2−5. 朝の邂逅
いっそ最初から魔法のみで攻撃を受けるか…唇を嚙みながら黒装束はスチュアートに向かった。スチュアートの剣の間合いに入る寸前、黒装束は壁に飛んだ。そして壁を蹴ってスチュアートの横を通り過ぎるが、スチュアートは腕を組んだままこちらを睨みつけるだけだった。
(何しに来たのよ!?)
黒装束はそのまま、いつもの潰れた飲み屋に戻る事無く、夜の町に消えて行った。
翌朝、何食わぬ顔で王都の門を出る占い師を、比較的質素な服装を着て壁にもたれかかったスチュアート・モントローズが待っていた。
「困った事があれば相談に乗ると言った筈だ。何故、危ない橋を渡る?」
「何のことでございましょう?日々、地道に稼いでおりますよ」
通り過ぎる占い師をスチュアートはいつまでも睨んでいた。見かねた従者が声をかけた。
「スチュアート様、その様に女性を見つめていては、噂になりますよ」
むすっとしたままスチュアートは応えた。
「それで親父が妙な縁談を持って来なくなるなら、その方が良いぞ」
スチュアートの父は王弟にあたるが、元々父王の治世に満足していなかったし、その後を継いだ兄の治世にも満足していなかった。だから、金を集めて影響力を高める商人系の貴族達に対抗する為、伝統貴族の娘との縁談を持って来るのだ。
幼い頃から魔法では目立たぬ為に武を磨いて来たスチュアートは、どちらかと言えば女性好みの細面ではない、武人らしい迫力のある顔に育った。その上、縁を繋ぐ為だけの中身のない女との結婚など乗り気でないから、見合いは礼を失しない程度の寡黙さを貫いた。
故にその迫力に、見合いに来た年若い令嬢達は皆怖がって断りの返事を送って来ていた。そんな迫力を上手に受け流す女は殆どいない。
王都内に戻ったスチュアートと従者は、平民街に妙な人の流れを見た。
「何かあるのでしょうか?」
従者の言葉にスチュアートは応えた。
「見慣れた魔力が歩いているよ…挨拶くらいはしておくか。礼儀として」
平民街では大柄で無い平服がまず二人、流れを分けていた。その後ろに貴族にしては質素な服を着た二人が続き、その後ろに男女が並んで歩いている。その後ろに平服ながら侍女と思しき女とやはり貴族が並び、その後ろにやはり平服の体格の良い男達が続いていた。
(これでお忍びのつもりなのだから、お坊ちゃんは違うな)
そう思いながらスチュアートは侍女と並んで歩く貴族に見える様に小さく手を上げた。その貴族、イアン・ダグラスは前を歩く王子、フレドリックに近づき、耳打ちした。隣の女性に一声かけてから、フレドリックはスチュアートに近づいて来た。
(まあ、お忍びだから、このくらいで良いだろう)
スチュアートは会釈をしてそのまま王子の足元を見つめた。
「従弟殿が珍しい恰好をされているな、野暮用でもありましたか」
「殿下程ではありませんよ。時には警ら以外にも見て回る事がありまして」
女連れで平民街を歩いているのを従弟に見られてフレドリックは若干頭に血が昇った。
「従弟殿もまた見合いで断られたとか。もう少し女性に優しくされてはどうか」
「兄は身を固めておりますので、私あたりは王家のお二人の相手が決まらないとどうせ決まりませんよ。来年には殿下もお相手が決まりましょう。衆目を気になされた方がよろしいのでは、と愚考しますよ」
「今日の客は留学生だ。世話を父から任されている故、軽挙に及んでいる訳ではない」
フレドリックが微妙な語勢になってきた。
(この従弟の王子は、どうも自分に思うところがある様だが。連れの女の手前もあるのだ、流せないものかね。まあこちらが流してやれば良いのだが)
「なるほど、異国の客とあればもてなしは丁重になさるが良いでしょう。お時間をいただきありがとうございました」
「うむ。従弟殿も仕事に励まれよ」
(君に仕えている訳ではないから、大きなお世話だよ)
スチュアートは心の中で反論した。スチュアートもこの王子には思うところがあるのだ。
フレドリックの連れの女性は、彼と同年代に見えた。同級の留学生、その人物に思い当たる事があった。だからスチュアートは侍従に話しかけた。
「殿下は皇女殿下と仲が良いのか?」
「陛下から世話を焼くように下命されたと聞いております」
二人は帝国の皇女の横顔を眺めた。年齢なりの可愛さはあるが、長じても美女と言うより可愛げが残りそうな顔に見えた。
「鼻が小さいのは可憐かもしれんな」
「そこは化粧で何とかなるのでは?」
「ああいうのが好みの男もいる訳だ」
「同年代ならそうでしょう」
つまり、スチュアートも侍従も、皇女にそれらしい美貌も威厳も感じなかった。スチュアートに至っては魔力も評価していた。
(あの火烈帝の娘なら、いるだけで周囲を威圧するくらいのものが欲しいな。下位貴族並ではな)
侍従は思い出した事を付け足した。
「そう言えば皇女殿下はフレドリック殿下の紹介で、週末には数人の治療を聖魔法で行っているそうです。『帝国の聖女』と呼ぶ者もいる様です」
スチュアートとしては鼻で笑うしかなかった。週数人治すだけで聖女とは、随分小粒な聖女だな、と。本当の聖女ならもっと貧しい人々を救おうと、無償の奉仕を振り撒くだろう。顔も正体も隠したまま王国の底辺に住む人々を救おうとするあの少女の様に。




