11−3. 貴族議会での決議
貴族議会の小委員会は、兵を見捨てて自分達だけで戻って来た者達を、貴族としては否定する必用を感じた。一握りの部下だけでも同行させて戻ってくるべきだったと考えた。この行為を許せば貴族に従う平民はいなくなる。
また、部下の外国平民への暴行・窃盗などを認めない貴族も問題視された。つまり、自分の影響力のある土地で治安維持に勤めない事は、各地領地の領主である貴族に相応しくない。
軍旗問題は帝国大使館の工作であり、本件で議会としては帝国大使館の非難を必用と考えた。ただし、関わったソルトーン男爵に責任の一端はあった。また、大使館員が10名も逃げ出した事から、彼等が皇帝の命でなくレノックス公の影響で動いていた事も明らかだったので、彼等の引き渡しを帝国側に打診する事とした。
よって、商人系新興貴族は国王への進退伺提出、アシュフォードで問題を起こした兵の上司は進退伺の提出と対帝国賠償金の一部負担の申し出となった。
敗残兵をまとめ帰って来たロジアン侯爵以外の貴族は、賠償金の一部負担の申し出を勧告、ロジアン侯爵は事実上の侵攻部隊の指揮官だったが、タカ派貴族の『同志であり上下なし』発言があった事から、進退伺の提出を勧告された。
実際には、勝手に外征を行い失敗し、国王の退位が決まった事から、ロジアン侯爵の爵位返上申し出が必用と思われたが、彼を重罪にすると、名目上の指揮官のフレドリック殿下にも重い罪が問われる事になる。だからロジアン侯爵の処分は慎重に考えられたのだ。
決議に対してロジアン侯爵は謝意を述べた。
「事情があるとは言え、この様な処分のご検討をいただいた諸氏に感謝する。国王陛下と国家に多大なる損害を与えた事を深く謝罪すると共に、本件でこれ以上若い命が失われない事を熱望する。責任は私にある」
これらの処分内容で貴族議会は決を採り、内容を宰相、貴族議会議長、そしてヴィンセント・モントローズが揃って国王へ報告へ向かった。
「貴公達の意見は分かった。侵攻に参加した貴族はこの決議に従って速やかに行動する事を期待する。フレドリックの処分については、後日通告する」
貴族側の気持ちはウィグムント王にも伝わったが、フレドリックに温情を示すか否かは、もう一つの情報が必用だった。だから、ウィグムントはフレドリックを私室に呼び出した。
「貴族議会はロジアン候に対する処分を一段甘くして決議を行った。つまり、実質上の指揮官を重罰に処すと、名目上の指揮官も重罰に処す必用があるからだ。議会はお前に対して温情を求めている」
「……ありがとうございます」
「しかし、お前の処分を決める前に、聞いておかねばならぬ事がある」
「はい」
「一つ、お前は侵攻前に、離宮にいるアンジェリーナと称する者が偽物であると知っていたのか」
「……知っておりました」
「もう一つ。アンジェリーナと称する者に関して、侵攻前に帝国大使館の誰かと話をしたのか」
「話をしました」
「分かった。引き続き謹慎を続けよ」
フレドリックは王がこの質問を最後にした意味を重く受け止めた。これを聞かれるまで話さなかったのは、話したくなかったからだ。今だから分かる、王である父に話をしなかった事、これは、父を信用していないと言う事だ。一方、帝国の者とは話をする、これは、外国と結託していると言える。王を信じず、外国を信じる。そんな王子は王には不要だ。
もっとも、この時点では王にはまだ迷いがあった。
しかし、街の噂が王子に責任を問うものに変った。
「何でも、今離宮にいるアンジェリーナ皇女は偽物らしいぜ」
「何だって!?結局また帝国は俺達を騙したのかよ!」
「しかも、フレドリック王子はそれを知っていて、皇帝が偽皇女を処分するのを邪魔するために侵攻部隊に加わったって言うぜ」
「はぁ!?惚れた女の為に貴族を動かし、その兵士を死なせたってのかよ!?」
「それで働いた貴族が処分されて、王子様は処分なしらしいぜ」
「何だよ、それ!?酷い話じゃねぇか」
他の噂話はもっと酷かった。
「何でも離宮にいるアンジェリーナ皇女は偽物で、それが皇帝にバレたから、処分から逃げる為にフレドリック王子に泣きついて出兵してもらったって言うぜ」
「何だって!?そんな理由で出兵が行われたのかよ!?」
「それまで騙しておいて、危なくなったら男を誑し込むって、酷い女狐だぜ」
「そんなのに誑し込まれる王子様もだらしねぇけどよ。王家は大丈夫かよ」
「それで貴族だけ処分するってんだから、大丈夫な訳ねぇだろ」
タカ派貴族は扇動政治家であった。だから自分達の利益の為なら平気で嘘を吐き、自分の責任逃れをしようとしているのだった。もちろん、彼等に偽アンジェリーナとフレドリックの関係など分からない。人々に分からない事だから、分かり易いストーリーが拡散しやすいのだ。その結果、王家が揺らごうが自分の利益の方が大切であった。
一方、処分を待つ間、フレドリックはもう偽アンジェリーナであるアンナ・モートンを守る事が出来ない事は理解していた。だから、何とか公正な立場で会ってくれそうな元側近候補のイアン・ダグラスと会う許可を求め、王に許可された。
「もう、私は側近候補ではないのですが、どの様なお話しでしょうか」
「君に迷惑をかけて済まない。だが、もう私は離宮のアンジェリーナ嬢と会えない。だから、伝言をお願いしたいんだ」
「その許可は出ないと思うのですが」
「陛下に嘆願する。お願いだ」
「それで、何をお伝えすればよろしいので?」
「もう君を守れない。力になれずに申し訳ない、と」
「……分かりました。許可が下りればお伝えします」
「済まない。君には迷惑ばかりかけて何も与えられなかった」
その言葉はイアンに罪悪感を抱かせた。さっさと逃げた忠無き者であるという自覚はあったから。
街で流れている噂は騎士団を通じて王に伝わった。こういう噂で王権が揺らぐ事は普通にある。だから、王は決断をする必用があった。こうして、宰相を通じてウィグムント王はフレドリックの処分を公表した。
『帝国軍旗を持ち出した近衛騎士を咎めず、私兵を国軍であるかの様に偽り外国への出兵を指揮して国家に損害を与えたフレドリック王子は自害処分とする』
街で流れている噂はヴィンセント・モントローズも知っていた。大使館が噂の元として機能していない事も分かっている。だから、ヴィンセントやその他の人々は、フレドリックを市井の民が憎む様に仕向けた者達が誰かを知っていた。しかし、もうどうしようも無かった。結局、王が退位するのはフレドリック王子の軽挙によるのだから。
フレドリックは与えられた毒を静かに飲み干し、およそ5分後に動かなくなった。その間に考えたのは、父が自分の件でどれだけ傷ついただろう、そして、守る者のいなくなったアンナ・モートンがどれほど心細いだろう、その2つだった。
彼は死ぬまで優しい男ではあったが、それは誰にも気づかれない事だった。
その遺体が埋められた場所には墓標は立てられなかった。
その晩、ダリウス王子の宮からはいつまでも高笑いが響いていたと言う。
『優しい男』はちょっと迷ったのですが、気づくと寝落ちしていて投稿されていました。不覚。まあ、このまま残します(8/26追記)




