11−4. 偽アンジェリーナの移送
王国にいる偽アンジェリーナは、もう帝国に引き渡す以外の行き場が無かった。王国の申し入れに対し、帝国は急ぎ馬車と護衛騎士を寄越して来た。
帝国騎士団が到着して翌日に出発という時点で、フレドリック並びにイアン・ダグラスから出ていた、アンジェリーナと称する人物へのイアンの面会申請の許可が下りた。
イアンはなるべく感情を押さえて喋ろうとしていた。
「フレドリック殿下からの伝言…もう遺言になってしまいましたが、それを伝えます。
『もう君を守れない。力になれずに申し訳ない』と」
偽アンジェリーナ…アンナ・モートンには最初の言葉の方が気になった。
「その、遺言と言うのは、どういう事でしょうか?」
既にウィグムント王はこの女を偽物と判断しているので、何らかの行動を起こされない様に、情報は遮断されていた。だからアンナは何も知らされていなかった。
イアンはフレドリックに罪悪感を抱いていた為、それを口にしなければならない事に苛立った。
「どうもこうも無い!名目上の指揮官として勝手に戦争を始めて負けた!それで王が退位しなければならなくなった!そんな王子が生きていける訳がないだろう!」
「な…何でそんな事に……」
「決まってるだろう!?あんたが殿下に縋ったからじゃないか!」
「す…縋るって……」
「哀れだよ殿下は!あんたの為に死ぬことになったのに!本人は全く責任を感じていないんだからな!」
「せ…責任……」
「別にそれで良いよ!それがあんたの生き方ならな!じゃあ、殿下の遺言は伝えたぞ!」
そう言ってイアンは部屋を出て行った。
残されたアンナはその場でへたり込んで動けなかった。侍女が部屋の隅に立っていたが、彼女からアンナに話しかける事は無かった。既にアンナの扱いは『偽アンジェリーナ』であり、客待遇の容疑者程度の扱いだったんだ。
(私が望んだ事じゃないのに…何で、私が悪い事に…いや、王子様なら何とか出来るのじゃないかと思って話した私がやっぱり悪いのか…あの人が帝国で死んだ王国の兵士の責任を取るというなら、私にも責任があるのかもしれない……)
翌朝、離宮の侍女達はアンナに貴族令嬢としては簡素な服を着せた。
以後、王国側からは侍女もメイドも付けない為、一人で着替えられる服を着せたんだ。やがて、アンナの部屋に近衛の女性騎士がやって来てアンナを先導した。
馬車乗り場の手前の待合室で帝国側の護衛騎士と王国側の近衛騎士団長が待っていた。その場には拘束されている大使館員が立ち合った。
「間違いありません」
その証言を得て、両国の騎士は書面にサインをした。アンナは帝国側の女性騎士に手を取られ、馬車に乗り込んだ。
こうして偽アンジェリーナは帝国側に渡された。
以後、各地貴族の館の客室を借りてアンナを宿泊させながら一行は東へ進んだ。各貴族はアンナの世話の為に侍女・メイドを付けた。一応貴族令嬢相当の客人として遇した。
アンナと帝国騎士の旅路に、見届けの為に王国側から2騎が付いて行った。その2騎はアシュフォードの街まで付いて行き、アンナが国境を越えるのを見届けて王都へ帰って行った。
一方、偽アンジェリーナ護送の騎士団と共に、大使館員護送の部隊も王都に入っていた。こちらは大使館を監視していた王国第一騎士団の監視員の立ち合いで帝国側に引き渡され、漏れなく全員帝国へ護送される事になった。
当然大使も本国送還となり、新しい大使はレノックス公ともスペンサー候とも無関係の者が就任した。
ウィグムント王はロジアン候に手紙を書いていた。
「息子の事で迷惑をかけ済まなかった」
これはロジアン候の責任を許し、思い止まらせるものだった。それでもロジアン候は忠義の人であった。
偽アンジェリーナの帝国への移動を確認し次第、ロジアン候は自害した。まだ若いフレドリックを一人で黄泉路に旅立たせる事は出来なかったのだ。
彼の遺言の一通はウィグムント王に宛てられたものだった。
『此度の出征は、タカ派を気取る扇動家達の正体を暴く為のものでした。かつて我が家を愚弄し、我が弟・家臣達の墓に泥を投げた者達に必ず復讐すると当時に決心した事、それを実行したものです。フレドリック殿下にご迷惑をおかけしたくはありませんでしたが、旗頭が必用でした。殿下は私の為に泥を被らされたと考えております。殿下が自害された以上、私も同道する以外に道はありません。もし出来ましたら、どなたかが殿下の眠る場所へ、偽アンジェリーナ殿の顛末と共に、愚かな男がせめて責任を取ったとご報告いただけないでしょうか』
ウィグムント王は自らフレドリックの眠る場所へ赴き、前ロジアン侯爵の遺書を読み上げた。王自身にも息子を死に追いやった原因があると自覚していたのだ。




