんな所にずっと隠れている、そんな人物に皇帝は務まりませんよ。貴族に知り合いもいませんし、皇帝になったところでスペンサー候の操り人形として生きていく以外何も出来ないでしょう。このまま無能として生きていけば、妹も私を暗殺しようとは思わないでしょう。高い立場になっても暗殺など心配しない人物にしか、皇帝は務まらないと思いますよ」
アルフレッドが自分の事を『無能』と言った事に、アンリエッタは愕然とした。
「あなたは、自分の事を無能と思っているのですか?」
「籠の中の鳥がどんなに綺麗に囀ったところで、人間には意味がないです。ただの音です。こんな所に捕らえられている私は、多くの人にとっては世間知らずの無能と映っているでしょう」
「それが不満なら、そう言ってくれれば良かったのに…」
「不満はないから甘受していたのです。例えば、あの皇帝陛下の巨大な魔力の傍で、陛下の仕事を教えられたとします。私なら気が狂ってしまいますよ。恐怖で。それなのに、妹は毎年の食事会の時、一度も皇帝陛下の魔力に怯えるそぶりを見せた事がありません。平然と食事を済ませていましたよ、私より年下なのに。ああ、彼女はこんな魔力を恐れもしないのだな、と思ったものです。そんな怪物の娘に相応しい怪物が、怪物の跡継ぎには相応しいと思いますよ」
アンリエッタは息子と18年共に暮らして、初めて息子の本音を知った。
「あなたは、私や兄上の望みを分かっていてそんな事を考えていたのですか……」
「もちろん、何度も聞かされましたから。でも、自分に相応しくない高みに登れば、墜落して死ぬのが普通でしょう?だからレノックス家は滅んだのです。そんな未来が想像出来ないほど、私は愚かではないつもりです。無能ですが」
アンリエッタが手塩にかけて育てた息子は、まるで母親の気持ちを斟酌しない様に育った事が今になって分かった。従順なフリをして他の事を考えていたのだ。
それはそうだ。人は人形ではない。なのに人形として育てようとすれば、仮面を被るに決まっているのだ。




