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2−4. バカン伯爵邸の夜

 土曜の夕暮れ、占い師は早めに閉店の札を出した。穏やかな日が続く春には、病にかかる者も少ないからこういう日が多くなっている。


 竈に火を入れて湯を沸かして茶を淹れ、固くなったパンと干し魚を炙って夕食とする。王国南部の港町で秋から冬に干された魚介は冬から春の王都のマーケットに並ぶ。夏季の食当たりを避ける為に春の内に売り尽くされてしまうが。


 日が暮れた頃、裏通りを黒装束の人物が小走りに移動していた。上位貴族街のバカン伯爵のタウンハウスには、夜会の客が皆到着していた。もっとも、早めに帰る客もいる為、馬車が通れる正門は開け放たれていた。


 正門の横に人間だけが通れる小門があり、その内外に立哨の騎士が立っていた。よって、彼等はつむじ風の様に通り過ぎた黒装束を視認する事が出来なかった。小門の内外にかけられていた小さなオイルランプでは、正門が開け放たれた空間全てを照らす事は難しかったのだ。


 黒装束は事前に確認した敷地内の人目を避けられる場所を通り、屋敷に取り付いた。地下、1階、2階、屋根裏の隠し部屋と紙に記入していった。


 夜会は南側の応接室とその屋外へ続く扉を開けた先に並べられたテーブルで行われていた。


 問題は2階にあった。こちらを解決する前に夜会の参加人物を軽く探ってみる。魔力が強そうな男がいる…モントゴメリー侯爵という単語が聞こえる。確かモントゴメリー候は伝統貴族寄りの人間だ、こいつを巻き込むのが良いだろう。


 屋敷の東階段に忍び寄る。階段下に立哨の男がいる。2階に人が上がるのを嫌がっている訳だ。音もなく忍び寄り鳩尾に肘打ちを食らわせる。崩れ落ちる体を支えて横にしておく。


 音を立てずに2階に上がり、やはり部屋の前に立つ二人の男を次々と倒す。倒れる音を最小限にする方が苦労するくらい、立哨の男達は荒事に弱い。部屋の扉を小さく開けると、言い争う言葉が聞こえる。


「男と二人きりになって、今更嫌もないだろ?」

「そんな!家と家の事で話があるからと仰るから付いてきただけです!お話しが無いなら帰ります!」

「お前の両親はもうお前を売ったんだよ。男爵家の娘風情が伯爵家の跡取りの愛人になれるんだから、良い話だろ?」

「やめて、キャッ!!」


 男は焦れたらしく、女をベッドに突き倒した…さて、男と言うものがやらかす場合、真実の愛だとかより単純に性欲による事が多い。つまり、頭に血が上るの逆、下半身に(自粛…)おかげで頭が回らないのだ。


 だから黒装束は音だけ立てない様につかつかと男の背後に近寄っていった。ここまで近づいても気付かない下半身男を口元だけ歪めて嘲笑いつつ、黒装束は左足を軸に右足を振り上げ、くるりと回転しながら延髄に蹴り下ろした。男は最後まで気付かずに床面に叩きつけられ昏倒した。


「だ、誰?」

「話は聞いた。親が頼れないなら、庭にいるモントゴメリー候を頼れ。こいつはバカン伯の息子なのだろう?」

「え、ええ」

「東階段を使え。急げ!」

「はいっ」


 令嬢が扉から出ていくのを見て、黒装束は窓を開けて飛び降りた。音もなく滑空して着地した黒装束は、馬小屋へ走った。


 それぞれの馬房の扉を開け、最後にそれぞれの馬の尻付近で空気を圧縮、破裂させた。驚いた馬が次々と敷地の四方に走り出し、そこかしこで嘶きを上げた。


 馬が騒いでいるのを聞いた使用人達が対処に動きだしたところ、庭に出ていた貴族達の中で会話があった。

「馬が騒いでいる様です。モントゴメリー候、中に移動されてはいかがでしょうか」

「そうだな」

その会話を聞いた令嬢が近づいて声を上げた。彼女はモントゴメリー候の顔を知らなかったんだ。

「あの、侯爵閣下、失礼ながら、お力添えをお願いいたしたく…」

令嬢の衣服が少し乱れているのを見たモントゴメリー候は尋ねた。

「ああ、ご令嬢が困っているなら力を貸すのはやぶさかではない。まあ、中に入って話を聞かせてくれ」


 数頭の馬が正門から逃げ出すのに混じって黒装束もバカン伯の敷地を脱した。

下位貴族街を抜けようとした時、正面に立つ男がいた。

(スチュアート…モントローズ…魔法偽装を見破ったか)


 占い師として額の傷を見せる為に近づいた時に気付いた。この男も魔力を隠していると。王弟の次男が魔力を隠している…その意味合いは大きい。つまり、今の王家と近親者の中では、魔力を隠す必要がある…でないと警戒される程に魔力が優れているのだ。


 だからと言ってスチュアートに魔力でも魔法操作技術でも不覚を取るとは思わない。問題は剣での勝負だ。若くして正騎士の体つきを持つスチュアートは、同時に動作に隙の無い男である。達人とまではいかないまでも、達人に教えを受けた手練れである事が伺える。


 所詮16才相当の女性の体力しかない占い師…今は黒装束の不審者だが、そんなスチュアートと対峙するには魔力の補助が必要だった。その状態で至近距離で魔法をぶつけられた場合、手傷を負う可能性が高い。


 では距離をおくべきか。それで長距離魔法を受けて街を破壊するのは占い師の本意ではない。スチュアートも騎士としてその様な事はしないとは思うが、この男が何をしに出かけて来たのかが分からない。

 余計な事をしないのが裏の仕事のルールと思うのですがね。

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